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黄金の国の狩人  作者: 神誠
第三章 王女の苦難

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陽炎

 真十郎がシャルロッテとゾフィーに注意を促してから数分後。


「王女を守れ!」


 真十郎は叫びながら振り返り、右腕を二度振るった。

 一度目は上から下へ、二度目は振り下ろした腕をそのまま振り上げた。

 その一連の動きで、真十郎は二本の手裏剣を投擲していた。


 投じた先には奇妙な空間が広がっていた。

 陽炎のように空気が揺らいで、人に似た形を取っている。

 その陽炎の一部がすばやく動き、手裏剣を二本とも打ち落とす。

 その瞬間に空気が揺らいでいるようにしか見えなかったそれの中から、おぼろげに二本の腕が見えた。


 それは鍛えられ引き締まってはいるが細身の、女の腕だった。


 間髪入れず、真十郎は腕を振るい、今度は小さな紙袋を投擲した。

 影は先程の手裏剣と同じように、腕と思われる箇所を振るいそれを打つ。

 その瞬間に紙袋は破れ、中に入っていた粉末が飛び散った。 


「グッ!」


 影が声を上げ、一瞬動きを止める。

 真十郎はすかさず間合いを詰め攻撃しようとしたが、影は素早く距離を外し逃走を始めた。

 弓を構えて射ようと逃走する影に狙いを定めたが、相手は木を盾にしながら移動していたため、矢を放つことは出来なかった。

 木の間を縫うように移動しながら、刺客は距離を離していく。

 真十郎の目を以てしても、遠ざかっていく陽炎のような存在を視認し続けることは出来なかった。


「逃した。すまない」


 二人のもとに戻って、真十郎は謝罪の言葉を口にした。

 その姿を二人は驚きの目で眺めていた。


「あれを追い払ったのか? 無傷で?」

「ああ、すまない。手傷を負わせることも出来なかった」

「いや、無傷というのはあなたのことだ。私達は今まであれと遭遇するたびに誰かを犠牲にしてかろうじて追い払っていたんだ」

「とても強いのですね」


 そう言って、シャルロッテが嬉しそうに微笑んだ。


「あれは俺にとっては相性のいい相手だった」


 そう言って真十郎は苦笑してみせた。


「姿は見えづらいが、全く見えないというわけではない。それに気配を消すのはあまり得意ではないようだ。離れていればともかく、近づけば気配でわかる」

「なんにしても助かった。ありがとう」


 ゾフィーの言葉に真十郎は笑みを返して、神聖帝国のある方角へと視線を向けた。


「さあ、急ごう。あの敵もすぐに戻ってくるかもしれない」


 シャルロッテとゾフィーはその言葉に頷きを返し、三人は再び歩き始めた。







 三人は森の中をただただ歩き続けた。

 やがて日が陰り、足元も見えづらくなってくる。

 足元がおぼつかない状態で行進を続けるのは危険が伴う。

 だが、三人には暗くなったからといって、すぐに足を止めることが出来るほどの余裕はなかった。


「日が暮れてからも可能な限り進みたいが大丈夫か?」


 真十郎の言葉を受けて、ゾフィーは気遣わし気にシャルロッテに視線を送る。


「ああ……言いたいことはわかるが、しかし……」


 王女として生きてきたシャルロッテは何の訓練も受けていない。

 日の出ている間に歩き続けるだけでも、彼女にとっては相当な無理を強いられているのだ。

 これ以上無理をさせては神聖帝国に辿り着く前に倒れてしまうかも知れない。


 そのゾフィーの視線に気づいたのだろうか、真十郎がシャルロッテに視線を向けて口を開いた。


「王女は俺が背負って歩こう」

「そんな! 大丈夫です、私もまだ歩けます!」


 シャルロッテが驚いたように声を上げる。

 自分一人が他の者に重荷を負わせることを忌避したのだろう。


「俺の仕事はあなたを無事に送り届けることだ。無理をして倒れられては困る」

「シャルロッテ様は私がお運びしよう」

「そうか、ならば君の荷物は俺が運ぼう」


 シャルロッテの意見を考慮することもなく、二人は話を進めてしまう。


「ゾフィー、私は……」


 悲しげな表情を浮かべるシャルロッテに、ゾフィーはただ優しく微笑んで見せた。

 真十郎は二人分の荷物を担ぎ、二人のすぐ傍に立っていた。


「疲れたら言ってくれ。君の力は王女を守るためにできるだけ残しておくべきだ」

「ああ、ありがとう」


 ゾフィーは真十郎の提案に礼を返しながら、シャルロッテの目の前で屈んで背中を差し出した。


「さあ、どうぞ。シャルロッテ様」


 シャルロッテがゾフィーの背に体を預けるまでに数秒の間があった。

 まだ、ためらいが残っているようだった。

 シャルロッテが体を預けてすぐに、ゾフィーは立ち上がり歩き出した。

 そのすぐ後ろを真十郎がついていく。


「ごめんなさい。迷惑ばかりかけて」


 ゾフィーの背で、シャルロッテがか細い声で謝罪の言葉を口にする。

 ゾフィーはそれに慰めの言葉をかけようとしたが、彼女よりも早く真十郎が言葉を発していた。


「気にすることはない。貴人の、しかも女であるなら仕方の無いことだ」

「でも……城を出てからずっと、私は何の役にも立てていないのです。私を守るために何人もの騎士が命を落としました。そこまでして守ってもらう価値が、私にあるとは思えないのです」

「シャルロッテ様……」


 何と言って慰めるべきか……ゾフィーがそんなことを考えている間に、真十郎が再び口を開いた。


「俺はあなたのことを良く知らない……あなたにどれほどの価値があるのかも。だが、その死んでいった騎士達が命がけで守ったものを、価値が無いなどと評するのはどうだろうか?」


 真十郎の言葉を聞いたシャルロッテが息を飲むのが分かった。


「でも、私は……」


 シャルロッテは何かを言いかけて、そのまま黙ってしまう。


「騎士達はあなたを守るために戦い死んでいった。その事実を忘れないことだ。騎士たちにとって、あなたは己の命を掛けて守るだけの価値のある存在だったはずだ」


 真十郎の言葉にゾフィーが頷き、言葉をつなぐ。


「彼の言うとおりです、シャルロッテ様。死んでいった者達のためにも無事神聖帝国にたどり着くことだけをお考え下さい」

「うん……ありがとう」


 そう答えたシャルロッテの声はほんの少し震えているようにも聞こえた。

 ゾフィーはすぐ後ろを歩く真十郎に視線を送った。

 今日出会ったばかりの相手だったが、ゾフィーはこの異国人の狩人に少しだけ好感を抱き始めていた。


 その真十郎が足を早めて二人に追い付き、並んで歩き始めた。


「少し、質問してもいいだろうか?」

「ああ、もちろんだ」


 真十郎の言葉にゾフィーは頷きを返す。


「今日出会った刺客、あれは魔術でああなっているという話だったが……」

「ああ、おそらくアンドレアスの手の者だろう」

「アンドレアス?」

「魔術師だ。理由はわからんがシャルロッテ様に異常に執着している」


 その言葉を聞いて真十郎は少しの間黙り込む。

 その姿は何かを考え込んでいるように見えた。


「魔術には、身を潜めている人間を探し出したりするような物もあるのか?」

「ああ、探知のための術ならある。半径三十歩程の距離までなら、たとえ魔術で姿を消していたとしても発見できるらしい」

「三十歩か……では、飛来する矢から身を護るような術もあるだろうか?」

「ああ、矢避けの術がある。魔力で壁を作って攻撃を防ぐ術もあるな。壁を作る術は強力だが一分も持たない。矢避けの術は一時間は効果が持続する」


 そうして歩きながら、真十郎は魔術について幾つも質問をした。

 ゾフィーはそれに自身が答えられる範囲で答えていった。


「ありがとう、参考になった」


 満足したのか、そう言って感謝を表し後ろに戻ろうとする真十郎を、ゾフィーは呼び止めた。


「アンドレアスと戦おうなどとは考えないほうがいい。強力な魔術師に剣や弓で立ち向かうのは自殺行為と言っていい」

「そうか、覚えておこう」


 真十郎はそう言って表情一つ変えず頷いた。

 そこから先は皆ほとんど口を開かず、黙々と歩き続けた。







 三人は日が暮れてから二時間程歩き続けて、やっとその足を止めた。

 少し開けた場所で三人は食事を取り、就寝の準備を始める。


「見張りは俺がやろう。君たちは休んでくれていい」

「そうか、では先に休ませてもらう。交代の時間になったら起こしてくれ」

「いや、君は寝ていていい。朝まで俺が見張る」


 その真十郎の言葉にゾフィーは驚きの表情を浮かべる。


「いや、それは……一人で一晩中見張るつもりなのか?」

「ああ、そうだ」

「そう言ってもらえるのはありがたいが、さすがにそれは……」

「必要なら一週間程度は眠らずとも活動できる。心配しなくていい」

「そう……なのか?」

「ああ、気にせず休んでくれ。君は王女を守るために力を蓄えておくべきだ」

「わかった。本当にすまない」


 申し訳無さを感じているのか、ゾフィーが口にした謝罪の言葉に、真十郎は小さな微笑みを返した。

 それにゾフィーも戸惑ったような笑みを浮かべて答えた。


「もし辛くなったなら言って欲しい。いつでも交代する」

「わかった。必要になったらそうさせてもらう」


 そんなやり取りの後に、ゾフィーは横になった。

 丸一日歩き続けた疲労が全身に重くのしかかってくる。

 ゾフィーは目を閉じ大きく息を吐く。

 こうしていれば、すぐに眠りに落ちるだろう。


 そこまで考えて、ゾフィーはふと目を開いた。

 今日出会ったばかりの真十郎を、ここまで信用していいのだろうか?

 だが、すぐにその考えを頭から追い出す。

 もし真十郎が自分たちを殺すつもりなら、わざわざ声をかけたりせずに不意打ちをすればよかったはずだ。

 刺客に襲われた時も、自分達を助ける必要など無かった。

 殺されるのをただ黙って見ていれば良かった。

 いや、刺客に殺されるのを待つまでもなく、その弓で射殺すことも出来たのだ。

 なんにしても真十郎に頼る以外に方法は無い。

 夜は眠らずに見張りをし、昼は王女を守って逃避行など、やれてもせいぜい二日が限度だ。

 今はもう彼を信じるしか無い。

 もし彼が敵であったなら、自分たちの命運は既に尽きているのだろうから。


 ゾフィーは小さくため息をつき、再び目を閉じる。

 その意識はすぐに深い眠りの中へと落ちていった。






 真十郎は深夜に何者かの気配で目を覚ました。

 彼は樹上で木の枝に腰を降ろした状態で眠っていた。

 その場所からはシャルロッテとゾフィーが横になって眠る場所が見渡せる。


 視界には怪しいものは見当たらない。

 だが間違いなく何かがいると、彼の鋭敏な感覚がそう訴えていた。

 神経を研ぎ澄ませ、気配を探す。

 そして、すぐにその気配を見つけることができた。


 空気が揺らいでいる。

 まるで陽炎のように見える何かが、王女と女騎士に近付いていくのが見えた。

 頼りになるのは、天の星々と月の明かりのみ。

 その中で、その陽炎のような何かは非常に視認しづらい存在だった。 


 樹上で弓を取り、矢をつがえる。

 相手の姿がはっきり見えないため、正確な急所はわからない。

 そのため、真十郎は陽炎の中心部に狙いをつけた。

 音を立てぬように、慎重にゆっくりと弓を引き絞る。

 いったん呼吸を止め、静かに息を吐きながら弦を離し矢を放つ。

 放たれた矢は陽炎の中心に吸い込まれていった。 


 直後、陽炎が大きく揺らぎ、中から女の姿が現れた。

 四肢は細身だが相当に鍛え込まれている。

 その上腕部には彼が放った矢が突き立っていた。


「目を覚ませ!!」


 真十郎の叫びを聞いてゾフィーが目を覚まし、慌てて飛び起きる。

 そして傍らに置いてあった剣を握って抜き放った。

 シャルロッテも起き上がったが、まだはっきりとは覚醒できていないようだった。

 数歩ばかりの距離に自分の命を狙う刺客がいるというのに、眠そうに目をこすっている。


 真十郎はすばやく次の矢を構えて射放ったが、刺客は転げるように身を投げ出し、それを躱した。

 ゾフィーが素早く刺客に駆け寄り斬りつけるが、刺客はそれを後方に飛び退って躱す。


 刺客はそのまま背を向けて逃走を開始する。

 逃走するその姿は、再び陽炎のようにゆらぎ、視認しづらくなっていった

 真十郎は木の上から飛び降り、弓を構え刺客の背に狙いを定めたが、その矢を放つことはできなかった。


 陽炎のようなその姿は昼間でも視認しづらい。

 夜であればなおさらだ。

 その姿をすぐに見失ってしまう。

 真十郎は諦め、構えていた弓を降ろす。




 二人の元へ戻ると、シャルロッテが怯えた表情でこちらを見ていた。

 ゾフィーは剣を構えたまま俯いてじっと地面を見ている。

 その姿は、まるで心が何かに捕らわれてしまっているかのようだった。


「ゾフィー、大丈夫か?」


 真十郎の呼びかけに対する返事はない。


「何があった?」


 再度呼びかけてみるがやはり返事はない。

 その様子をシャルロッテは不安そうな表情で見つめている。

 真十郎はゾフィーの肩を掴み小さく揺さぶってみた。

 ゾフィーはやっと顔を上げ、真十郎と目を合わせた。

 その瞳には困惑、恐れ、悲しみといった様々な感情が入り乱れているように見えた。


「妹だった……」


 その言葉に真十郎は眉を寄せた。

 彼女がなんの話をしているのか、理解できなかったからだ。

 ゾフィーは再びうつむき、ゆっくりと言葉を紡いだ。


「あの刺客は……私の妹だ」

「どういうことだ?」 


 ゾフィーの言葉に真十郎は驚き、シャルロッテが何かを知っているかとそちらに視線を向ける。

 だが、シャルロッテも驚いたように目を見開いて、ただゾフィーを見つめていた。


「わからない。どうしてこんな事になっているのかも、あの子がどうして……」

「間違い無いのか? よく似た他人ということもあるだろう?」

「妹の顔を間違える筈が無い。あれは間違いなく……」


 そこまで言って、ゾフィーは何かに気づいたように顔を上げた。


「そうだ……瞳の色が赤かった。血のように真っ赤で……あれは、あれは……」 


 その言葉を聞いたシャルロッテが驚きの表情を浮かべ、声を上げた。


「それは……お父様やヴァルター兄様と同じ? だとすれば、あの魔術師に何かされたに違いないわ」


 魔術師……アンドレアスという名の魔術師のことだろうか?

 ゾフィーの妹が、その魔術師に何らかの魔術をかけられて王女の命を狙う刺客として動いているということらしい。

 取り乱すゾフィーの姿を見て、真十郎は心に苦い思いが湧いてくるのを感じた。

 刺客を撃退したのは自分だ。

 そして、おそらく彼女はもう助からない。

 それをゾフィーに伝えねばならない。


「彼女を射た矢には毒を塗っていた。悪いがそう長くは持たないだろう」


 その言葉を聞いたゾフィーが顔を上げた。

 その顔には真十郎を責めるような色は浮かんでいなかった。

 ただ恐怖と悲しみがその表情を彩っていた。


「それは……仕方のない事だ。ありがとう、私達を守ってくれて」


 そう言ってゾフィーは微笑んでみせた。

 ひどい顔だと、真十郎はそれを見て思った。

 その笑みは弱々しく、苦痛と悲しみに満ちている。


 悲しみの感情を押し殺して浮かべる笑顔。

 誰かがそんな表情を浮かべるたびに、真十郎の脳裏には苦い思い出が浮かんでくる。


「今日はもう襲われることはないだろう。明日に備えて休むべきだ」


 真十郎はゾフィーと、その直ぐ側で心配そうに彼女を見つめるシャルロッテにそう言って、就寝を促した。


「私はいい。おそらく眠れないだろうから」


 俯いたまま、呟くようにゾフィーはそう口にする。


「眠れなくとも、横になって少しでも休め。王女を守るという君の負っている責務のために」


 真十郎の言葉にゾフィーは顔を上げ、小さな苦笑を浮かべる。


「そうだな、すまない」


 そう言って再びうつむくゾフィーに、シャルロッテがいたわるように声を掛ける。


「少しでも休むべきだわ、ゾフィー。あなたは私なんかよりずっと無理をし続けてくれているのだから」

「ありがとうございます、シャルロッテ様」


 二人は並んで横になる。

 ゾフィーは横になりながら、真十郎に向かって感謝の言葉を口にしていた。


「ありがとう、真十郎殿」


 その言葉は、おそらく今しがた刺客を追い払ったことに対する礼の言葉なのだろう。

 だが、他にも何か含んだ感情があるようだと、真十郎にはそう感じられた。

 なんと言って答えるべきかわからなかった彼は、口の端を小さく吊り上げてそれに答えた。

 今の自分はきっと酷い顔をしているのだろうと、真十郎はそう思った。


 アンナが見たらなんと言うだろうか。

 友人であり、命の恩人でもある少女の顔を思い出しながら、真十郎は一人ため息をついていた。


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