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黄金の国の狩人  作者: 神誠
第五章 想いの刃

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悪夢の終わり

 ヴァルターの元までたどり着いたカールは馬を降り、彼に近付いていく。

 その場で戦っていた騎士達は、カールに気付くと譲るように後ろに下がって二人から距離を取った。


「俺が分かるか? ヴァルター」


 ヴァルターはそれに答えず、剣を手にしたまま近付いて来る。

 カールも剣を抜き、身構えた。


 ヴァルターは一足いっそくで剣が届く間合いまで来て、足を止め剣を掲げた。

 そのまま数秒程、二人は剣を構えたまま視線を交わす。


 突然ヴァルターが獣のような咆哮を上げ、地を滑るような足捌きで間合いを詰めながら斬撃を繰り出して来る。

 カールは身を捻りながら、かろうじてその斬撃を躱す。

 何とか自身の体勢を崩すことなく攻撃を外すことが出来た。

 攻撃の終わりには隙が出来る。

 その隙を狙い、反撃を繰り出す。

 カールはヴァルターの胸部目掛けて、手にした剣を真っ直ぐに突き出した。

 動作を小さくし、当てる事に重点を置いた反撃だった。

 一撃で相手を倒せるような攻撃では無い。

 それでも当てることで相手の構えに隙を生じさせ、続く技で相手により深い打撃を与える、その為に放った攻撃だった。

 その一撃は当たっても大した打撃にはならない代わりに、躱しづらい。

 ヴァルターが振りぬいた剣を戻して防御しようとしても間に合わない筈だ。

 だが、その攻撃をヴァルターは肩当てで受けて防いで見せた。

 受ける角度を調整し、カールの放った斬撃を滑らせるように流したのだ。


 お互いの初撃を防ぎ切った二人は、再度間合いを取り対峙する。

 カールは自身が気付かぬうちに笑みを浮かべていたことに気づいた。

 ヴァルターは悪霊に精神を乗っ取られ、まともな判断能力は失っている筈だった。

 にもかかわらず、その技に衰えは一切見られない。

 何千回、何万回と繰り返し鍛錬した数々の技は、その身に染み付き無意識のうちに体を動かしているのだろう。


「流石……流石だ……」


 友との望まぬ殺し合いのさなかにありながら、カールは賞賛の言葉を口にしていた。

 ヴァルターと最後に会ってから三年が経っている。

 その間、鍛錬を欠かすことは無かったのだろう。

 悪霊のせいで別人のような人格になってしまったとしても、身に付けたその技は決して錆付くことはない。

 ヴァルターは優れた剣士である。

 彼がどれだけ変わってしまっていたとしても、そこだけは昔のまま変わってはいない。

 カールにはそれが嬉しかった。


 しばし睨み合い、再び二人は動いた。

 今度はカールが先に剣を繰り出した。

 斜め上方から剣を振り下ろすと見せかけて、剣先を翻し水平に胴を狙い斬撃を見舞う。

 ヴァルターはそれを後ろに下がって躱した。

 それを追う様に前進しながらカールはさらなる斬撃を繰り出す。

 だがそれもヴァルターは後退することで間合いを外して躱す。

 カールはそこで攻撃を止める。

 まだ追撃を続けることも出来たが、ヴァルターの反撃を警戒しそこで技を止めた。


 そうして二人は幾度も技を繰り出し、激しく剣で打ち合った。

 どちらも全身鎧に身を包んでいるため、多少剣で打たれた程度では傷を負う事はない。

 だがお互いの剣撃を受けるたび、その鎧の表面には歪みやへこみが増えていった。


 そんな攻防をいったい何度繰り返したか。

 ヴァルターが袈裟懸けに切り下ろしてきた一撃を、カールは躱しきれず肩で受けて流す。

 それと同時にヴァルターの胸部に突きを入れたが、相手は体を半身にして受け流し直撃を避けていた。


「グッ……」


 カールは肩に受けた衝撃に苦鳴を漏らす。

 お互いに相手の攻撃を受けながらの攻撃であったため、どちらも決定打にはなっていない。

 双方共未だに決め手となるような打撃を与えることも出来ていなかった。

 鎧には無数の傷がついていたが、生身の肉体までその攻撃は届かない。

 打たれた時の衝撃による打撲がせいぜいだ。

 二人はお互いに一歩下がって再び間合いを取った。

 そしてジリジリと前進し間合いを図る。

 やがてぴたりと静止し、そのまま数秒の間動きを止めた。


 先に動いたのはヴァルターだった。

 右足を一歩前に出し、間合いを詰める。

 その動きに合わせるようにカールは動いていた。

 意識して動いたわけでは無い。

 相手の動きに無意識のうちに反応したカールの体は、前に出るヴァルターの右足を己の左足ですくう様に払う。


 それはかつて山の中の洞窟で狩人に教わり、それ以降ずっと練習し続けてきた技だった。

 何千回と繰り返して身に付けたその技を、カールは反射的に繰り出していた。

 決して強い力で払ったわけでは無い。

 だがヴァルターの足は前方へと踏み込むために、地面からわずかに浮いていた。

 地に触れていないが故に何の支えも無いその足は、払われるままに滑っていく。

 ヴァルターは自身で想定していた以上に前足を踏み出してしまい、そのままバランスを崩す。

 滑ったのはほんのわずかの距離で、姿勢を崩したのもほんの一瞬だった。

 だが戦闘時において、それは致命的な隙となる。


 その隙を逃さず、カールは振り上げた剣をヴァルターの兜目掛けて振り下ろす。

 ヴァルターはそれを自身の大剣で受け止めるが、不自然な姿勢のままではその勢いを完全には殺しきれなかった。

 勢いを減じながらも、カールの剣はヴァルターの兜に当たる。

 たとえ兜越しとはいえ、頭を打たれればその衝撃で脳が揺らされる。

 ヴァルターの体がわずかに傾いだ。


 カールは防がれるのも構わず、ヴァルターの頭部目掛けて幾度も剣を振り上げ、打ち下ろした。

 ヴァルターは崩れた姿勢のまま、その斬撃を防ごうとするが完全には防ぎきることは出来ない。

 そして、ついにカールの剣がヴァルターの兜を強烈に打ち据えた。

 兜は歪み、防御のために大剣を持ち上げていたヴァルターの腕がわずかに下がる。


 カールは尚も剣を振り上げ、振り下ろす。

 剣を打ち込むたびにヴァルターの兜は大きく歪み、その隙間から血が溢れ出てくる。

 常人ならばとうに倒れていただろう。

 だがヴァルターは手にした剣を離さず、尚も攻撃を防ごうとしていた。


 カールが四度目に剣を振り下ろしたとき、ついにヴァルターの体から力が抜け、その手にしていた剣が地に落ちた。

 カールはもう一度剣を振り上げ最後の一撃を加えようとする。

 だが、ゆっくりと前方へと傾ぐヴァルターの体を見てその手を止め、後ろに下がって間合いを開けた。

 ヴァルターはそのまま、うつ伏せに倒れ伏す。


 カールは荒くなった息を整えながら、ヴァルターの体を転がし仰向けにさせた。

 そしてとどめを刺すために兜の紐を解き、それを外そうとする。

 しかし大きく歪んだ兜を外すのは簡単では無かった。

 力を込めてようやっと兜を脱がせる。

 その下から出てきたヴァルターの顔は酷い容貌になっていた。

 頭蓋骨は兜の上から何度も殴りつけたせいで、いびつに変形してしまっている。

 その頭は、まだ生きているのが不思議に思えるほどの傷を負っていた。


 親友であった男のその姿を見て、カールは胸が締め付けられるような感覚を覚えた。

 目の前で倒れている男は、かつての尊敬していた友ではない。

 見た目が同じであっても、その精神はもはや別人となってしまっている。

 目の前に在るのは倒すべき敵だ。

 それが分かっていても、やはりそのような姿を見るのは辛かった。

 自分自身の手でそれをやったのであれば尚更だ。


 少しだけ考えて、彼はヴァルターにとどめを刺すのをやめることにした。

 このままでも彼はじきに死ぬと、そう判断したからだ。


 カールは馬乗りになっていたヴァルターの上から降り、剣を納めた。

 そして倒れたヴァルターの横に片膝をつき、自身の兜の面頬を上げて彼の顔を覗き込む。


 カールはゾフィーに聞いた話を思い出していた。

 悪霊に精神を支配された者が正気を取り戻す条件がなんであるのか、それを彼女から聞いていた。

 死の間際にのみ彼等は悪霊の支配から解放される。

 ヴァルターは正気を取り戻すだろうか?

 この傷ではその前に命が尽きてしまうかもしれない。

 だとしてもカールは待ってみようと思った。


 ヴァルターの紅い血のような色をした瞳がわずかに揺らぎ、カールを真っ直ぐに見据えてくる。


「……カール……なのか?」

「ああ、俺だ。久しいなヴァルター」


 ヴァルターの問いに、カールは以前の……ヴァルターが正常であった頃と同じように答えていた。


「ここは? ……俺は……」


 戸惑っているような声でヴァルターが呟く。

 正気を取り戻したばかりで混乱しているのかも知れない。

 カールは何も言わず彼の様子を見守っていた。

 ヴァルターは何度か瞬きを繰り返し、再び口を開いた。

 その声は力の無い弱々しいものだった。


「夢を見ていた……悪い夢を。夢の中で……罪も無い者たちを大勢殺した。老人や、子供もいた……酷い……夢だった」


 死にゆくヴァルターの言葉を、カールはただ黙って聞き続けた。


「だが、最後は悪くなかった。優れた騎士と戦い……敗れた。全力を尽くして、それでも及ばず……素晴らしい……騎士だった。……あの剣は、お前によく似て……」


 弱々しい声で語るヴァルターの瞳から徐々に光が失われていく。


「……そうか、あれは全て……」

「少し休め。大丈夫だ、もう悪い夢など見ないさ。俺が保証する」


 その言葉を聞いたヴァルターの口の端がわずかに動いたように見えた。

 笑みを浮かべようとしたのかもしれない。


「……ありがとう、カール」

「いや……礼などいい」


 何に対する礼だったのか、カールにはわからなかったがそう答えた。

 カールは顔を上げ、周囲へと目を向ける。

 味方の騎士達が遠巻きにして、こちらに視線を向けていた。


 ヴァルターに視線を戻すと、その目からは既に光が消えていた。

 最期に何を思ったのだろう。

 全て現実であったことを悟り、それに対する後悔や罪悪感の中で死んでいったのだろうか。


「お前は何も悪くない……せめて安らかに眠れ」


 そう言ってヴァルターの瞼を閉じさせてからカールは立ち上がって、馬にまたがり副官のもとまで戻って行った。


「戦況はどうなっている?」

「敵の歩兵の大半は逃走を始めております。騎士達は三割ほど残っていますが彼等は撤退する様子はありません。おそらく事前の情報通り、死ぬまで戦い続けるのでしょう」

「逃げる者を追う必要は無い。降伏する者も受け入れろ。向かってくる者は殺すしかないだろうが」


 敵軍の騎士達のほとんどはヴァルターと同じ、悪霊に精神を支配された者たちのようだ。

 既に勝敗は決しているが、その者達は逃げることも降伏することも無いのだろう。

 それらの者たちは殺す以外に無い。


 炎の壁を越えられない者達には矢の雨が降り注ぎ、かろうじてそれを越えてきた者達はオステンブルクの騎士達に討ち取られていく。

 そうして炎が勢いを失くす頃には、その戦場に生きたアーデルラント兵は一人として残ってはいなかった。


 戦いは完勝といっていいだろう。

 オステンブルク側にも相応の負傷者はあったが、死者は一人もいなかった。

 だが勝利の喜びも高揚感も湧いては来ない。

 ただ虚しさだけが残っていた。

 そう感じているのはカールだけでは無いようだ。

 戦場に倒れた無残な騎士達の屍を前にして、喝采を上げたりする者は一人としていなかった。


 カールは北、アーデルラントの方角へ目を向けた。

 ゲオルグ王のせいで一体どれほどの人間が犠牲になったのだろう。

 ヴァルターだけではない。

 これだけの数の騎士を狂わせ、死に追いやった元凶に報いを受けさせてやりたいと、そう思った。


 だが、それは彼の仕事ではない。

 その仕事は信頼する友人に任せていた。

 あの男なら、きっとやり遂げてくれるだろう。


「頼んだぞ、真十郎……」


 カールは北の方角に視線を向けたまま、怒りを押し殺すようにそう呟いていた。


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