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仮面姫  作者: 雲居瑞香
番外編
55/55

物語の結末は

ついに番外編も完結。最後に主人公二人にちゃんと仕事をしていただきます。











 ミシェルはナタリーを見て「うわぁ」と歓声をあげた。


「ナーシャさん、きれいです」

「ありがと」


 はにかみ笑いも美しいナタリーだ。照れているのだと思う。今日は彼女とヴェルレーヌ公爵エリクの結婚式になるのだ。婚約してから三か月と言うスピード結婚である。

 王弟の息子であるヴェルレーヌ公爵の結婚式だ。かなりの規模の式になる。ナタリーはその主役。ミシェルはただの参列者で、新婦に挨拶に来ただけだ。

 ナタリーがまとうのは純白のウェディングドレス。スレンダーなデザインのそれは、すらりとしたナタリーに良く似合っている。過度でない程度にフリルやコサージュがつけられ、真っ白なのに豪奢なイメージだ。


「なんでウェディングドレスって白いのかしら……汚しそうで怖いわ。これ、いい生地だし」


 公爵家の生まれであるナタリーもそのようなことを気にするらしい。ミシェルは微笑んだ。そのセリフが照れ隠しのようにも聞こえたのだ。


「昔は、ウェディングドレスは様々な色をしていたそうですよ。そもそも、結婚式なんてお金のある貴族や資産家くらいしかできませんでしたから、どれだけ豪華なドレスを用意できるかで、その家の格が決まったそうです」


 だから、昔のウェディングドレスは白だけではなく、赤や黄色、青、緑、果ては黒まで存在したと言う。ナタリーのウェディングドレスも白いが、豪華さと言う意味では当時の『見せつける』という効果を意識しているだろう。

「へ~。そうなんだ」

 ナタリーが感心したようにうなずく。それから首をかしげた。

「言われてみれば、白って死に装束だもんね。いつウェディングドレスって白くなったの?」

 尋ねられて、ミシェルは記憶を掘り起こす。


「確か、隣国の女王が結婚式で白いドレスを着たのが初めてだったと思います。二百年くらい前でしょうか。この国に入ってきたのは、二代前のオーギュスト王の王妃が式で白いドレスを着た時でしょうか。王妃はとても美人だったので、急速に白いウェディングドレスが広まったと聞いています」


 つまり、ウェディングドレスが白になったのは、そんなに昔の話ではないのだ。みんながみんな、美女の真似をしようとした結果がこの現状である。

「へえ~。物知りね」

「調べれば誰でもわかりますよ」

 別に極秘情報とか難しい話ではないのだから、調べれば誰でもわかることだ。まあ、あまり気にする人はいないと思うけど。ミシェルが知っているのは、色彩について調べたことがあるからだ。


「でも、白のウェディングドレスはナーシャさんによく似合いますね」


 金髪に白い肌のナタリーに、白のドレスはよく似合っていた。髪を飾る花も淡い色合いで、全体的に柔らかな印象に仕上がっている。すでに晩秋に近い時期なので、ここまできれいに咲いている花はなかなか見つからなかっただろうに、さすがは王族の結婚式だ。

「大丈夫よ。ミシェルも似合うわよ」

「私が似合ってどうするんですかぁ」

 ミシェルが笑って言ったが、ナタリーは存外真剣だった。


「あのね。私はあなたとお兄様が先に結婚すると思ってたの。なのに、なんで私が先なのよ!」


 ナタリーがぷりぷりしながら言った。ミシェルは少し困ったように笑う。

「まあ、それは、ヴェルレーヌ公爵の方がアルフレッド様よりも年上ですし」

 と言っても、エリクもまだ三十歳には届いていないはずだ。男性ならまだ焦る年齢ではない。

 ミシェルにはもう一つ可能性が考えられたがそれは口にしないでおいた。そちらは政略的思惑が強いからだ。


「冷静に返さないでよ」


 ナタリーがミシェルの二の腕のあたりを人差し指でぐいぐい押す。それを見て、ミシェルが笑う。そこに、シャリエ公爵夫人ジョゼットが迎えにやってきた。

「あらあら、楽しそうね。わたくしも混ぜてくれる?」

「……」

 二十歳前の少女たちに混ざろうとする公爵夫人。おちゃめだ。

「お楽しみのところ悪いけど、そろそろ式が始まるから準備しなさい、ナーシャ。ミシェルはわたくしと一緒に席に並びましょうね」

 そう言ってジョゼットはミシェルの手を引く。ナタリーの方は二人に続いて出てきたが、少しむくれていた。花嫁のする顔ではない。


「お母様、絶対ミシェルの方をかわいがってる~」

「そんなことはないわよ。可愛い娘が嫁いでしまって、わたくしはさみしいわ」

「心がこもってない!」


 絶対これで静かになるわ、とか思ってるでしょ! とナタリーの被害妄想は結構リアルだ。ミシェルは思わず笑った。

 ジョゼットがさみしいと思っているのは事実だと思う。だが、ジョゼットもナタリーと同じで、素直にそう言えないからこうして冗談のように言っているのだろうと思った。
















 無事に儀式としての結婚式が終わり、披露宴に移った。少々肌寒い感はあるが、秋晴れのいい日なのでガーデンパーティーの様相になっている。花嫁の友人として式に参列したミシェルは、離れたところにいる新婚夫婦、エリクとナタリーのヴェルレーヌ夫妻を見た。二人とも顔立ちの整ったお似合い夫婦だ。

 厚手のショールを羽織っているが、風邪が吹くと少々寒い。なのに、背中や胸元ががっつり開いたドレスを着ている女性もいて、ミシェルはある意味尊敬した。

 ミシェルのドレスはそれほど襟ぐりが広くない。明るい紫でミシェルの瞳の色に合わせてあり、落ち着いた雰囲気だ。足元は相変わらずブーツなので、ハイヒールを履いている周囲に比べると少し小さく見える。


「ミシェル。もう二人に挨拶はしたか?」


 女性たちに囲まれていたアルフレッドが、彼女たちを振り払ってこちらにやってきた。ミシェルはアルフレッドを見上げて「まだです」と答えた。


「なら、私と一緒に行かないか?」


 どうやら花嫁の兄であるアルフレッドもまだあいさつがすんでいないらしかった。ミシェルは「それなら」と同行することにした。兄が一緒なら邪魔が入らずにナタリーたちに挨拶できるだろう。

 ミシェルが思った通り、アルフレッドが一緒だと人垣を突破するのが楽だった。

「あら、ミシェル。お兄様」

 式の前はいろいろと文句を言っていたナタリーだが、今は幸せそうな顔をしている。ミシェルは何となく微笑ましくなって自分も笑みを浮かべた。

「ナーシャさん、結婚おめでとうございます」

「ありがと」

 ナタリーが満面の笑みで答えた。彼女はミシェルの手をギュッと両手で握って言った。


「私もミシェルの結婚式には行くから、呼んでね」

「え?」

「え?」


 なぜそうなるのか。いや、公爵家の跡取りであるアルフレッドと付き合っているとなれば、当然の流れなのか? しかし、いまいち実感はわかない。

「……ご結婚おめでとうございます。妹をよろしくお願いします、公爵」

「ああ、ありがとう……私に彼女を御しきれるかはわからないが……」

 隣で男性陣が不穏な会話をしている。ここは結婚式の披露宴会場ではなかったのだろうか。

「そう言えば、ミシェル嬢は今日は仮面じゃないんだな」

 エリクがミシェルに話を振った。ミシェルは急な話題転換にこてん、と首を傾け、ゆっくりと口を開いた。

「……ナーシャさんにめでたい場なんだから仮面はするなと言われまして」

 確かに、自分の仮面姿が怪しい自覚はある。ミシェル的にはあまり素顔で人の多い所には行きたくないのだが、本日の主役の頼みだし、そちらに視線が向いているので、気づかれないだろうと思ったのもある。それに、以前より素顔を曝すのに忌避感がなくなっているのも事実だ。


「なるほど……よかったな、アルフレッド」

「え?」

「え?」


 先ほどのミシェルとナタリーと同じ反応をしているアルフレッドとエリクだった。


 挨拶を終えると、アルフレッドがこっそり来ていた王太子につかまってしまったのでミシェルは温かいミルクティーをもらい、茂みの影になっているところに隠れた。少々はしたないが芝生にじかに座る。

 ガーデンパーティーが始まったころはまだ日が高かったが、すでにだいぶ日が傾いてきている。ミシェルは甘いミルクティーを一口飲んだ。


「やはりここか」

「あ、アルフレッド様」


 ミシェルはアルフレッドを見上げて微笑んだ。

「王太子殿下は?」

「帰った」

 お忍びだったので、仕方がないだろう。従兄の結婚式とはいえ、彼も身重の妻を持つ身だ。

 アルフレッドがためらわずにミシェルの隣に座った。ミシェルはティーカップの中身を飲み干し、ほっと息をついた。

「パーティー、そろそろ終わりますか?」

「そうだな。暗くなる前には終わるだろう」

「そうですか……」

 結婚してしまえば、ナタリーにはそうそう簡単に会えなくなる。そう思うと少しさみしい。いや、おめでたいと言う気持ちもあるのだけど。

「帰りは送って行こう」

「ありがとうございます」


 それっきり、会話が途切れる。少し気温が下がってきたのか、先ほどより風が冷たくなってきた。


「ミシェル」

「はい」

 名前を呼ばれて反射的に返事をする。その瞬間抱きしめられ、そして、頬に何かがかすめた。ミシェルは驚いて目をしばたたかせる。


「……どうしたんですか。結婚式の雰囲気にのまれましたか?」


 さらっとひどいミシェルである。アルフレッドはミシェルを抱きしめたまま「そうかもな」と言ってのけた。空気は肌寒いが、アルフレッドの腕の中は温かい。

「……こういうことを言うのは卑怯だとは思うのだが」

「?」

 ミシェルが不思議そうにしているのがわかったのだろう。少しためらったが、アルフレッドは言った。

「私の妻になれば、公爵夫人だ。ナーシャにいつでも会える」

「……」

 一瞬絶句したミシェルだが、すぐに笑った。どちらも公爵夫人なら、会うのは確かに容易かろう。


「私、ちゃんとアルフレッド様のこと、好きですよ?」


 だから、彼は卑怯なことを言ったわけではない。ただ事実を述べただけだ。そして、ミシェルにとってはうれしい言葉。


 ミシェルはアルフレッドの背中に腕をまわして、抱きしめた。












ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


ヤマなし、オチなしできたこの番外編も最後です。ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました。


作中に出てきたウェディングドレスの話は半分事実に基づいています。色彩について研究していた友人がいまして、参考にしたのですが……私は文化・芸術史は専門ではないので裏付けが取れなくて(苦笑)。

白いウェディングドレスを最初に着たのは、スコットランドの女王メアリ・スチュアートらしいですね。16世紀の女王で、生後1週間だかで女王になったあの人です。白いドレスが定着したのは、19世紀のイングランド女王ヴィクトリア女王が結婚式で着てから、らしいです。興味のある人は調べてみてください。


以上、本当にありがとうございました!


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