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黄金の国の狩人  作者: 神誠
第四章 澱んだ都

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地下組織

 衛兵が扉を開け、真十郎を中へと誘う。

 扉の向こうには、地上の部屋と同じくらいの面積の空間が広がっていた。

 床には石畳が敷き詰められ、壁も石で作られている。

 目の前に広がる部屋の壁にはいくつかの扉が見えた。

 その扉の先にもまだ部屋が存在するのだろう。

 壁の近くには様々な物資が積まれていた。

 幾人かの騎士達が話をしたり、部屋の中を移動しているのも見える。


 真十郎を中に招き入れた騎士が、入口の近くに立っていた別の騎士に歩み寄っていき声を掛けた。


「この御仁をクラウディア様の下へ案内してくれ。神聖帝国の狩人が到着したと言えばわかる」


 声を掛けられたほうの騎士は、頷き真十郎に視線を向ける。


「さあ、どうぞこちらへ」


 騎士に連れられ、真十郎は入ってきた扉の反対側、部屋の一番奥の扉に向かって歩いて行った。

 部屋を横切る最中、室内にいる騎士たちが興味深げな視線を向けてきていた。

 表立って活動できない集団だ。

 見慣れぬ人間に対する警戒心もあるのだろう。

 何者かと訝しむような視線もあった。

 ひそひそとささやきあうような声も聞こえてくる。

 それらを気にすることもなく、真十郎は案内役の騎士の後をついて歩いていく。


 奥の扉を抜けた先は通路になっていた。

 大人が余裕を持ってすれ違える程度の幅がある。

 通路の両脇にはいくつもの扉が並んでいた。


 その通路を真十郎は騎士に先導されながら歩いて行った。

 やがて通路の終わりまでやってくる。

 そこにも一つの扉があり、その前には一人の騎士が立っていた。

 部屋の中からは何事かを議論するような声が聞こえていた。


「神聖帝国の狩人が到着した。クラウディア様に取次ぎを頼む」

「了解した」


 真十郎をここまで案内してきた騎士が振り向き、真十郎に笑みを向けた。


「これからよろしく頼むよ、狩人殿」

「ああ、こちらこそよろしく」


 騎士は真十郎と握手を交わして、元来た道を戻って行く。

 部屋の前に立っていた見張りの騎士が、ドアを三度ノックした。

 鉄製の籠手が木とぶつかる重い音が辺りに響き、部屋の中から聞こえてきていた声が止む。


「どうしましたか?」

「件《くだん》の狩人が到着致しました。最優先で報告せよとのことでしたので」

「まあ! どうしましょう! ……少しだけお待ちいただいて!」

「了解しました」


 扉の向こうに返事を返した見張りの騎士が真十郎に向き直り、申し訳なさげに眉を寄せる。


「すまない。聞いての通り今は取り込んでいてな。少しここで待ってくれ」

「ああ、別に構わない」


 そう答えて、真十郎は見張りの騎士と共に扉の前で待った。

 待ちながら、真十郎は部屋の中の物音に耳を傾けていた。


 部屋の中には三人の人物がいた。

 男の物であろう靴が床を打つ重い音がする。

 一人は騎士だろう。

 残りの二つの足音はもっと柔らかい。

 床と擦れる音からして一人は革製、もう一人は布製の靴を履いているようだ。

 二人とも体はさほど大きくない、華奢な体格のように思える。

 おそらくは女であろうと、真十郎は当たりを付ける。


 そんな分析をしているうちに、扉の向こうから声が聞こえてきた。


「どうぞ、お通しして!」


 見張りの騎士が頷き、扉を開けて真十郎に中に入るように促した。


 部屋に入った真十郎の目に三人の人物の姿が入ってきた。

 一人は黒髪の美しい女性だ。

 その瞳はシャルロッテと同じ翠色だった。

 その容貌にもシャルロッテと似通ったところがある。

 おそらく彼女がクラウディア王女だろう。

 その女性の傍らには壮年の騎士と、杖を手にした小柄な老婆が立っていた。

 騎士は豊かな髭を蓄えた大柄な男だった。

 甲冑を身に付け、腰には巨大な剣を吊るしている。

 横幅は真十郎の倍近い。

 一見すると太っているようにも見えるが、その所作に緩慢さは見られない。

 鎧の下には鍛え抜かれた肉体が隠されているのだろう。 


 騎士の隣に立つ老婆はまるで枯れ枝のような細く筋張った指で杖を掴んでいた。

 紫色のローブをその身に纏っている。

 その体は痩せ細っており、骨と皮ばかりであるように見えた。

 もしこの老婆が横たわっていたならば、それを死体と見間違えたかもしれない。

 真十郎は故郷にいた頃に即身仏となった僧を見たことがあった。

 目の前にいる老婆はそれを思い起こさせる。

 だがそのような姿でありながらも背筋を伸ばして真っ直ぐに立ち、その視線や態度、佇まいなどから弱さは微塵も感じられなかった。

 老婆は真十郎と目が合うと、その目を細めて笑みを浮かべた。

 皺だらけの妖怪のような風貌とは裏腹に、そのまなざしは知性と優しさに満ちたものだった。


 黒髪の女性が真十郎の前に歩み出て、笑みを浮かべた。

 心無しか、その表情には憔悴の色が見て取れた。


「真十郎様……ですわよね? ようこそおいでくださいました。私はクラウディアと申します」

「ああ、よろしく頼む」


 クラウディアは体を開いて、後ろに立つ二人に視線を向けた。

 枯れ枝のような老婆に手を差し出して、紹介する。


「こちらの女性はコリンナ様。かつて宮廷魔術師をしておられた方で、現在は我々に協力してくださっています」

「コリンナと申します。どうぞよろしく」

「真十郎だ。よろしく」


 前に出てきて手を差し出したコリンナと握手を交わす。

 コリンナは笑みを浮かべ、じっと真十郎の顔を見つめた。


「これは……良い顔をしていらっしゃる。期待しておりますぞ、狩人殿」

「……ああ」


 真十郎は少し戸惑いを覚えながら、視線を残った大柄な騎士へと向ける。


「彼は騎士ローレンツ。ここに集っている仲間の中では最も位が高く経験豊かな騎士です」

「ローレンツだ。よろしく頼むよ、狩人殿」

「ああ、こちらこそ」


 ローレンツと握手を交わした真十郎に、クラウディアが再び声をかける。


「まずはあなたに感謝を。ありがとう、妹を……シャルロッテを救ってくれて。妹が送ってきた手紙にあなたの事が書かれていました。あなたにどれ程救われたかを、そしてあなたがいなければ、きっと今頃生きてはいなかっただろうという事も」

「俺は言われたことをやっただけだ。感謝など必要ない」


その真十郎の言葉に、クラウディアはその顔に浮かべていた笑みを深くする。


「手紙に書かれていた通りの方なのですね。あまり感謝されることに慣れていないようだと、シャルロッテが書いていましたわ。それでも、どうか聞いて欲しいのです。どうしてもあなたに妹を救って貰ったお礼が言いたかった。迷惑でしたか?」

「いや……迷惑なわけじゃない。すまない、あなたの言うとおり、そういうのに慣れていないんだ」


 そう口にしながら、真十郎は三人の顔を改めて観察する。


「状況はあまり良くないのか?」


 三人の表情やしぐさから感じたことを、彼はそのまま口にした。

 その真十郎の問いに対してコリンナが興味深げな表情を浮かべて問い返す。


「何故、そう思われるのですかな?」

「……三人とも随分と疲れているように見える。特に王女は酷い」


 その真十郎の言葉にクラウディアは困ったように苦笑する。


「そんなに酷かったかしら?」


 そう言って、クラウディアはコリンナとローレンツに意見を求めるように問いかけた。


「確かに酷いですね」

「ですな。私も人のことは言えないのでしょうが」


 頷く二人を見ながら、クラウディアは大きく溜息を吐いた。


「あなたのおっしゃる通り、うまく行っているとは言えません。ここにいる仲間以外にもこの王都には大勢の協力者がいるのですが、最近は敵の取り締まりが厳しくなり活動がしづらくなっています。もう何人も王に捕らえられ処刑されてしまいました。早く決着を付けたいのですが、ゲオルグは城から一歩も出ようとしないため、襲撃するためには城に忍び込む必要があるのです。城内にも内通者がいるのですが、それもかなり数が減ってしまっています」


 そこまで言ってクラウディアは表情を険しいものに変え、大きくため息を吐いた。


「さらに今日、弟のエーリヒが捕らえられてしまったのです」

「それについて、今話をしていたのだ。エーリヒ殿下を救出するか否かをな」


 ローレンツの言葉をクラウディアは首を振って否定する。


「いえ、やはり無謀です。これ以上仲間を失うわけにはいきません」

「一兵卒が捕らえられるのとはわけが違うのです。この先の味方の士気にも関わるでしょう」

「だとしてもです。この戦いを始めたときから一人一人が覚悟を決めている筈です。もちろん、私達も含めてです。エーリヒ一人のために、大勢を危険に晒すことは出来ません。犠牲を出さずに救出することが可能であるなら別ですが」

「犠牲を出さずにというのは……難しいでしょう」

「……失敗して、生きたまま捕まった場合その者はどうなるでしょうか? きっと死んだほうがましだと思えるような目に合わされることになるでしょう。これまでに捕らえられた仲間達は、敵の拷問に耐え抜き私達の情報を漏らすことはありませんでした。ですが、これから先もそうであり続けるとは私は思っていないのです。ただでさえ成功の可能性は低いのです。こちらの情報が漏れる危険を犯してまで、実行する意味はありません」


 それ以上誰も口を開かず、その場にしばしの沈黙が流れた。

 どれほどそうしていたか。

 真十郎は口を開いて、その沈黙を破った。


「俺は何をすればいい? 計画があるなら教えて欲しい」


 三人が顔を上げ、真十郎に視線を向けた。

 クラウディアが大きく一つ息を吐いてから、その問いに答えた。


「近いうちに城に忍び込んで王を暗殺する計画を立てています。その時にあなたにも協力して頂きたいと思っているのですが、いかがでしょうか?」

「問題無い。決行はいつにするのか、もう決まっているのか?」

「一週間後の夜を予定しています。詳細については後程……明日にでも時間を取ってお話いたします」

「一週間後か。それまでは特にやることは無いということだろうか?」

「ええ、計画のすり合わせ等はありますが、それ以外は特にありません」


 真十郎は頷き、思考を巡らす。

 決行までの一週間の間にやれることもあるはずだ。

 一週間何もせずに待っているつもりは無かった。


「城に忍び込んで王子の様子を見てこよう。もし可能なら救出する」


 その真十郎の言葉を聞いた三人はお互いに顔を見合わせる。

 ローレンツが戸惑うような口調で真十郎に問いを投げ掛けた。


「あなたがどのような能力を持っているかは聞いているが……可能なのかね?」

「わからない。まだこの街に着いたばかりで情報が足りない。だが何も無くとも、王城についての調査は行うつもりだった。やれるだけのことはやってみよう」


 そう言って真十郎は部屋の中を見渡す。


「わかる範囲でいい。王城内の情報を教えて欲しい。地図等はあるのか?」

「はい、簡単なものですがここに」


 そう言って、クラウディアがテーブルの上に広げられた図面を指し示す。

 真十郎は一分ほどその図面を眺めた。

 短い時間だったが、彼にはそれで十分だった。

 図面に書かれてある内容、城の大体の構造を把握することができていた。

 だが、図面だけで全てが把握出来るわけではない。

 あとは実際に現地で見て判断しなければならない。


「エーリヒ王子は城のどのあたりに捕らえられているか、わかるか?」

「東側に地下牢があります。おそらくはそこに捕らえられているのではないかと」

「そうか、ありがとう」


 感謝の言葉を口にしながら、真十郎は何処から侵入するのが効率が良いのか、考えを巡らせる。


「悪いがあまり期待しないで欲しい。必ず助け出す、などと言える程の自信は無い」


 その真十郎の言葉にクラウディアは、笑みを浮かべて答えた。


「もちろんです。ですが……一つだけ、お願いをさせていただいても良いでしょうか? ……もしも弟を救うことが出来ないようであれば、どうかあなたの手で弟を殺してやって欲しいのです。もちろん可能であればでかまわないのですが」

「それで……いいのか?」


 真十郎の問いに、クラウディアは黙って頷く。


「処刑される者がひと思いに殺されることはありません。ゲオルグ王は残忍な方法で殺すのを好んでいます。じわじわと嬲りながら、極限まで苦痛を与えられながら殺されるのです。そのような目に合う前に、弟を楽に死なせてやって欲しいのです」


 真十郎はここに来る途中で見かけた公開処刑を思い出していた。

 確かに、あんな殺され方をするくらいなら一思いに殺されたほうが余程良いだろう。 


「来る途中に、公開処刑を行っているのを見た」

「でしたら、処刑されるものがどのような目に合うのか、おわかりになるでしょう? 弟は私と共に王に弓引く者達を率いています。おそらくあなたが見たものよりもさらに酷い殺され方をすることになるでしょう」

「そうか……覚えておこう」

「ごめんなさい。来て早々、こんな無理を言ってしまって」

「いや、かまわない。結果の如何を問わず朝までには戻る」


 そう言って出ていこうとする真十郎をクラウディアが驚いたような声で呼び止めた。


「待ってください。今すぐに行かれるのですか?」

「ああ、もう日は暮れている。早すぎるということも無いだろう」

「しかし……いえ、わかりました。よろしくお願いいたします」


 クラウディアの言葉に頷きを返し、真十郎は部屋をあとにした。




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