↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黄金の国の狩人  作者: 神誠
第二章 騎士と魔獣

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/51

悲しい知らせ

「失礼致します。カール様」


 その日の朝、カールの自室に一人のメイドがやってきた。

 そのメイドは一通の手紙を差し出し、カールへと手渡した。


「冒険者組合からの手紙です」

「冒険者組合?」


 冒険者組合からの手紙。

 そのメイドの言葉にカールは不吉なものを感じた。


 カールも冒険者に関わりがないわけではない。

 今までに何度か組合から紹介してもらった冒険者を雇ったことがある。

 だが、それは全て父の名で依頼していた。

 仕事に関する手紙が来るなら、父宛てになるはずだった。

 だがこの手紙はカール個人宛に届いたものらしい。


 冒険者というのは危険の伴う職業だ。

 任務に失敗して命を落とす者も多い。

 冒険者たちはそういった場合に備えて、組合に手紙を託すのだ。

 自分が死んだときに届けてほしい相手宛の手紙をだ。

 おそらく、これはその類いの手紙だろうとそう思った。

 そんな手紙を自分宛てに送ってくる冒険者に、カールは一人だけ心当たりがあった。

 だが、手紙の送り主が彼の思ったとおりであったとするなら、相手は自分一人ではないはずだった。


「アンナには届いていないのか?」

「届いております」


 ああ……と、カールは小さくため息をつく。

 おそらく、彼の思ったとおりの相手からの手紙なのだろう。


「渡してくれるか? 俺の方からアンナに届けておこう」

「かしこまりました」


 そう言って、メイドはもう一通の手紙を差し出し、部屋を出ていった。

 カールは自分宛ての封筒の封を切り、手紙を取り出す。

 上質の便箋の中に一枚だけ質の低い紙が混ざっている。

 その質の低い紙には数行の短い文章が書かれていた。

 冒険者組合の人員が書いたものだろう。

 そこにはヘルミーネという冒険者が任務に赴き命を落としたこと、そして彼女の生前の希望で、この手紙を冒険者組合が送付することになったと、そう書かれていた。


 カールが八歳の頃にヘルミーネはこの城にやってきた。

 こちらを見る、どこか怯えたような色を見せる茶色の瞳が印象に残っている。

 彼女はカールの一歳下で、アンナより二歳年上だった。

 父は彼女について多くを語らなかった。

 カールもまだ子供ではあったが、それでも何か訳があるのだろうということは理解できた。


 アンナはすぐに彼女と仲良くなった。

 最初は人見知りしてなかなか打ち解けようとしなかったヘルミーネに近づいて何かとちょっかいを出していたのを覚えている。

 年の近い同性の友人が居なかったからだろう。

 アンナはいつも大喜びでヘルミーネをどこかに連れ回していたように思う。

 その頃はまだ母が健在で、よく母の見守る中で二人遊んでいた。

 五年程そうして過ごしていたが、ある日突然彼女は修道院に行くと言い出した

 それを聞いたときは、アンナが一日中泣き止まず、皆が手を焼いていたのを覚えている。


 それからしばらくして、彼女は去っていった。

 アンナとはその頃から手紙のやり取りをしていたはずだった。

 そして行った先の修道院で治癒術の才能があることを見出され、その技を磨くことにしたのだそうだ。

 やがてその技を生かして冒険者になったのだと伝え聞いた。

 それを知ったアンナは大層心配して、そんな危ないことはやめるようにと何度も手紙を出したと言っていた。

 だが、聞き入れては貰えなかったらしい。

 その結果として、カールは今この手紙を読んでいる。


 手紙にはただひたすらに感謝の言葉が並べられていた。

 このオステンブルクの城で過ごした日々は、彼女にとって幸せな時間だったらしい。

 本当はいつまでもそのまま過ごしていたかったが、この城の者たちにいつまでも世話を掛ける訳にはいかないと思い、出て行ったのだそうだ。

 周りの誰もそんな事を気にしてなどいなかったのに、彼女自身はそうではなかったらしい。

 手紙の最後には謝罪と、何度目かの感謝の言葉が綴られていた。


 手紙を読み終えたカールは、便箋をテーブルの上に置き、ため息をついた。

 自分を見つめるヘルミーネの眼差しを思い出す。

 胸に湧き上がってきたのは、少しの切なさとともに感じる罪悪感。

 自分には、もっと彼女のためにしてやれることはなかっただろうか?

 だが、もうそんな事を考えても意味がない。


「死んでしまったのだな」


 カールは呟き、再びため息をついた。

 アンナに知らせるのは気が重いが、知らせない訳にはいかない。

 残ったもう一通の手紙を手に取り、カールは立ち上がった。




 そうして、カールはアンナの部屋の前に立ち、そのドアをノックしていた。


「アンナ、いるか?」

「はい、えっと……お兄様?」

「そうだ。すまんが、今時間はあるか?」

「はい、大丈夫ですけど……」


 そう言ってアンナはドアを開け、カールを部屋に招き入れた。

 一体何があったのかと、アンナは怪訝な表情で首をかしげる。


「少し、お前に話があるんだ。大丈夫か?」

「お話ですか? わかりました」


 アンナに椅子を勧められたがカールはそれを断り、立ったままでいた。


「今朝届いたのだそうだ」


 そう言ってカールはアンナに封筒を手渡した。


「手紙? 誰からですか? 冒険者組合? どうしてそんなところから……」


 疑問の言葉を呟きながら、アンナは封を切って手紙を取り出した。

 カールの封筒に入っていたのと同じ、質の低い便箋を見てアンナの動きが止まる。


「お兄様? ……これ」


 信じられないといった顔で見つめてくるアンナの顔を、カールは黙って見つめ返す。


 アンナは震える手で残りの手紙を手に取り読み始めた。

 カールはアンナが手紙を呼んでいる間、そのそばに黙って立っていた。

 アンナは手紙を食い入るように読んでいたが、やがて嗚咽を漏らし始めた。

 何度かこちらに視線を向けてきたのがわかった。

 だがカールは目を合わせようとはしなかった。

 アンナがどんな表情をしているのかはわかっていた。

 その気持も痛いほどわかった。

 アンナがヘルミーネとどれほど仲が良かったか、カールはよく知っていた。


「ゥゥ……」


 アンナが顔を伏せ、声を漏らした。

 カールはずっとそらし続けていた目をそちらに向ける。

 アンナは手紙を片手で持ったまま、残った手で口を抑え、顔を歪め涙を流していた。


「……お兄様、お兄様……こんなのウソ……こん、なの」


 アンナは椅子から立ち上がり、カールに抱きつき声を上げて泣き始めた。







 オステンブルク候ヘルマンは自室の執務用の机の前の椅子に座り、ため息を付いていた。

 つい先程、かつて面倒を見ていた娘が命を落としたという知らせを受け取ったのだ。


 この城を出て行くとき、ヘルミーネは修道院で暮らしたいと言って出ていった。

 学びたいことがあるのだと、彼女はそう言っていた。

 だが、まさかその後に冒険者などになるとは思っていなかった。

 その話を聞いたときに彼女を無理矢理にでも呼び戻すべきかとも思ったが、本人の意志を無視してそこまでやるのは流石に横暴かと思い諦めたのだ。


 こんな事になるのなら、あのとき無理矢理にでも連れ戻すべきだったと、ヘルマンは後悔していた。

 そうして一人懊悩していたヘルマンは自室のドアをノックする音で現実へと引き戻された。


「父上、いらっしゃいますか?」


 その声は息子のカールの声だった。

 ヘルマンは大きく深呼吸をして気持ちを落ち着けてから、その呼びかけに応えた。


「カールか?」

「はい。お話があるのですがよろしいでしょうか?」

「入りなさい」

「失礼します」


 そう言って部屋に入ってきたカールは、ヘルマンの机の前に立ち何かを口に出そうとして止めたように見えた。

 どうも嫌な予感がした。


「どうした?」


 促すようにそう口にすると、カールは大きく一つ息を吐いてから口を開いた。


「父上はここから六日ほどの距離にある山村で、奇妙な獣が村人を襲っているという情報をご存知でしょうか?」


 その言葉を聞いたヘルマンは眉を寄せる。

 先程抱いた嫌な予感が大きくなった気がした。


「知っている。それで?」

「調査のために人を派遣するべきだと思うのです」

「お前の言うとおりだが、先日の蛮族の襲来のせいで今は騎士達を動かすことはできん。冒険者に依頼を出そうと思っていたところだ」

「そうだろうと思っていました。それで、その調査に私も同行することをお許し頂きたいのです」


 ヘルマンはそれを聞いてこめかみを押さえる。

 どうやら嫌な予感が当たってしまったようだ。


「駄目だ」


 ヘルマンは首を振りながらその願いを拒否した。


「何故でしょう?」


 カールは落ち着いた様子で尋ね返してきた。


「自分の立場を考えろ。お前はいずれ、私のあとを継ぎこの地を治めることになるのだ。そんな危険を犯させるわけには行かない」


 それを聞いたカールは少し間をおいてから、再び口を開いた。


「私を育て、騎士としての心得を教えてくださったのは父上です。その教えの中に弱者が苦しんでいようとも危険には近づくべきで無いと言う教えは無かったように思います」

「屁理屈をこねおって」


 そう言ってヘルマンは渋面を浮かべ、カールの顔を見つめる。


「まさか、お前がそんなわがままを言い出すとは思っても見なかったよ」


 若い騎士が冒険を求めるのは良くあることだ。

 騎士としての理想や名誉を追い求める事も。

 だが、目の前に立つ息子が冒険に憧れたのでも名誉を求めているわけでも無いのはわかっていた。

 やはりヘルミーネのことがあるのだろう。

 彼女の死に対して何か負い目を感じているように見える。


「ヘルミーネの仇を討ちたいなどと思っているのではあるまいな?」

「それが無いといえば嘘になりますが……。しかし、それは調査が終わり、獣を討伐する段になったらの話です」

「あの娘が生きていたなら、自分のためにお前がその身を危険に晒すことを喜びはしないだろう。彼女は自ら道を選び、その結果として命を落とした。お前が一体何を気に病むのか?」


 そう口にしながらも、カールの気持ちは良くわかった。

 ヘルマン自身がヘルミーネを呼び戻さなかったことを後悔していたからだ。


「私にも……もっと何かしてやれることがあったのでは無いかと今になって思うのです」


 そう言って、カールは何かを考え込むかのように目を閉じ、小さく息を吐いた。


「今更、そんな後悔をしても遅いとは思うのですが」


 一人の騎士として考えれば、カールがやろうとしている事は間違っているとは言えないだろう。

 守るべき民のため、そして既に死んでしまっているとはいえ女性のために危険を犯そうというのだから。

 だが、次期領主としては褒められた行動ではない。

 ヘルマンとしてもそんな危険を犯して欲しくは無かった。


「調査だけと言ったが、本当に調査だけで終わるのか?」

「わかりません。獣に遭遇し、逃げられないとなれば戦うことになるでしょう」


 ヘルマンは目の前に立つ息子の顔を見た。

 相手はたかが獣一匹。

 大したことは無いのかもしれない。

 だが、冒険者たちは帰ってこなかったのだ。

 カールは生きて帰って来るだろうか?


 そこまで考えて、ヘルマンは頭を振って大きく息を吐いた。

 親として、我が子を危険に晒したくないのは当然のことだ。

 だが、カールは成人した男であり、戦士なのだ。

 一人前の戦士である息子に対して、自分は過保護すぎるのかもしれないとも思う。


「相手はたかが獣一匹だ。お前がそうそう後れを取るとも思えんが、ヘルミーネたちは帰って来なかった。お前もそうならないという保証は無いのだぞ」

「確かにそうかも知れません。しかしその程度のことを恐れていては騎士たる資格は無いのでは無いでしょうか?」


 以前からうすうす気づいてはいたが、カールの中では次期領主としてよりも、騎士としての自分に重きが置かれているらしい。


 ヘルマンは諦めたように大きく息を吐き、机に立てかけていた一本の剣を手に取った。

 立ち上がり、その剣をカールに手渡す。

 それは、ヘルマンが常に身につけている剣であり、この家に家宝として伝わる宝剣だった。

 かつて強大な悪魔を打ち倒した英雄の佩剣であったと言われている。

 その黒塗りの鞘も、鈍色の柄も飾り気の無い質素なものだった。

 だがその刃は魔力を帯びて薄い輝きを放ち、魔を滅する力があると言われていた。


「これは……父上」

「持っていけ。いずれお前のものになるが今はまだそうではない。必ず返せ。いいな?」

「……ありがとうございます」

「無理だと感じたらすぐに戻ってこい。一度撤退し再び挑むのは恥でも何でも無い」

「はい、父上」


 剣を胸に抱き、カールは部屋を出ていった。

 自分一人になった部屋で、ヘルマンは天井を見上げて大きく息を吐いた。


「……どうか、あの子を守ってやってくれ」


 ヘルマンは静かに目を閉じ、今は亡き妻にそう語りかけていた。







 その日の夕方。

 真十郎は庭に生えている木に背中を預けて座っていた。

 そうやって何もせず、ただ日の暮れゆく空を眺めながら、穏やかで無駄な時間を過ごしていた。

 暗くなり始めた空に朱色に染まった雲が浮かんでいる。

 その雲の下に逆光で黒く染まったオステンブルクの城の影が見えた。


「今日は来ないんだな」


 一人、そうつぶやいた。


 その日、アンナは真十郎の元に現れなかった。

 毎日来ていたものが来なかった。

 ただそれだけのことだ。

 来なければいけない理由があるわけでもない。

 別に今日来ると言っていたわけでもない。


 何かあったのではないか、とも思う。

 だがそれを彼が心配しても意味のないことだ。

 彼女の周りには大勢の人がいる。

 何かあったとしても、その人達が彼女を助けるだろう。


 何かを考え込むように下を向き、真十郎は自嘲するように笑みを浮かべた。

 アンナが自分に会いに来るのが当たり前のような、そんな勘違いをしていたのかもしれない。

 愚かなことだと、そう思った。

 身分違いの自分を友と呼び、わざわざ会いに来てくれているというのに、それを当たり前と思うなど、あまりにも恩知らずではないか。

 今の環境は自分には過ぎたものだ。

 自分は恵まれていると思う。

 自分は幸せなのだとそう思えた。


「ありがとう」


 真十郎は感謝の言葉を呟きながら立ち上がり、小屋の中へと戻っていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。