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伝説の殺人鬼、脱獄してVRMMOにハマる ~現実世界で殺し尽くして飽きたので、今度は魔王になって異世界を滅茶苦茶にしようと思います~  作者: 黒海苔
第一章:伝説の殺人鬼、魔王になる

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第三話:吸血鬼、初めての狩り

「えへへっ! さーて、初めての冒険だぁ!」


 魔大陸。


 その北東部に位置する、魔族たちの始まりの街《ノクティス》。


 黒い石畳が続く大通りを、一人の少女が楽しそうに歩いていた。


 艶やかな黒髪に、宝石のように輝く紅い瞳。


 黒と深紅を基調とした、フリルたっぷりのゴシックロリータドレス。


 そして、背中でぱたぱたと動く、小さな蝙蝠の翼。


 その姿は、まるでおとぎ話から飛び出してきた吸血鬼のお姫様のようだった。


 彼女の名前は、クロア。


 現実世界では《紅眼の悪魔》と恐れられた、少女殺人鬼――黒宮玲奈のゲーム内での姿である。


 もっとも。


 そんな恐ろしい経歴を知る者は、この世界にはいない。


 そして、当の本人も。


「薬草を十本集めるだけでお金がもらえるんだよね! いいなぁ、冒険者!」


 初めて受けた依頼に、すっかり夢中になっていた。


 今回の目的地は、街の東側に広がる《灰月草原》。


 そこで《月影草》という薬草を十本採集し、冒険者ギルドへ持ち帰れば依頼達成となる。


 初心者向けの、Fランク依頼だ。


 ちなみに、この依頼を紹介してくれたのは、ノクティスの冒険者ギルドで働く受付嬢だった。


 名前は、リゼット。


 淡い紫色の肌に、腰まで伸びた銀色の髪。


 額には小さな黒い角が二本生えており、背中からは細長い尻尾が伸びている。


 本人によれば、夢魔族という種族らしい。


 クロアが冒険者登録を申し出ると、彼女は丁寧に対応してくれた。


 ただし。


『クロア様は吸血鬼でいらっしゃいますので、日中の探索には十分お気をつけくださいね』


 そう言って、少し心配そうに微笑んでいた。


「えへへっ! リゼットさん、優しかったなぁ!」


 クロアは頬を緩めた。


 魔族と聞くと、恐ろしい怪物ばかりを想像する人もいるかもしれない。


 だが、実際に街を歩いてみれば、そんなことはなかった。


 角の生えた商人。


 尻尾を揺らす獣人風の少女。


 青白い肌の青年。


 大きな翼を持つ女性。


 外見こそ人間とは違うものの、みんな普通に生活している。


 買い物をして。


 仕事をして。


 友達と笑い合っている。


 中には、クロアの豪華なドレスを褒めてくれる女性までいた。


「魔族って、いろんな人がいるんだね!」


 クロアは、行き交う人々を興味深そうに眺めた。


 もっとも、この魔大陸には、人間大陸とは異なる独自の文化や価値観が存在している。


 種族ごとの力関係。


 強者を尊ぶ風習。


 そして、魔大陸の頂点に君臨する存在――魔王。


 そうした事情を、クロアはまだほとんど知らなかった。


 ただ、魔王という存在については、ゲームを始める前から少しだけ聞いていた。


「魔王様って、どんな人なんだろ?」


 魔大陸で一番偉くて、とても強い存在らしい。


 今のところ、知っているのはその程度だ。


「ふふっ。いつか会ってみたいなぁ!」


 クロアは小さな翼を揺らしながら、東門へと向かっていった。


 そして。


「あっ! 見えてきた!」


 道の先に、巨大な黒い城門がそびえ立っていた。


 黒曜石のような石材で造られた城壁。


 門の上部には、赤く輝く魔石が埋め込まれている。


 左右には、重厚な鎧を身につけた魔族の衛兵たち。


 さらに、その向こうには、これから冒険へ向かうプレイヤーたちが集まっていた。


 角の生えた戦士。


 黒い翼を持つ魔法使い。


 大きな斧を背負った獣人。


 全身を鎧で覆った骸骨の騎士。


「わぁぁぁ!」


 クロアは思わず歓声を上げた。


「すっごい! みんな魔族だ!」


 当然といえば当然だった。


 《アビス・レガリア》では、選択した種族によって初期地点が異なる。


 人間族やエルフ族、ドワーフ族などは、基本的に人間大陸から。


 吸血鬼や悪魔族をはじめとする魔族系の種族は、魔大陸から。


 それぞれ冒険を始める仕組みになっている。


 そのため、この街にいるプレイヤーの多くも、魔族系の種族を選んだ者たちだった。


「へぇー! あの骸骨さんもプレイヤーなのかな?」


 クロアは興味津々で眺めた。


 すると。


「……ん?」


 近くにいたプレイヤーたちが、こちらを振り向いた。


「おい、あの子……吸血鬼じゃないか?」


「マジ? あの高難度種族?」


「しかも、あの短剣……暗殺者か?」


「いや、それより衣装がすごくないか?」


「めちゃくちゃ凝ってるな……」


 どうやら、クロアの姿は相当目立つらしい。


 だが、本人はそんな視線などまったく気にしていなかった。


「あっ! こんにちはー!」


 にっこり笑って手を振る。


「お、おう……」


「こんにちは……」


 プレイヤーたちは、少し戸惑いながら挨拶を返した。


「えへへっ!」


 クロアは満足そうに頷き、そのまま東門をくぐった。


 そして。


「――わぁぁぁぁっ!!」


 街の外へ出た瞬間。


 思わず歓声を上げた。


 目の前に広がっていたのは、どこまでも続く広大な草原だった。


 ただし。


 普通の草原とは、少し違う。


 地面を覆っているのは、灰色がかった青緑色の草。


 ところどころには、淡い紫色の花が咲いている。


 遠くには、黒い岩山。


 その向こうには、薄紫色の霧に包まれた森が広がっていた。


 そして空には、巨大な鳥のような魔物が、ゆったりと翼を広げて飛んでいる。


「すっごーい!」


 クロアは両手を広げた。


「本当に異世界だぁ!」


 その場でくるりと回る。


 黒と深紅のスカートが、ふわりと広がった。


「綺麗……!」


 草原を吹き抜ける風は、少しひんやりとしていた。


 草花の匂い。


 土の匂い。


 遠くから聞こえてくる、聞き慣れない生き物の鳴き声。


 どれも、現実世界とは違っている。


「こんな場所、初めて!」


 クロアは、草原の景色を眺めながら軽く跳びはねた。


 ところが。


「……おっとっと!」


 着地した瞬間、少しだけ身体がよろめいた。


「あっ、そうだった!」


 クロアは空を見上げる。


 灰色の雲の隙間から、太陽の光が差し込んでいた。


 魔大陸だからといって、一日中夜というわけではない。


 地域によって気候や日照時間は異なるものの、この辺りには普通に昼夜が存在する。


 そして。


 吸血鬼にとって、日光は厄介な弱点だった。


『状態:日光弱化』


『直射日光により、一部の身体能力が低下しています。』


「ふむふむ!」


 クロアは自分の手を握ったり開いたりしてみた。


 チュートリアル空間では、もっと軽やかに動けていた。


 だが、今は明らかに身体が重い。


「でも、動けないわけじゃないんだよね!」


 試しに、数歩走ってみる。


 急停止。


 方向転換。


 その場で軽く跳躍。


「……うん!」


 クロアは満足そうに頷いた。


「これくらいなら大丈夫そう!」


 もちろん、日光の影響を完全に無視できるわけではない。


 普段なら避けられる攻撃でも、身体が思った通りに動かなければ被弾する可能性がある。


 だが、クロアはその違いさえ楽しんでいた。


「弱点があるって、なんだかゲームっぽいね!」


 弱点があるなら、その弱点を踏まえて行動すればいい。


 それだけのことだった。


「よーし! まずは薬草探し!」


 クロアは元気よく歩き出した。


 ◇ ◇ ◇


「……んー?」


 草原へ入ってから、しばらく。


 クロアは地面にしゃがみ込み、足元の植物を眺めていた。


「月影草って、どれだろ?」


 辺りには、さまざまな草花が生えている。


 灰色の細長い葉。


 紫色の小さな花。


 青白く光る苔。


 地面から伸びた、奇妙な形の茸。


 どれも、いかにも魔大陸らしい植物だった。


「これかな?」


 試しに一本摘み取ってみた。


『灰色草を入手しました。』


「……灰色草!」


 クロアはぱちぱちと瞬きをした。


「あははっ! 違った!」


 続いて、隣に生えていた草を摘み取る。


『灰色草を入手しました。』


「また灰色草!」


 さらに一本。


『苦味草を入手しました。』


「……今度は違う草!」


 クロアは首を傾げた。


「んー……全部それっぽく見えるんだけどなぁ」


 どうやら、適当に摘んでいるだけでは駄目らしい。


 そこで、冒険者ギルドで受け取った依頼内容を思い出した。


「あっ! そうだ!」


 メニューを開き、詳細を確認する。


 すると、目的の薬草について説明が記載されていた。


 《月影草》。


 葉は細長く、表面に銀色の筋が入っている。


 根元には小さな紫色の蕾。


 主に岩陰や、日当たりの弱い場所に生える。


「なるほど! ちゃんと特徴があるんだね!」


 クロアは説明を読み、もう一度足元を見渡した。


 そして。


「……あっ!」


 少し離れた岩の陰に、目的の植物を発見した。


 銀色の筋が入った葉。


 根元には、小さな紫色の蕾。


「これじゃない?」


 そっと摘み取る。


『月影草を入手しました。』


「やったぁ!」


 クロアは嬉しそうに笑った。


「一個目!」


 コツを掴めば、あとは早かった。


 岩陰を覗き込み、特徴の似た植物を探していく。


 二本。


 三本。


 四本。


「えへへっ! 宝探しみたい!」


 クロアはすっかり採集に夢中になっていた。


 気になる植物を見つけてはしゃがみ込み、じっくり観察する。


 ときには別の草を引き当て、そのたびに楽しそうに笑った。


 やがて。


「よしっ!」


 七本目の月影草を手に入れたところで、クロアは立ち上がった。


「あと三本だね!」


 そう言って、周囲を見渡した。


 そのときだった。


 ――ガサッ。


「…………ん?」


 背後の草むらが、小さく揺れた。


 クロアはぴたりと動きを止める。


 風だろうか。


 いや。


 今の音は、風に揺られた草の音とは少し違う。


 何かが、草を踏み分けたような音だった。


「……ふふっ」


 クロアの口元が、わずかに緩んだ。


 そして、ゆっくりと振り返る。


 そこにいたのは。


「……おぉ?」


 一匹の狼だった。


 黒に近い灰色の毛並み。


 鋭い牙。


 低く唸る口元。


 現実世界の狼によく似ているが、身体は少し大きく、額には小さな紫色の結晶が埋まっている。


 頭上には、名前が表示されていた。


 《グレイファング Lv.3》


「…………」


 クロアは、じっと狼を見つめた。


 そして。


「わぁ!」


 ぱっと顔を輝かせた。


「魔物だ!」


 ――初めての、野生の魔物との遭遇だった。


 ◇ ◇ ◇


「へぇー! これがグレイファングなんだ!」


 クロアは興味津々で狼を観察した。


 目の前のグレイファングは、低く唸り声を上げている。


 どうやら、こちらを獲物として認識しているらしい。


「ふむふむ!」


 クロアは腰の短剣を抜いた。


 チュートリアルでも使った、初心者用の短剣だ。


 特別な性能はない。


 そして、クロア自身もまだレベル1。


 相手はレベル3。


 しかも、こちらは日光による能力制限を受けている。


 数字だけを見れば、不利な状況だった。


 だが。


「えへへっ! 初めての戦闘だね!」


 クロアは楽しそうに短剣を構えた。


 その笑顔には、恐怖も緊張もなかった。


 ただ純粋に、これから始まる戦いを楽しみにしているだけだった。


「グルルル……!」


 グレイファングが身を低くする。


 前脚に力が込められた。


 そして。


 ――ダンッ!


 一気に地面を蹴った。


「おっ!」


 クロアの紅い瞳が、狼の動きを捉える。


 大きく開かれた口。


 迫る鋭い牙。


 狙いは、おそらく喉元。


 だが。


「よいしょっと!」


 クロアは、ほんの少し身体を傾けた。


 それだけで、牙は空を切った。


 ――ザッ!


 グレイファングが地面に着地する。


「おぉー! ちゃんと避けられた!」


 彼女にとって、それは難しい動作ではなかった。


 相手の視線。


 筋肉の動き。


 踏み込みの方向。


 攻撃が届く位置。


 そうした情報を瞬時に読み取り、必要な分だけ身体を動かした。


 ただ、それだけ。


 しかし、普通の初心者プレイヤーが初めての実戦で簡単にできることではない。


 ましてや、日光による能力制限を受けている状態なら、なおさらだ。


「グルルル……!」


 グレイファングが再び身構える。


 今度は、先ほどよりも低い姿勢だった。


「んー……さっきとは違う感じかな?」


 クロアは、じっと観察する。


 次の瞬間。


 狼が地面を蹴った。


 今度は正面ではない。


 クロアの右側へ回り込むように飛びかかってくる。


「おっと!」


 クロアは身体を捻った。


 だが。


 ――ザシュッ!


「……あっ」


 狼の爪が、クロアの腕をかすめた。


 小さなダメージ表示が浮かぶ。


「へぇー!」


 クロアは、自分の腕を見つめた。


「ちゃんとダメージ受けるんだ!」


 痛覚は安全な範囲に調整されている。


 それでも、攻撃を受けた感覚は確かにあった。


 じんわりとした刺激が腕に残っている。


「なるほどなるほど! やっぱり、現実とはちょっと違うね!」


 身体の動き。


 反応速度。


 踏み込みの距離。


 現実世界と比べて、微妙な違いがある。


 特に、今は日光の影響が大きい。


 思った通りに身体を動かしたつもりでも、わずかに遅れることがあるのだ。


「……うん。だいたい分かったかな」


 クロアは短剣を握り直した。


 その表情は、相変わらず穏やかだった。


 けれど、紅い瞳だけは、狼の一挙手一投足を正確に追っている。


「グルルル……!」


「うんうん! いいよ!」


 クロアは楽しそうに頷いた。


「もう一回!」


 ――ダンッ!


 狼が飛びかかる。


 今度は、クロアも動いた。


 相手の踏み込みを見て、半歩だけ横へずれる。


 牙をかわす。


 そして。


「えいっ!」


 ――ザシュッ!


 短剣を振るった。


 刃が、狼の脇腹を捉える。


「ギャンッ!」


 グレイファングが悲鳴を上げた。


 頭上のHPバーが減少する。


「おぉー! ちゃんと攻撃できた!」


 だが、まだ倒れてはいない。


 狼はすぐに体勢を立て直した。


「グルルル……!」


 再び、こちらを睨みつける。


 クロアは、その様子をじっと観察した。


「……なるほど」


 狼の動きには、一定の癖があった。


 飛びかかる前に、必ず前脚へ力を込める。


 攻撃する方向によって、身体の傾きが変わる。


 そして、着地直後には、ほんのわずかな隙が生まれる。


 相手の動きそのものは、決して単純ではない。


 だが、何度か攻撃を見れば、次に何をするのか予測しやすくなる。


「ふふっ。なんとなく分かってきた!」


 クロアは短剣を握り直した。


「じゃあ、次で終わりにしよっか!」


 そして、スキルを発動する。


 ――《隠密》。


 視界の端に、小さなスキルアイコンが灯った。


 もちろん、目の前にいる狼から突然姿が消えるわけではない。


 クロアも、それは理解していた。


 だからこそ。


 まず、近くの岩陰へ移動する。


「グルッ!?」


 狼が追いかけてくる。


 しかし、大きな岩によって、視界が一瞬遮られた。


 その瞬間。


 クロアは、静かに方向を変えた。


 足音を抑え。


 気配を抑え。


 狼の視界から外れる。


「グルル……?」


 グレイファングが、周囲を見渡した。


 だが、クロアの姿は見当たらない。


 そして。


「……ふふっ」


 背後から、小さな笑い声が聞こえた。


 狼が振り返るよりも早く。


「えいっ!」


 ――ザシュッ!


 短剣が、急所を捉えた。


『スキル《奇襲》が発動しました。』


『スキル《急所攻撃》が発動しました。』


 大きなダメージ表示が浮かぶ。


「ギャウッ!」


 グレイファングのHPバーが、一気に減少した。


 そして。


 ――パァァッ!


 狼の身体が光の粒子となり、消えていった。


『グレイファングを討伐しました。』


『経験値を獲得しました。』


「…………」


 クロアは、しばらくその場に立っていた。


 そして。


「やったぁぁぁ!!」


 両手を上げて歓声を上げた。


「初勝利!」


 黒と深紅のドレスを揺らしながら、ぴょんぴょんと跳びはねる。


「えへへっ! 楽しい!」


 現実世界とは違う。


 相手を倒しても、身体は光となって消える。


 そして、経験値が手に入る。


「こういう感じなんだね!」


 クロアは、満足そうに頷いた。


 そのとき。


 ――ポーン♪


『レベルが上がりました。』


『Lv.1 → Lv.2』


「……おぉ?」


 クロアは、ぱちぱちと瞬きをした。


 そして。


「レベルアップだぁ!」


 再び歓声を上げた。


 さっそくステータスを確認する。


 HP。


 MP。


 SP。


 筋力。


 敏捷。


 さまざまな項目が並んでいる。


「ふむふむ! ちょっと強くなったんだね!」


 もちろん、たった一度のレベルアップで劇的に強くなるわけではない。


 それでも、数字が少しずつ増えていくのは嬉しかった。


「こうやって強くなっていくんだぁ!」


 クロアは、しばらくステータス画面を眺めていた。


 そして、ふと。


「……あれ?」


 ある項目に目が留まった。


 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 血液ゲージ:BP


 現在値:72 / 100


 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━


「……血液ゲージ?」


 クロアは首を傾げた。


「あっ!」


 すぐに思い出す。


「そういえば、吸血鬼って血を飲むんだった!」


 キャラクター作成時にも説明されていた。


 吸血鬼は、血液を補給することで種族能力を維持できる。


 そして、血液が不足すると、さまざまな制約が発生する。


「ふむふむ!」


 クロアは、スキル一覧を開いた。


 そこには、暗殺者のスキルとは別に、種族固有のスキルが表示されていた。


 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 種族固有スキル


 《吸血》


 対象の血液を摂取し、BPを回復する。


 吸血対象によっては、特殊な効果が発生する場合がある。


 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━


「おぉー! 吸血!」


 クロアは目を輝かせた。


 吸血鬼らしいスキルだ。


 しかも、血を飲むことで何か特別な効果が発生することもあるらしい。


「へぇー! 面白そう!」


 クロアは、さっそくスキルを試そうとした。


 だが。


「…………あれ?」


 周囲を見渡す。


 先ほど倒したグレイファングは、すでに光の粒子となって消えている。


「あははっ! そっか! 倒しちゃったら、吸血できないんだね!」


「じゃあ、次は倒す前に試してみよっと!」


 そう言って、再び草原へ歩き出した。


 ◇ ◇ ◇


「……あっ!」


 しばらく歩いたところで。


 クロアは、再びグレイファングを発見した。


 今度は、少し離れた場所で草原を歩いている。


「えへへっ! いたいた!」


 クロアは嬉しそうに笑った。


 そして、短剣を抜く。


「よーし! 今度は吸血してみよっと!」


 クロアは、グレイファングへ近づく。


「グルルル……!」


 狼が、こちらに気づいた。


 低く唸り声を上げる。


「こんにちはー!」


 クロアは元気よく挨拶した。


「ちょっとだけ血を分けてね!」


「グルルルルッ!!」


 当然、返事はなかった。


 代わりに。


 ――ダンッ!


 グレイファングが飛びかかってきた。


「おっと!」


 クロアは横へ避ける。


 そして、相手の動きを観察した。


 先ほどと同じ種類の魔物だ。


 動きも、よく似ている。


 だが、まったく同じではない。


 踏み込みの速さ。


 攻撃の角度。


 反応の仕方。


 それぞれに、わずかな違いがあった。


「へぇー! 一匹ずつ、ちょっと違うんだね!」


 そう呟きながら、攻撃をかわす。


 そして。


「えいっ!」


 ――ザシュッ!


 短剣で狼の脚を攻撃した。


「ギャンッ!」


 グレイファングの動きが鈍る。


 クロアは、その隙を見逃さなかった。


「よいしょっと!」


 狼の背後へ回り込む。


 相手の身体を押さえ、首元へ顔を近づけた。


「……いただきまーす!」


 ――カプッ。


 小さな牙が、狼の首元に食い込んだ。


 その瞬間。


 ――ポーン♪


『種族スキル《吸血》を発動しました。』


『対象:グレイファング』


『血液を摂取しています。』


「……んっ」


 クロアは、少し驚いたように目を見開いた。


 口の中に、独特の味が広がる。


 金属のような風味。


 少しだけ生臭い匂い。


 だが、不思議と嫌悪感はなかった。


 むしろ、吸血鬼の身体には心地よく感じられた。


 そして。


 身体の奥から、温かいものが広がっていく。


 先ほどまで感じていた、血液不足によるわずかな倦怠感が和らいだ。


『BPが回復しました。』


『BP:72 → 91』


「……わぁ!」


 クロアは嬉しそうに声を上げた。


「回復した!」


 だが。


 それだけではなかった。


 ――ポーン♪


 新たな通知が表示される。


『吸血対象の血液から、特殊な特性を検出しました。』


『《血の記録》に新たな情報が登録されました。』


『対象:グレイファング』


『検出特性:《嗅覚強化》』


「…………」


 クロアは、しばらく無言で画面を見つめた。


 そして。


「……えっ?」


 ぱちぱちと瞬きをする。


「能力まで手に入るの!?」


 驚きの声を上げた。


 すぐに詳細を確認する。


 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 《血の記録》


 吸血した対象の血液情報を記録する、吸血鬼固有の能力。


 記録した特性は、一定の条件を満たすことで一時的に利用可能となる。


 ただし、対象の能力を完全に再現できるわけではありません。


 特性の使用には、BPの消費や適応条件が必要となる場合があります。


 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━


「へぇぇぇ! すっごい!」


 血を飲む。


 すると、相手の特徴を記録できる。


 そして、条件を満たせば、その能力を使えるようになる。


「えへへっ! 面白い!」


 クロアは、夢中になって説明を読んでいた。


 そのとき。


「グルルルッ!!」


「あっ!」


 グレイファングが、再び暴れ始めた。


 どうやら、吸血されている間も抵抗できるらしい。


「おっとっと!」


 クロアは素早く離れた。


 狼が身体を捻り、爪を振るう。


 だが。


「よいしょっと!」


 クロアは、ひょいとかわした。


 そして。


「えいっ!」


 ――ザシュッ!


 短剣が、狼の急所を捉える。


 HPバーがゼロになる。


 ――パァァッ!


 グレイファングは光の粒子となり、消えていった。


『グレイファングを討伐しました。』


『経験値を獲得しました。』


「ふぅ!」


 クロアは、小さく息を吐いた。


「吸血、大成功!」


 満面の笑みを浮かべた。


 ただし。


「……ん?」


 ふと、気になることがあった。


 先ほど取得した《嗅覚強化》。


 どうやら、まだ自由に使えるわけではないらしい。


『《嗅覚強化》の記録を確認しました。』


『現在の適応率では、短時間のみ使用可能です。』


『使用時、BPを消費します。』


「なるほどー! 何でもすぐに使えるわけじゃないんだね!」


 だが、それで十分だった。


 むしろ、制約がある方が面白い。


「じゃあ、試してみよっと!」


 クロアは《嗅覚強化》を発動した。


 その瞬間。


「……わっ!」


 周囲の匂いが、一気に鮮明になった。


 草の匂い。


 土の匂い。


 遠くにいる魔物の匂い。


 そして、風に乗って運ばれてくる、さまざまな気配。


「すごい! こんなに違うんだ!」


 クロアは、思わず目を輝かせた。


 だが。


 数秒後。


 ――ポーン♪


『《嗅覚強化》の効果が終了しました。』


『BPを消費しました。』


「あっ! もう終わっちゃった!」


 どうやら、まだ長時間の使用はできないらしい。


「じゃあ、もっと強くなったら長く使えるのかな?」


 もちろん、単純にレベルを上げればいいというものではない。


 適応率。


 スキルの熟練度。


 種族の成長。


 さまざまな条件が関係している。


 だが、クロアはまだ知らなかった。


「えへへっ! 楽しみが増えちゃった!」


 そう言って、嬉しそうに笑う。


 そして。


「……あっ!」


 ふと、何かを思い出した。


「そういえば……」


 魔王。


 魔大陸の頂点に君臨する、強大な存在。


 そんな相手の血を飲んだら、どうなるのだろう。


「…………」


 クロアは、しばらく考えた。


 そして。


「……ふふっ」


 小さく笑った。


「魔王様の血って、どんな味なんだろ?」


 それは、何気ない疑問だった。


 強い魔族の血には、どんな特性があるのか。


 普通の魔物とは違う能力が記録されるのか。


 そもそも、魔王とはどんな人物なのか。


 考えるだけで、わくわくしてくる。


「えへへっ! いつか会えたら、聞いてみよっと!」


 魔王本人に血を分けてほしいと頼もうとする初心者プレイヤーなど、そうそういないだろう。


 だが、クロアにとっては。


 強い魔物と戦うことも。


 知らない場所を探検することも。


 誰かと友達になることも。


 すべて、同じくらい面白そうなことだった。


 ◇ ◇ ◇


「さてさて!」


 クロアは、再び歩き出した。


 初めての戦闘。


 初めての吸血。


 そして、《血の記録》。


 どれも、想像以上に面白かった。


「このゲーム、最高!」


 クロアは、満面の笑みを浮かべた。


 そして、ふと。


「あっ!」


 思い出したように声を上げた。


「月影草!」


 そう。


 そもそも、今回の目的は薬草採集だった。


 グレイファングとの戦闘に夢中になっていたせいで、すっかり忘れていたのである。


「あははっ! 忘れてた!」


 クロアは、アイテム欄を確認した。


『月影草:7 / 10』


「あと三本! よーし! 探そっと!」


 そう言って、再び草原を歩き始めた。


 だが。


 しばらくして。


「……ん?」


 クロアは、ふと足を止めた。


 目の前には、小さな森が広がっている。


 黒い幹を持つ木々。


 青紫色の葉。


 地面には、ところどころ淡く光る苔が生えている。


 そして、木々の間には、薄い霧が漂っていた。


「おぉー! 森だ!」


 草原とは違い、木陰が多い。


 吸血鬼にとっては、むしろこちらの方が過ごしやすそうだった。


「えへへっ! ちょっと入ってみよっと!」


 クロアは、森の中へ足を踏み入れた。


 すると。


「……わぁ!」


 思わず声が漏れた。


 木々の隙間から、柔らかな光が差し込んでいる。


 遠くから聞こえる、不思議な鳥の鳴き声。


 葉が擦れる音。


 そして、土と草の匂い。


 どれも、とても自然だった。


「すごい……本当に、森の中にいるみたい!」


 クロアは、しばらく周囲を見渡した。


 そして、ふと。


「……あれ?」


 身体の感覚が変わったことに気づいた。


 先ほどまで感じていた重さが、少し和らいでいる。


『日光による能力制限が緩和されました。』


「やっぱり!」


 クロアは嬉しそうに笑った。


「木陰だと、ちょっと楽になるんだね!」


 試しに、木漏れ日の当たる場所へ出てみる。


 身体がわずかに重くなる。


 木陰へ戻る。


 少し楽になる。


「おぉー! なるほどなるほど!」


 どうやら、日光の影響は単純な昼夜だけではないらしい。


 直射日光を浴びるかどうか。


 遮蔽物の有無。


 そうした条件によって、能力制限の程度が変化するようだった。


「じゃあ、戦う場所も大事なんだ!」


 草原では不利。


 森の中なら、多少は有利。


 夜になれば、さらに動きやすくなるかもしれない。


「考えることがいっぱいだね!」


 クロアは、満面の笑みを浮かべた。


 そして。


「……あっ!」


 足元に、見覚えのある植物を発見した。


「月影草!」


 しゃがみ込み、摘み取る。


『月影草を入手しました。』


「八本目!」


 さらに少し歩く。


「あっ! あった!」


 九本目。


 そして。


「これで最後!」


 十本目。


『依頼目標を達成しました。』


『月影草:10 / 10』


「やったぁ!」


 クロアは嬉しそうに笑った。


「初めての依頼、達成!」


 もっとも、まだギルドへ報告していないため、正式な完了ではない。


 だが、目的の薬草は揃った。


「じゃあ、街に戻ろっと!」


 クロアは、来た道を引き返し始めた。


 その途中。


 ――ポーン♪


「ん?」


 軽やかな電子音が響いた。


 目の前に、フレンド通知が表示される。


『プレイヤー《ヒナ》からメッセージが届いています。』


「あっ!」


 クロアの顔が、ぱっと明るくなった。


「ヒナちゃん!」


 さっそくメッセージを開く。


『クロアちゃん! 今、何してる?』


『ちょっと早く用事が終わったから、お話しできるかな?』


「わぁ!」


 クロアは嬉しそうに笑った。


『もちろん!』


『今、初めての依頼をやってたところ!』


『これから街に戻るんだ!』


 送信。


 すると、すぐに返事が届いた。


『わぁ! もう冒険してるんだ!』


『どうだった? 楽しかった?』


「ふふっ!」


 クロアは、得意げに笑った。


『すっごく楽しかった!』


『狼さんとも戦ったよ!』


 数秒後。


『ええっ!? もう戦闘まで!?』


『クロアちゃん、早いね!?』


『私はまだ街の近くで練習してるところなのに!』


「あははっ!」


 クロアは楽しそうに笑った。


『えへへ! 狼さん、結構強かったよ!』


『でも勝てた!』


『レベルも2になったんだ!』


『すごい!』


『私も頑張らなくちゃ!』


 そんな返事を見て、クロアは嬉しそうに頬を緩めた。


『そういえばクロアちゃんは何の職業にしたの?』


「ふふっ!」


 クロアは、得意げに笑った。


『私は暗殺者!』


『吸血鬼の暗殺者になったよ!』


 送信。


 数秒後。


『暗殺者!?』


『クロアちゃん、すごい組み合わせだね!?』


『でも、なんだか似合ってるかも!』


「えへへっ!」


 クロアは嬉しそうに笑った。


『でしょ!』


『それでね!』


『さっき狼さんと戦って、初めて吸血したんだ!』


 すると。


『……吸血?』


『もう吸血したの!?』


『えええっ!?』


「あははっ!」


 クロアは、楽しそうに笑った。


『うん!』


『血を飲んだら、相手の能力を少し使えるようになったんだよ!』


『すっごく面白かった!』


 すると。


『へぇぇぇ!』


『吸血鬼ってそんなこともできるんだ!』


『すごいね!』


 クロアは、満足そうに小さな翼をぱたぱたと動かした。


 こうして、二人はしばらくメッセージを送り合った。


 クロアは、魔大陸で見つけた不思議な植物や魔物のこと。


 ヒナは、人間大陸の街並みや、神官として覚えた回復魔法のこと。


 それぞれが体験した出来事を、楽しそうに報告し合った。


 そして。


『あーあ……』


 ヒナから、そんなメッセージが届いた。


「……ん?」


『やっぱり、クロアちゃんと一緒に冒険したかったなぁ』


『せっかく同じゲームを始めたのに、別大陸だもんね……』


「…………」


 クロアは、少しだけ眉を下げた。


 人間大陸と魔大陸。


 二人が別々の場所から冒険を始めることは、キャラクター作成のときから分かっていた。


 それでも。


 実際に遊び始めてみると、やっぱり少し寂しい。


「んー……」


 クロアは、しばらく考えた。


 そして。


「あっ!」


 ぱっと顔を明るくした。


『でも、いつか会えるんでしょ?』


『だったら、私がヒナちゃんに会いに行くよ!』


 送信。


 すると。


『えっ!?』


『クロアちゃんが!?』


『でも、大陸間の移動ってすっごく大変なんだよ?』


『海には強い魔物もいるらしいし……』


「へぇー!」


 クロアは、思わず声を上げた。


「そんなに大変なんだ!」


 だが、すぐに笑顔に戻った。


『そっかぁ!』


『じゃあ、もっと強くならないとね!』


『頑張る!』


 すると。


『あはは! クロアちゃんらしいね!』


『でも、無理しないでね?』


『私もそっちに行ける方法を探してみるから!』


「えへへっ!」


 クロアは嬉しそうに笑った。


『うん!』


『いつか一緒に冒険しようね!』


『約束だよ!』


『約束!』


 そんなやり取りを交わしてから、二人は再び今日の冒険の話に戻った。


 そして。


『あっ! そうだ!』


 ヒナから、新しいメッセージが届いた。


『クロアちゃん、これから何する予定?』


「んー……」


 クロアは、少し考えた。


『まずは、もっといろんな場所を探検したいかな!』


『あと、強い魔物とも戦ってみたい!』


 送信。


 すると。


『クロアちゃんらしいね!』


 という返事が届いた。


「えへへっ!」


 クロアは嬉しそうに笑った。


 そして、ふと。


『それからね!』


『いつか、魔王様にも会ってみたいんだ!』


 送信。


 数秒後。


『…………え?』


「……ん?」


 クロアは首を傾げた。


 そして。


『魔王!?』


『クロアちゃん、魔王に会いたいの!?』


「ふふっ!」


 クロアは、にっこり笑った。


『うん!』


『すっごく強いんだって!』


『どんな人なのか気になる!』


 すると。


『そ、そうなんだ……』


『でも、魔王って普通はゲームの最後の方に出てくるような相手じゃない?』


「んー……」


 クロアは、少し考えた。


『そうなのかな?』


『でも、魔大陸にいるなら、いつか会えるかもしれないでしょ?』


『だったら、お友達になってみたいな!』


 送信。


 すると。


『…………お友達?』


『魔王と!?』


「あははっ!」


 クロアは楽しそうに笑った。


『うん!』


『だって、強い人と仲良くなれたら楽しそうじゃん!』


 さらに。


『それにね!』


『魔王様の血って、どんな味なのか気になるんだ!』


 送信。


 数秒後。


『えええええっ!?』


『クロアちゃん、魔王の血まで飲むつもりなの!?』


「えへへっ!」


 クロアは嬉しそうに笑った。


『飲めるなら飲んでみたい!』


『仲良くなったら、ちょっと分けてくれるかもしれないし!』


 すると。


『……クロアちゃん』


『魔王って、そんな気軽に血を分けてくれるものなのかな……?』


「んー……」


 クロアは、少し考えた。


 そして。


『分かんない!』


『でも、聞いてみないと分からないよね!』


 送信。


 すると。


『あはは……』


『クロアちゃんって、本当に自由だね……』


 という返事が届いた。


「えへへっ!」


 クロアは満足そうに笑った。


 そして、最後に。


『ヒナちゃんも、聖女様になれるように頑張ってね!』


『私も、いろんなことして遊んでくる!』


 と送信した。


 すると。


『うん!』


『クロアちゃんも頑張って!』


『でも、無茶だけはしないでね!』


 という返事が届いた。


「はーい!」


 クロアは、森の中で元気よく返事をした。


 もちろん、ヒナには聞こえていない。


 それでも。


「ふふっ。早くヒナちゃんと一緒に遊びたいなぁ!」


 クロアは、満面の笑みを浮かべた。


 魔大陸と人間大陸。


 二つの大陸を隔てる、広大な海。


 今の二人にとって、その距離はあまりにも遠かった。


 だが。


 会えないなら、いつか会えるようになればいい。


 クロアは、そう考えていた。


「よーし! まずは依頼の報告だね!」


 メニューを閉じると、クロアはノクティスへ向かって歩き出した。


 ◇ ◇ ◇


 夕暮れ時。


 ノクティスの街には、昼間とは違う賑わいが広がっていた。


 黒い石造りの建物。


 赤く輝く魔石の街灯。


 行き交う魔族たち。


 遠くから聞こえてくる、市場の賑やかな声。


 そして、紫がかった空には、少しずつ夜の色が混じり始めている。


「……わぁ!」


 クロアは、思わず声を漏らした。


「夕方の街も綺麗だね!」


 そんなことを言いながら、石畳の道を歩いていた。


 すると。


「……あれ?」


 ふと、身体の感覚が変わったことに気づいた。


 先ほどまで感じていた重さが、少しずつ薄れている。


「なんか……身体が軽い?」


 試しに、その場で軽く跳んでみる。


 ――ふわっ。


「おぉー!」


 昼間よりも、ずっと自然に身体が動いた。


 視界の端には、新しい状態表示が浮かんでいる。


『日光弱化が解除されました。』


『種族特性《夜の眷属》が発動しました。』


『夜間補正により、一部の身体能力が上昇しています。』


「わぁぁぁ!」


 クロアは目を輝かせた。


「すごい! 夜になると強くなるんだ!」


 人通りの少ない場所で、軽く走ってみる。


 急停止。


 方向転換。


 その場で跳躍。


 どれも、昼間とは明らかに違っていた。


「えへへっ! これは楽しい!」


 吸血鬼。


 夜の眷属。


 日光に弱く、夜に強くなる種族。


 そして、血を飲むことで特殊な能力を扱える。


「ふふっ! やっぱり吸血鬼にしてよかった!」


 クロアは、心の底から満足していた。


 もっとも。


「……あっ! そうだった!」


 いつまでも遊んでいるわけにはいかない。


 まだ依頼の報告が終わっていないのだ。


「リゼットさん、まだいるかな?」


 クロアは小さな翼をぱたぱたと動かしながら、冒険者ギルドへと向かった。


 ◇ ◇ ◇


「こんにちはー!」


 勢いよく扉を開けると、冒険者ギルドの中には、昼間と変わらない賑わいが広がっていた。


 依頼を探す冒険者たち。


 報酬を受け取る者。


 酒場の席で談笑する魔族たち。


 そして、受付カウンターの向こうには、見覚えのある銀髪の女性がいた。


「あっ! リゼットさん!」


 クロアが手を振ると、リゼットもこちらに気づいた。


「あら、クロア様。お帰りなさいませ」


「ただいまー!」


 クロアは、ぱたぱたと駆け寄った。


「依頼、終わったよ!」


「まあ! それはよかったです」


 リゼットは、優しく微笑んだ。


「それでは、採集された月影草を確認させていただきますね」


「はーい!」


 クロアは、アイテム欄から月影草を取り出した。


 一本。


 二本。


 三本。


 そして、十本目。


「はい! これで全部!」


「ありがとうございます。少々お待ちくださいね」


 リゼットは、薬草を一本ずつ確認していく。


 銀色の筋。


 紫色の蕾。


 葉の状態。


 すべて問題ないようだった。


「……はい。確かに月影草が十本ございます」


「やったぁ!」


「これで依頼達成となります。初めての依頼、お疲れ様でした」


 リゼットは、にっこりと微笑んだ。


「初めての採集で、きちんと十本揃えていらっしゃるなんて立派ですよ」


「えへへっ! ありがとう!」


 クロアは、嬉しそうに報酬を受け取った。


 冒険者証にも、依頼達成の記録が追加される。


『Fランク依頼《月影草の採集》を達成しました。』


『報酬を獲得しました。』


「おぉー! 初めてのお仕事、大成功!」


 クロアは満面の笑みを浮かべた。


「冒険者って楽しいね!」


「ふふっ。それは何よりです」


「それにね! 狼さんとも戦ったんだよ!」


「……狼、ですか?」


 リゼットが、少しだけ首を傾げた。


「うん! グレイファングっていう魔物!」


「グレイファング……?」


 リゼットは、ぱちぱちと瞬きをした。


「もしかして、灰月草原に生息している、あのグレイファングでしょうか?」


「そうそう! 額に紫色の石がついてる狼さん!」


「…………」


 リゼットは、思わずクロアの冒険者証へ視線を落とした。


 そこに記録されているレベルは、まだ2。


 登録したばかりの新人冒険者である。


「……あの、クロア様」


「ん?」


「グレイファングとは、遭遇しただけでしょうか?」


「ううん! 戦ったよ!」


「……戦ったのですか?」


「うん! 二匹倒した!」


「二匹!?」


 思わず、リゼットの声が大きくなった。


 近くにいた冒険者が、ちらりとこちらを振り向く。


「あっ……失礼いたしました」


 リゼットは小さく咳払いをした。


 そして、改めてクロアを見つめる。


「……クロア様。お怪我はありませんでしたか?」


「大丈夫! ちょっと腕を引っかかれたけど!」


「そ、そうでしたか……」


 リゼットは、ほっとしたように息を吐いた。


 グレイファングは、初心者向けの草原に出現する魔物ではある。


 だが、決して無害な存在ではない。


 ましてや、登録したばかりの冒険者が、単独で二匹も討伐するとなれば話は別だった。


「それにね!」


 クロアは、そんなリゼットの心配など知らず、楽しそうに話を続けた。


「初めて吸血もしたんだよ!」


「…………はい?」


「狼さんの首をカプッてしたら、血が飲めたの!」


「…………」


「そしたらね! 血液ゲージが回復して、狼さんの能力まで使えるようになったんだ!」


 クロアは、自分の小さな牙を指差した。


「吸血鬼って、すっごく面白いね!」


「……な、なるほど」


 リゼットは、どうにか笑顔を保った。


「吸血鬼の方ならではの戦い方、ということでしょうか……」


「うん!」


 クロアは、こくこくと頷いた。


「今度は、もっといろんな魔物の血も飲んでみたいなぁ!」


「…………」


 リゼットの笑顔が、ほんの少しだけ引きつった。


(……ずいぶんと、好奇心旺盛な方ですね)


 そう思いながら、目の前の少女を見つめる。


 黒いフリルのドレス。


 小さな蝙蝠の翼。


 宝石のような紅い瞳。


 そして、無邪気な笑顔。


 見た目だけなら、どこかのお屋敷で大切に育てられたお嬢様のようだ。


 とても、初めての冒険で魔物を二匹討伐し、その血を飲んできた少女には見えない。


「……クロア様」


「なぁに?」


「冒険を楽しんでいただけるのは何よりですが、どうか無理だけはなさらないでくださいね」


「はーい!」


 クロアは元気よく返事をした。


「ちゃんと気をつけるね!」


「ふふっ。お願いいたします」


 リゼットは、ようやく自然な笑顔を取り戻した。


 そのとき。


「あっ!」


 クロアが、何かを思い出したように声を上げた。


「そうだ! リゼットさん!」


「はい。何でしょう?」


「ちょっと聞きたいことがあるんだけど!」


「もちろんです。私に分かることでしたら、何でもお尋ねください」


「えへへっ! ありがと!」


 クロアは嬉しそうに笑った。


 そういえば、ずっと気になっていたことがあった。


 この魔大陸には、とても偉くて、とても強い存在がいるらしい。


 ゲームを始める前から、その名前だけは聞いていた。


 そして、今日。


 グレイファングの血を飲んで、新しい能力を手に入れたことで。


 ますます、その存在に興味が湧いてきたのだ。


「ねえねえ!」


 クロアは、カウンターに少し身を乗り出した。


 宝石のような紅い瞳を、きらきらと輝かせながら。


「魔王様って、どんな人なの?」


「…………」


 リゼットの笑顔が、ぴたりと固まった。

面白いと感じましたら、ブクマ、評価、コメント等をよろしくお願いします。

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