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最後の英雄は森に棲む  作者: 東雲


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第八話 竜王問答

ズマが死んだ。

その事実を受け入れられない…等と新兵のような事は言っていられない。

俺達がこんなところまで来たのは戦争を終わらせるためだ。

フォルツの坊さんが顔を整え、血を洗ってくれている。

背後からの傷も綺麗にしている。


―――背後からの傷。


ふつふつと怒りが湧き上がる。

戰場で死ぬのはまぁいい。

原因が背後からの騙し討ちみたいなのが気に入らない。


「アイゼン将軍。

 この度は我軍の若輩が―――」


右龍と左龍が頭を下げている。

その背後に若い兵が憤懣遣る方無い感じで立っている。


「頭を下げる必要など無いです!!!

 この男は”殺戮卿”、”竜滅者”、”血塗れの黒鉄”!

 我が兄、我が父、我が同胞を無惨にも斬り殺した―――」


「黙れクソガキが!!」


左龍が兵を殴り飛ばす。

軽く四〜五メートルは吹っ飛び、石の壁に激突する。


「な、何を…!」


「貴様の親が、兄が、同胞が死んだ。

 誇り高く戦場でこの勇猛なる将に相まみえ死んだのだ!

 恥ではない!誇りだ!!戰場のならいも知らぬ餓鬼が吠えるな!」


ドカッと左龍が腰を下ろし両の拳を地面に押し付け

深々と頭を下げる。


「部下の不始末、兵の不義理、それら全ては左龍たるこの儂の不徳の致す所。

 赦して欲しいとは言わぬ。だが、この通り…」


次いで隣に右龍も並び頭を下げる


「某も左に同じく―――

 真に、真に申し訳ないことをいたした。

 謝罪になるとは言わぬ。言わぬが、勇士たる弓士殿を必ず…必ずホンドゥール王国へ返還致す。

 これは右龍たる某、ガーディア・ドラゴニウムの名に賭けて行う」


二人の勇将が拳を地面に付き地に頭が擦り付けられるのではないかと思うほどに下げる。


「頭を上げてくれ…今は。いい」


ふいと背を向け、仲間たちの下へよたよたと歩く


「フェルドさん…ズマさんが…」

マグナが眼を真っ赤に腫らしている。

泣くなよ。小僧かよお前…


「……不覚であった」

中衛でズマの近くに居たレブルも深く後悔している。


「皆様、勇士に黙祷を…」

フォルツは冷静だ。

冷静に胸の前で印を組み祈りを捧げている。


……いや、その手が小さく震えている


その震えは、怒りか哀しみか…


******


「お師様……」

二の句が告げない。

この喪失は、この静かな悲しみは僕如きが同調していいものでは、ない。


「あぁ、気にするな。

 昨日今日の出来事じゃあない。

 お前さんが産まれる遥か前の話だよ」


師の動きがわずかに止まる。

そのセリフと表情が見合っていない。

しかし、僕は、何も返せなかった。


少ししてフェルド師はコーヒーをあおり

さて、それからな…と続けた


英雄とは何を得て、何を失ったものの事なのだろうか―――


******


「これ以上約定を違える訳にはいかぬ」

簡易だがズマの葬儀、聖天送りと言う戦場の儀式が終わると遠くでそれを眺めていた左龍がそう言った。

律儀にも敵を待っていたらしい

「我らが大君へと案内《あない》致す。ついて参れ」

そう言うと巨大な門扉へと進み手を翳す。

特殊な鍵なのだろう。どこかで錠が落ちる音がし重厚な門扉は開く。

長い階段を下り、開けた場所へ出る。

そこには巨大な竜が目を瞑り伏していた。


「朕の眠りを妨げるのは誰ぞ?」


声は脳に直接響く。

声ではない。思念波のようなものだろうか


「大君よ、我らが主よ。

 此度この者共我ら左右を打ち砕く剛の者」


「大君よ、我らが主よ。

 この者共は大君に目通り可能と我ら左右は判じる」


「「この者達の言葉をお聞きになさる事を伏してお願い申し上げる」」


二人の将は先程俺にした様に拳を地面に付き、頭を深々と下げる。

どうやら竜族での最上位の礼だったようだ。


「……右龍、左龍よ。面を上げよ」


静かだが威厳を感じる

威容を感じると言えば良いのだろうか?

まるで巨大な山が喋っているようなそんな圧を感じる。


「「はっ」」


「して…その方が朕の左右に認められし剛の者、か」

山の様な巨大な竜が俺を値踏みする。

見てんじゃねぇよ俺は今気が立ってんだ。


「偉そうにしてんじゃねぇぞ…人様の庭に踏み込んできた不法侵入者風情が」


ギョッとした顔をするのは左龍でも右龍でもない。

言われた張本人、竜王だ


「面白い、人風情が朕に対等に口をきくか」

「トカゲ風情が偉そうに人語を話すな」


竜王は、くく…と唸るように笑う。

さっきからずっと煽ってるのに一切感情が動かない。

やりずれぇな


「フェルドさ…将軍!いくら敵方とは言え重鎮です。少しは謹んで——」

マグナが俺の前に立つ。

こいつ…俺(・)を(・)守(・)ろ(・)う(・)と(・)し(・)て(・)る(・)な


「マグナ、どいてろ。

 今は俺が竜王と話している。

 ……すまないな、部下が邪魔をした」


「くく…構わぬよ。

 小さき者、小さく勇敢なものよ、名は?」

「ひぃっ…マグナです…マグナ・ガルド…ですぅ」


おいおい…産まれたての子鹿みてぇになってんじゃねぇかよ。

怖いなら下がってろって


「そなた、何故我が前に立った。

 その方が守ろうとしたその男…その方より遥かに高みにおる。

 それを分かっていて何故立った?恐ろしくはないのか?」


「怖いに決まってるじゃないですか!今すぐ尻尾巻いて逃げ出したいですよ!

 でも、アイゼン将軍は絶対に引かない。絶対に逃げない。

 だから僕も逃げないんです!竜王様、あなたが逃げてくれると僕は助かるんですけどね…」


震える声で、震える足でマグナが吠えた。

やるなこいつ……。


「成る程な、して…その後ろの槍の男子《おのこ》よ。

 そう鋭い殺気を向けるでない…朕は王ぞ?不敬とは思わんのか?」


「……思わん。

 俺が不敬と思うのは全力を尽くさない相手のみよ。

 丁度今の貴殿はその条件を満たしているがな」


レブルに瞳を向ける竜王。

何だこいつ、なんでこんなに楽しそうなんだ…?


「くく…面白い事を言うの槍の男子《おのこ》よ

 朕が全力?もう数百年出しておらんな…」


「……そうなのか?勿体無いな」


「朕が全力を出したらそこの将軍ならいざ知らず

 貴公なぞ塵も残らんぞ?それでも出せと?」


「……それを決めるのは貴殿ではない」


槍は構えてない。

だが、竜王が僅かでも殺気を見せれば…

次の瞬間にはその体ごと一本の槍になり、打ち貫くだろう。


「くぅあっはっはっはっは———」


ついに大笑いする竜王。何笑ってんだよ。と突っかかろうとした所をフォルツに止められる


「哄笑の前に、拙僧等の話を聞いてみては下さいませんかな、竜の王よ」


静かな、だが確実に威圧を込めた低い声でフォルツが続ける


「拙僧等は殺戮者に非ず。

 神の子である……等と傲慢な事も言いますまい。

 拙僧も、そこの盾の青年も、槍の軍人も、もちろん将軍殿も…

 戦を止めたい。その一心でここまで馳せ参じました」


ピクリと竜王の瞳が揺れる。

動揺?違う、興味…か?


「戦を止めたい…か。

 それは朕も常々思っておるよ、坊主。

 ではどうする?愛を説くか?善を説くか?」


「王よ、貴殿は夢想家ではございますまい。

 愛や善は尊重しなければならないもの…それはわかります。

 わかりますが、”そ(・)ん(・)な(・)も(・)の(・)”で戦は止まりませぬ」


「くく…坊主のクセにそう申すか」

「坊主だから、そう申すのです」


何いってんだこいつ等

さっぱり分からん。


「で、あれば何が戦を止めると…?」

「理由が無くなればよろしいかと」

「くくく…ならば人の繁栄圏を朕に捧げよ」

「そんなもの、王は求めておいでではないでしょう?」

「ほう…」

「王は、領土的野心を持ち合わせていらっしゃらない。

 と拙僧は思っておりますが

 違いますかな?」


そうなのか?


「くく……良く分かったな、坊主にしておくのが惜しいわ」

「坊主だから分かるのですよ」


ふぅ…と巨大な竜が溜息をつく。

生暖かい風が体を通り抜ける。


「坊主よ、貴公の言う通りだ

 朕は人族の領土など必要としておらぬ」


んだと?


口を挟もうとした俺をレブルとフォルツが止める。

止めんな


「では、何で戦争を仕掛けたんですか?」

マグナが疑問を口にする


「……恥ずかしながら、始まりを朕は知らぬ 」


「……軍部の暴走。か」


レブルが小さく呟く


「軍部の暴走程度なら儂らで鎮圧出来る」

左龍が横合いから口を挟む

右龍が不敬だぞと言わんばかりの目で左龍を睨んでいる。


「その方が思うほど簡単な話ではない。と幾度も申しておるだろうが…

 しかし、暴走などでは無い。

 奴らは…黒竜群は、朕の甘さの産物よ」


「甘さ?」


「うむ…

 将軍、主に問う。

 王が王たる由縁はなんと思う」


急に言われてもなぁ…

ふとゼフの顔が思い浮かぶ


「人一倍苦労して、人一倍疲れてるヤツだ」

「で、あれば朕は王の中の王であるな」


乾いた笑いが竜王の口から漏れる


「竜の統制というのは少々特殊でな」


一呼吸おいて続ける。


「竜は己より強きモノにしか従わぬ…そう出来ておる」

竜王は深く嘆息する…色々な葛藤があるだろう


「黒竜共は生粋の戦闘種族でな…

 朕に及ばずとも武勇に優れておる。

 持て余している…とも言うがな」


その瞳は悲しみに揺れている


「黒竜共は力で欲しようとした。

 人の領土も、金も、全てをだ…

 しかし、朕はそれを許さなんだ

 それが彼奴らには弱腰に見えたのだろうな」


「……単純故に単純にはいかぬということですな」


フォルツの言葉に左様。と頷く竜王。

そして意を決した様に俺の顔を見ながら言う


「フェルド・アイゼン、

 ”殺戮卿”、”血濡れの黒鉄”…”竜滅者”よ

 竜の天敵にして竜の仇敵よ。

 竜王たる朕を討ち果たした者を、黒竜とて弱者とは呼べまい…

 

 故に、朕を―――討て

 

 討ちて喧伝せよ。竜王の首をフェルド・アイゼンが討ち取った。と

 さすればおろかな黒竜共とて、なお人を侮り牙を向くことなどすまい」


「王よ!!」

「なんだと!?」


左右が叫ぶ。

静寂が王の間を包む。


「…お前がそう望むなら、そうしよう。

 だが、それでいいのかよ」


ククッと含み笑いをし竜王が続ける


「良いわけが無かろう、たわけが


 しかし―――


 朕が取れる最善はこれよ」


「…バカかお前。

 黒竜とかいう跳ねっ返りをお前がシメればいいだろ?」


「馬鹿は貴様よ、それをしたら続くのは竜を二分する

 竜が竜を喰らう…喜ぶのはそうさな、人間だけよ

 今や朕よりも黒竜を重んずる若者達もおるくらいよ」


「王よ、進言申し奉る!

 王が殺されれば竜を纏める者が居なくなりまする」


「王よ、今一度考え直されよ!」


左龍と右龍が間に入り何とかして止めようとする。


「下がれ、我が忠実なる左右よ。

 朕はもう決めたのだ。朕を討ち得る者が現れた、竜を止める事が出来るものが現れたのだ。

 これを僥倖と言わずして何と言うか。再度告げる。下がれ左右、そして見届けよ。これは王命である」


左右はなおも前へ出ようとする。

だが、王命。

二頭の竜は血が滲むほど歯を食いしばり、その場を動けなかった。


「死ななきゃ止まらんのか?」

「死なねば止まらぬ」

「―――そうか」

俺は鞘から剣を抜き、竜王に向ける


「なれば、我こそは”殺戮卿”、”血濡れの黒鉄”、”竜滅者”

 聖天連合軍総軍団長【フェルド・アイゼン将軍】である。


 遠からんものは音に聞け!近くば寄って目にも見よ!!


 いざ尋常に―――」


「待ってください!!!」


んだよ!名乗り上げたんだから一騎打ちだろここは!


「竜王陛下、将軍に助力する事をお許しください」

マグナが、レブルが、フォルツが竜王に懇願する


「何を言って―――」

「よい、許す」

なっ!?

「お前らなぁ!!」

「”血濡れの黒鉄”よ。

 良い部下を持ったな…朕の配下に勝るとも劣らぬ」


何言ってんだこのクソトカゲ


「一人で背負うとか似合わないですよ!いつもみたいに「マグナ、半分持てボケ」くらい言ったらどうなんですか!シリアスぶって!!」


んだと!?


「……俺は将軍の槍だ。

 将軍、貴兄は討てと命ずればいい」


「拙僧はそうですな……

竜王殿との問答は実に有意義でした。

ならば次は、竜王殿の武を拝見したくなりましてな 」


「お前らなぁ…死ぬかも知れんのだぞ?」

全員の顔を見渡す。

「知ってますよ」

「……承知の上よ」

「全ては御心のままに…ってヤツですな」


あーヤダヤダ。

死兵だと思い込んで覚悟決めたヤツはヤダねぇ…


「―――分かった。

 俺の命令には従えよ?誰も死なせん」


それぞれ短く返事をし、竜王に向き合う


「待たせたな」

「よい、では死合おう」


そして戦いの火蓋は切って落とされた。


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