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黄金の国の狩人  作者: 神誠
第四章 澱んだ都

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異界の淵

 真十郎は周囲の気配に注意を払いながら洞窟の中を歩き続けた。

 今のところ方向感覚に狂いは無い。

 この洞窟がどの程度の広さなのかはわからない。

 だが、無限に広がっているわけでも無いだろう。

 魔術という超常の力を以て作られた空間だったとしても、限界というものはある筈だ。


 探索を始めてから十分程経った頃、どこか離れた場所で苦痛を訴える叫び声が聞こえてきた。

 それと共に楽し気に哄笑する声も聞こえてくる。


 嫌な予感がした。

 真十郎は気配を殺し、声の聞こえてきた方向へと歩いていく。

 歩いているうちに、苦しげな叫び声は聞こえなくなっていた。

 だが楽し気に笑う声は今だに響き続けている。


「おや、やりすぎたか? 死なない程度に痛めつけるつもりだったが」


 その声の主はゲオルグだった。

 真十郎は暗がりに身を潜めその様子を伺う。

 ゲオルグは楽し気な笑みを浮かべながら立っていた。

 その手には血に濡れた剣が握られ、足元には血にまみれた騎士の体があった。

 騎士は既に事切れているようにも見える。

 たとえ生きていても、あの出血ではじきに息絶えるだろう。


 どのようにしてかはわからないが、ゲオルグは暗殺者の存在に感づいていたのだろう。

 そのうえで、この空間の中へと暗殺者たちを誘いこんだのだ。

 この場所は奴の領域だ。

 奇襲は失敗した。

 真十郎はそう判断していた、

 暗殺を遂行するよりも今はどうやって撤退するか、その方法を考えている。


 ゲオルグ自身がまだこの領域に残っているならば、出口もまだあるはずだった。

 奴に発見されず出口を探し出して撤退しなければならない。


 ゲオルグは倒れた騎士の体を無造作に蹴って転がし、つまらなそうに鼻を鳴らして歩き始めた。

 こちらに近付いてくる。

 真十郎は壁際の暗がりに身を潜めて、彼が通り過ぎるのを待った。

 近付くゲオルグの姿を観察していた真十郎は、その様子に違和感を覚えた。


 こちらに気づいている?


 気づいていないようにも見えたが、目の動きや表情などにわずかに違和感がある。

 気づいていないふりをしている可能性もある。

 真十郎は相手のどのような動きにも反応できるように身構え、待った。


 ゲオルグはそのまま、身を潜めた真十郎の脇を通り過ぎる。

 その直後、真十郎は転がるように前方に身を投げ出していた。

 ほんの数瞬前まで真十郎がいた場所に、ゲオルグの持つ剣が振り下ろされていた。

 やはりゲオルグは真十郎の存在に気付いていたのだ。


「よく躱したな」


 不快げに鼻を鳴らしながら、ゲオルグが近付いてくる。

 真十郎は思考を巡らせる。

 ゲオルグはどのようにして身を潜めていた真十郎を見つけたのか?

 魔術を使用した様子はなかった。

 闇を見通す視力を持っているのか?

 気配を感知することに長けているのか?

 あるいは何らかの未知の能力によって発見されたのか?

 どのようにして真十郎を発見したのか、それがわからない限り逃げ出すことは不可能だろう。

 気配を消して身を潜めたとしても、見つけられてしまう。


 真十郎はコリンナによって魔力を付与された短剣を右手に握って身構えた。

 それを見たとたんに、ゲオルグの表情が厳しいもの変わったように見えた。


 真十郎はゆっくりとゲオルグから離れるように距離をとる。

 その背後には光の届かない暗闇に覆われた空間があった。

 ゲオルグは警戒しているかのように、慎重にそれを追って前へと進んでいく。


 真十郎の体が暗闇に沈む。

 そのあとを追うゲオルグの体も同じように暗闇に覆われた瞬間、真十郎はその手に握っていた短剣を投擲していた。


 ゲオルグはそれを手にした剣で打ち落とす。 

 暗がりの中、飛来する短剣を撃ち落とすのは簡単なことではない。

 投擲する手の動きも視認出来なかったはずだ。

 だが、ゲオルグはそれを苦もなくやってのけた。

 暗闇を見通す力があるのだろうか?


 真十郎は今度は手裏剣を取り出し、ゲオルグに向けて投擲した。

 それはゲオルグの胸に命中したが、体に刺さるような事も無くはじかれ地に落ちた。

 ゲオルグは何らかの防具を身に付けているようには見えない。

 命中したときの音も鈍いものだった。

 コリンナの言っていた、魔力を帯びた武器以外では傷を付けることができないというのは事実なのだろう。

 それを自身の目で確認することができた。


 だが、それよりも気になったことがある。

 最初に投げた短剣をゲオルグは剣で打ち落とした。

 その次に投げた手裏剣は打ち落とさなかった。

 あるいは打ち落とすことが出来なかった。

 もしそれが逆であったなら、どうなっていただろうか?

 魔力を帯びた短剣が打ち落とされずにゲオルグの体に届いていたならば、その身に傷を付けることが出来ていたのではないか?

 自身に傷を付けうる武器を打ち落としたが、その身に通用しない武器はそうしなかった。

 これは偶然だろうか?

 真十郎にはそうでは無いように思えていた。

 もし偶然では無いのなら、なぜ手裏剣を打ち落とさなかったのか?


 思考を巡らせながら真十郎は逃走を開始し、ゲオルグからの視界が切れたところで、暗がりに身を潜めて気配を殺す。


 追ってきたゲオルグは、真十郎の隠れた場所をそのまま通り過ぎて行った。

 先程のように通り過ぎた後に剣を振るってきたりもしなかった。

 真十郎の気配を捕らえることができるわけではないようだ。


 気付かずに先へと進むゲオルグの後ろを真十郎はついていった。

 そして気配を殺したまま徐々にその距離を詰めていく。

 手が届くほどの距離まで近付き、その背に向かって手を伸ばす。

 ゲオルグの背にその指が届きそうになったところで、彼はその手を止めた。


 そのまま後ずさりして、ゲオルグから離れていく。

 ゲオルグは彼の存在に気付かなかった。

 真十郎の存在を感知していたわけではない。


 おそらく、ゲオルグは魔力を感知することができるのではないか?

 最初に身を潜めていた真十郎を見つけることが出来たのは、彼が魔力を帯びた武器を持っていたからだ。

 その短剣を投げ付けたときにゲオルグはそれを打ち落としたが、ただの鉄である手裏剣は打ち落とせなかった。


 離れていくゲオルグの背中を真十郎はずっと眺めていた。

 その距離が二十歩程になったところで、真十郎はゲオルグの頭部目掛けて手裏剣を投擲した。

 手裏剣はゲオルグの頭部に命中し、そのまま跳ね返って地に落ちた。


 ゲオルグが振り返りこちらに目を向ける。

 その顔には怒りの形相が浮かんでいた。 


 それを確認してから、真十郎は気配を殺したまま逃走を開始する。

 ゲオルグがこちらに向かって走ってきているのが気配で分かった。

 真十郎は通路の幅が広くなっている箇所までたどり着いたところで、暗がりに身を潜めた。

 ゲオルグは真十郎に気付かずそのまま通路を走っていく。


 あのゲオルグの表情は、手裏剣に気付いていなかったのだろう。

 やはり、真十郎の隠形が見破られたわけではない。

 ゲオルグは魔力を帯びた物を感知できる。

 そして、コリンナの言っていた通り、魔力を帯びた武器以外では傷付けることは出来ない。


 魔力を帯びた武器でしか傷つけることは出来ないにもかかわらず、魔力を帯びた武器を持ったまま、その不意を付くことは不可能だということだ。

 奴を倒そうとするなら、正面から戦いを挑むしか無いということになる。


 あと何人の騎士が残っているだろう?

 残った騎士を全員集めて正面から挑んだとして、勝ち目はあるだろうか?

 ここは奴の領域だ。

 おそらくは、ゲオルグはこちらの状況を理解したうえで、この場所に誘い込んだ。

 奴にとって十分に勝算があるからこそ、そうしたのだろう。

 やはり撤退するべきだと、真十郎はそう判断する。


 ゲオルグが立ち去り、十分に離れてから真十郎は再び歩き始めた。

 出口を探さなければならない。

 出口はまだあるはずだが、いつまでもあり続けるとは限らない。

 いつゲオルグが戻ってきて、それを塞いでしまうかもわからないのだ。


 迷宮のように入り組んだ洞窟内を出口を求めて歩き続けた。

 そうして彷徨っている途中で、暗がりに身を潜めている者を見つけた。

 仲間の騎士の誰かだろう。

 運がいい……そう思いながら、気配を消したままその相手に近付いていく。

 その騎士はエーリヒだった。


「エーリヒ王子」


 真十郎の呼びかけにエーリヒは驚き、とっさに身構えたが、すぐに安堵のため息を漏らした。


「良かった、君も無事だったんだな」

「ああ、君も怪我はしていないか」

「ああ、大丈夫だよ」


 そういって再会を喜ぶエーリヒを真十郎は観察する。

 エーリヒは身に付けた長剣と短剣に魔力を付与されているはずだった。


「魔力を帯びた武器はまだ両方とも持っているか?」

「ああ、もちろん持っている」


 そう言ってエーリヒが腰の剣を叩いて見せた。


「今すぐにそれを捨ててくれ」

「捨てるって、剣を? 何をバカな!」


 驚き憤慨したような声でエーリヒが答えた。

 騎士に戦うための武器を捨てろと言っているのだ。

 戦うことをあきらめて降伏しろと言っているように聞こえたのかもしれない。


「奴は魔力を帯びた武器を察知できるらしい。その剣を持っていては逃げ切れない」


 その真十郎の言葉に、エーリヒが瞠目する。


「そう……なのか? だが、まだ奴に挑んですらいない。それなのに逃げるのは……」

「奴は俺たちの存在に気づいていた。その上でこの場所へと誘い込んだ。勝算があってのことだろう。こちらはどうだ? 無事な仲間は何人残っている? この場所でどうやって奴を倒す? 不意打ちは通じない。正面から挑むしかないが、それで奴を倒せるか?」


 剣を捨てることにためらいを見せるエーリヒに、真十郎は決断を促すかのように語りかける。


「脱出するつもりなら、武器を捨てる他に方法はない。残って戦うなら別だが、さっきも言ったようにここは奴の領域だ。一旦撤退して作戦を練り直すべきだ」


 ほんの少しの間悩むそぶりを見せた後でエーリヒは口を開いた。


「……わかった、言うとおりにしよう。君には一度命を救われているからね。剣はここに置いていけばいいのか?」

「いや、俺が預かろう」

「君が? どうするんだ?」

「ゲオルグに遭遇したらそれを使って奴を引きつける。その間に君は先に進め」

「それは……君はそれで大丈夫なのか?」

「問題無い」



 エーリヒから長剣と短剣を受け取り、真十郎は歩き出した。

 その後ろをエーリヒがついてくる。


 出口はきっとあるはずだ。

 ゲオルグもまだこの領域に留まっている。

 奴もずっとここに居続けるわけではないだろう。

 だが、最初に入ってきた入口がそのまま残っているかはわからない。


「他の仲間がどうなったか知ってるかい?」

「一人は死んでいるのを確認した。他はわからないが、探している余裕は無い。自分が無事に脱出することだけを考えるべきだ」

「……わかった」


 そうして二人で歩いているうちに苦痛を訴える声が聞こえてきた。

 声の聞こえてきた方角の気配を探る。

 男が何かを引き摺りながら歩いているようだ。

 気配を消したままその方向に近付いていくと、何かを引き摺りながら歩いているゲオルグの姿が見えた。

 

「俺の後ろを少し離れてついてきてくれ」


 エーリヒにそう伝えて真十郎はゲオルグの後を尾けていく。


 楽し気な笑みを浮かべたゲオルグが、男の襟首を掴んで引き摺ずっていた。

 引き摺られていく男は両足を切り落とされていた。

 その両足から流れ出る血が、地面に黒い跡を残している。


 叫び声を上げながら引き摺られていく男を、真十郎は身を潜めたまま見ていた。

 助けることは出来ない。

 あれほどの怪我を負った者を連れて逃げるのは不可能だ。

 連れ出したとしても、あの出血ではじきに命を落とすだろう

 見捨てる他に選択肢は無い。


 そのまま真十郎は、ゲオルグの後を十分に距離を取りながら尾けていった。

 ゲオルグが歩いていく先に最初に入ってきた円形の空間があった。

 その真ん中には入ってきたときのまま、出入り口が残っていた。

 その出入り口にゲオルグは騎士を引き摺ったまま入っていく。


 それを確認した真十郎は、すぐに引き返してエーリヒの元まで戻り、彼を手招きした。


「ここは……出口もまだ残ってる」


 エーリヒが安堵したように呟いた。

 真十郎はエーリヒに、広間の手前にある通路の角の死角になっている場所を指さし指示を出す。


「あそこに身を潜めていてくれ。奴が戻ってきたら俺が気を引く。その間に君は脱出しろ」


 その言葉にエーリヒは一瞬躊躇いを見せたがすぐに頷き、指示された物陰に身を隠す。 

 真十郎もエーリヒがいるのとは別の支道の暗がりに身を潜めた。


 ゲオルグは一分も経たずに戻ってきた。

 広間から出てきたゲオルグに真十郎は手裏剣を投擲した。

 それはゲオルグの側頭部に当たるが、その皮膚に傷一つつけることなく地に落ちた。


 ゲオルグの視線がこちらを向いた。

 それを確認してすぐに、真十郎は身を翻し逃げ出した。


 ゲオルグがいらだたしげな唸り声を発しながら追い掛けてくる。

 真十郎は背後の気配を伺いながら走る。

 走りながら、後方のゲオルグに向かって、今度は魔力を帯びた短剣を投げつけた。

 ゲオルグは怒りをあらわにしながら、煩わし気にそれを腕で払いのけるようにして、打ち落とした。

 エーリヒに気付いた様子は無い。

 真十郎はそのまま逃げ続けて、ゲオルグを入口から遠ざけていく。 

 あとはエーリヒがうまく脱出してくれることを祈るしかない。


 真十郎はそのまま数分ほど逃げ続け、持っていたエーリヒの剣を暗がりに置き、少し離れた場所に身を潜める。


 真十郎を追ってやって来たゲオルグは剣が置かれた暗がりへと近付いていき、その手に持った大剣を振り下ろした。


 それを見届けてから、真十郎はその場を離れ来た道を戻っていった。

 ゲオルグが追ってくる気配はない。

 やはり魔力を帯びた武器を持っていない状態で、真十郎の隠形を見破ることはできないようだ。

 まだ真十郎を探しているのだろう。

 脱出するなら今しかない。


 先程の場所まで戻ると、まだ入口は開いたまま残っていた。

 入口近くに身を潜め、外の気配を確認する。

 問題無いと判断した真十郎は入口をくぐり、外へ出ていった。


 入口の向こうは来た時と同じ広場だった。

 そこには三人の騎士が横たわっていた。

 その全員が両足を切断されている。

 放っておけばそのまま出血で死んでしまうだろう。

 かといって連れて逃げることも出来ない。


「……待ってくれ」


 騎士の一人が真十郎に気付き、彼を呼び止めた。


「頼む……俺たちはもう駄目だ。だから、せめて止めを刺して行ってはくれないか」


 その言葉に真十郎は一瞬だけ考え、そして尋ねた。


「三人共か?」

「……ああ、頼む」


 真十郎は頷き騎士の傍に屈んだ。


「クラウディア様と、エーリヒ様のことをよろしく頼む」

「ああ、わかった」


 真十郎の言葉に騎士は笑みを浮かべて見せた。

 その騎士の胸に真十郎は短剣を突き立てた。

 騎士の死に顔には、最期に浮かべた笑みがそのまま残っていた。

 他の二人の騎士の胸にも、同じように短剣を突き立て、止めを刺して行く。


「すまない……」


 呟きながら、真十郎はその場を後にした。

 そのまま王城の地下へと続く道を急ぐ。

 地下通路をしばらく行くと、前方を行く何者かの気配があった。

 気配を殺しながら近付いていくと、それはエーリヒだった。


「エーリヒ王子」


 エーリヒは突然の呼びかけに驚き、飛び退るように距離を取りながら振り向いたが、真十郎の姿を目にした途端にその表情は安堵へと変わった。


「良かった、無事だったんだな」

「ああ、俺は問題無い」


 答えながら、真十郎はそのまま足を止めることなく進み、エーリヒを追い越していく。

 エーリヒも慌てて、その後ろを追うように歩き出す。


「他の仲間は?」

「四人死んだ、残りはわからない」

「そうか……」


 おそらく、あの空間の中でゲオルグから逃げ切ることができる者は少ないだろう。

 ゲオルグが出口から目を逸らしている間に逃げ出さなければならない。

 もちろん見つかってはならない。

 そして、魔力を帯びた武器を持っている限り、ゲオルグから身を隠すことはできない。

 残りの仲間たちは皆、まだあの空間に取り残されている筈だ。

 あの空間内でさまよいそのまま餓死するか、あるいはゲオルグに殺されるか、捕らえられるか……そうなる確率が高い。


 魔力を帯びた武器以外ではゲオルグを殺せない。

 だが、そのような武器を持っている限り不意打ちは不可能だ。

 倒す為には正面から挑むしかないが、それも難しいだろう。

 相手は王で、普段は大勢の護衛が周りにいる。

 用心深く城から出てくる事も無い。

 なんにしても、このままでは手の打ちようがない。

 だがコリンナならば、何らかの対応策を知っているかもしれない


 戻ってクラウディアとコリンナに相談し、対策を練り直さなければならない。

 場合によっては、暗殺を断念することも考慮に入れるべきだろう。

 必ず生きて帰って来いと、アンナとカールにそう言われている。


 だが、シャルロッテに頼まれたこともある。

 可能な限りクラウディアとエーリヒの力になりたいと、真十郎はそう思っていた。



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