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角が生えた少年  作者: 紅いろ 葎
第二部
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19/31

その秘密は俺が守る

二年前の入学式。

初めてアデル・リンデルに出会った。

当時のアデル・リンデルと言う人物は

愛想たっぷりの、従順な可愛らしい男の子といった印象で、教員や他の生徒からしてみればなんてことも無い一学生だったのだろう。


しかし、ダリヴレッド・グリフォンはそうは思わなかった。

大半の人間がそう見るように、確かに可愛らしい素直な男の子のようにも見えた。

けれど、そんな愛くるしい姿がたまに霞むのだ。

何かに耽り込むような、夢にでも堕ちてしまったかのように。

それは気のせいかとも思わせる程、ほんの一瞬の些細な仕草であったけれど、ダリヴレッド・グリフォンはすぐに見抜いた。





ダリヴレッド・グリフォンは入学当初から寄宿生徒である。家が遠い訳では無い。



グリフォン家は生まれた頃から、厳格な風貌を崩さない家だった。可愛がられたり甘やかして貰った過去なんて、記憶には無い。


長男の宿命とでも言うのだろうか。

まわりの大人達からの勝手な期待や、重圧をいつもひしひしと感じていた。母は男の子を二人も産みあげた立派な淑女として、プライドが高かった。

兄弟ともに溺愛されているのはわかっていたが、

自分にはどこかよそよそしく見えたし、

その瞳に映るのは愛息子では無く、後継者としての期待に見えた。

父は遠くから兄弟を眺めるだけで、何も言わない人。


だからなのだろうか。

物心つく頃には、それなりに自由を愛していた。

家の重圧なんてものともしない程度には、

楽観的で奔放に育つ。

自分が六歳を過ぎた頃だろうか。

後継者は次男の方だろうと、誰からとも無く囁き始めた。それが現実味を帯びている事に、ダリヴレッドは気が付いていた。




ダリヴレッドが入学する折、母に寄宿生徒として

学校に赴く事を嘆願した。

表立っては、自立心を伸ばして立派な模範となれるようにとでも付け加えたが、本心はそうではない。

ただ自由でいたかったのだ。

今になってみれば、たった六歳の言葉である。

母にはお見通しだったのだろう。

けれどダリヴレッドには勝算があった。

こんな自分のような紛い物がこの家にいつまでもいたところで、弟を後継者にするに悪影響だろう。


母は悲しんで見せたし、弟は酷く落ち込んだが

結果的にはすんなりと許可された。

父はこの時も、ただ見ているだけだった。



そしてようやく手に入れた自由。




グリフォンという姓のおかげか、面倒事はあまり起こらなかった。ピリピリとした重圧が何も無い時間を、噛み締めていた矢先の事だった。


アデル少年は誰とでも分け隔てが無く、愛想が良い。

だがこれが授業になると、一人何かに耽り込む事があった。まるで孤独だとでも言うような、小さな細い体。

なんだか妙に目が付いたし、そのアンバランスさがどうにも気に食わなかった。


そんなアデル少年の影は、時間が経つ事に濃くなっていく。他の生徒で気が付く者はいなかった。

それどころか、可愛いなどと持て囃される場面さえあった。


それがまたダリヴレッドの癇に障るのだ。




聖夜を過ぎた頃だろうか。

剣術の授業での事だ。アデル少年は、配布された木剣を、振る事さえ出来なかった。

その日は授業が始まる時に初めてアデル少年を見掛けたが、どうにも顔色が優れなかった。

適当なペアを組んで、簡単な打ち合いをする事になり、運が悪くも自分がアデル少年と組む事になったのだ。


開始のベルがひと鳴りしても、アデル少年は構えさえまともにしなかった。


『おい、やる気あんのか』

ダリヴレッドは凄んだ。イライラしたのだ。

そうしてやっと、構えの姿勢をとったアデル少年だが、目線は自身が握る木剣のままだった。

握る手がわなわなと震えているようにも見える。


もう開始のベルは鳴っていて、他の組は打ち合いを始めている。つい、頭に血が上ってしまって

ダリヴレッドは無防備に立つアデル少年に、一気に間合いを詰めると、脇腹目掛けて思い切り木剣を振り切った。



避けるとでも、思っていたのか。

いや、何も考えていなかったかもしれない。

ただ気に食わなかっただけなのかもしれない。



ごっ、と鈍い音を立てて、ダリヴレッドの握る木剣はアデル少年の脇腹にめり込んだ。

柔らかい肉に当たった感触が、木剣から手まで伝って来ると、頭に上りきった血は一気に冷めていった。


おい!と咄嗟に叫んだのと、アデル少年が倒れ込むのはほとんど同時だったように思える。

がくんと膝を折って、倒れ込むアデル少年。


脇腹に思い切り振り込んだ木剣が当たったのだ。

息が上手く出来ていないのは直ぐに分かった。

思わず駆け寄って、背中をさすった。



『息しろ、息!』

しかし、アデル少年の呼吸は整うどころかどんどん不規則さを増していく。ヒュー、と喉から音が出て、ぽたぽたと床に落ちる水滴。汗なのか涙なのか、染みがいくつも滲んでいく。

これはやばいかもしれない。そう判断したダリヴレッドは、アデル少年を咄嗟に背中で担ぎ上げた。


そのまま一心不乱に二階の医務室まで階段をかけ登る。

医務室には誰もいなかった。

ダリヴレッドはベッドの一つにアデル少年をゆっくり下ろした。階段を駆け上っているうちに、だいぶ呼吸は落ち着いたようだった。

気を失ってしまったのか、今は眠りこけている。


それを確認すると、柔らかいタオルと冷たい水を入れた小さな桶をベッドの前まで持ってきて、

そのまま眠ってしまったアデル少年の服を思い切りまくり上げた。



ダリヴレッドは衝撃を受けた。

この体つきは......男には見えない。


そして思い出す。

背中をさすった時に、その手に違和感は無かったか。

さすっていた片手を見下ろして、その感触を思い出す。男の子の背中だっただろうか。

闘技場での実技がスタートするまで、数ヶ月体を作るトレーニング授業があったのに、その体は細過ぎなかったか。

背中に乗せた時もそうだ。一心不乱で、その時は何も思わなかった。けれど、軽すぎだ......。



ダリヴレッドはもう一度アデル少年を見下ろした。

白くすべすべした肌。細い体。そのしなやかなライン......七歳の体とは言え、それは男にはとても見えない。


ダリヴレッドは思わず顔を赤くして、肩まで上げていた服の裾を胸の下までそっと下ろした。

打ち込んだ脇腹は、青黒く変色して腫れ上がっている。一気に罪悪感が襲ってきた。



薬の位置まではわからないので、とにかくタオルで患部をそっと冷やしながら黙々と考えた。

アデル少年の正体が女だとするならば

ある程度の合点がいく。

あの違和感も、無性に納得しきれない歯切れの悪さも、男だと思ったからこそだ。

何故性別を偽るのかまでは想像しても分からなかったが、とにかく今の自分は酷く浅はかに思えた。





それからはしばらく、遠目にアデル少年を眺める日々が続いた。

自分がその秘密に気が付いた事を、アデル少年は知らない。ダリヴレッドからも、その話をする気にはならなかった。


ただ一つ変わったことはと言えば、あれほどまでに気に食わなかったアデル少年の不可思議な影が

今はとても儚く、時に綺麗にさえ見えた。

相変わらずまわりの誰もそれに気が付く者はいなかったが、ダリヴレッドはそれもまた良いように思えた。


寧ろ、諸刃の強さにさえ見えてきた頃。

学期末が近付くに連れて、アデル少年の不可思議な影は濃さをどんどんと増していく。

そして、ある日の事だ。

先生とアデル少年が空き教室の中でこそこそと話をしているところに、偶然にもダリヴレッドは遭遇してしまう。



『やはり、新学期から寄宿生徒になる事は決定になりそうですか?』

『はい、先生。休暇中にも、母が手続きに来るかと思います』


ドアの向こうから聞こえてくるアデル少年の声は

いつになく暗く、何か事情があるのはすぐにわかった。

思わず足を止めて、そっと中の様子を覗き込む。


アデル少年は俯いて、教壇に立つ先生と会話している。先生は頬に手を当てて、アデル少年を見下ろした。


『けれどね、リンデル。希望の一人部屋は難しいわ。新入生が優先になってしまうから......』

『どうしても、なんともなりませんか』

『どうして、一人部屋を希望するのかしら。事情があるのなら教えて頂戴』

そこでアデル少年は口を噤んでしまう。



寄宿生徒になるのか?何故?

ダリヴレッドには、一人部屋を希望する理由がわかっている。本当は男の子では無いからだ。

しかし、先生が知らないという事は今のアデル少年には何も言えることが無いという事だ。


ダリヴレッドは思わずその扉を開き、二人の前まで足を進めた。

二人は驚いて、ダリヴレッドをじっと見つめる。


『グリフォン、どうして貴方が?』

そう問いかける先生に向き直って、ダリヴレッドは口を開いた。

『こいつが寄宿生徒になるなら、俺との相部屋でいいです。先生』


どうしてそうなったのか、ダリヴレッド自身にも

あまり分かってはいなかったが、とにかく口を噤んでしまうアデル少年を見ていられなかったのだ。


何よりも、他の男との相部屋になってしまう事を

避けてやりたかったのかもしれない。

なんの事情もわからないけれど、その秘密は隠し通さなければならない。

いや、自分だけが気付いている事に何か思っていたのかもしれない。


アデル少年は真っ青になったが、先生はそれを聞いて大いに喜んだ。



先生が去っていき、残されたアデル少年とダリヴレッドは、お互いになんと言って良いのかしばらく言葉が出なかった。

考えてみればアデル少年は、知らないのだ。

その秘密に気が付いていることを。


ダリヴレッドは決意したように、

アデル少年に向き直った。

『実はさ......知ってるんだ。気付いているんだよ。お前の秘密は、俺が隠してやる』


アデル少年は目を見開いて、言葉を探したが

頭が真っ白になってしまったのか、口をぱくぱくと動かすばかりだった。





そうして、二人の親友としての生活が始まったのである。

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