第七話 左右の竜
ズマの負傷はかなりの重傷だった。
肩の肉がエグれ、骨まで達する勢いだったようだ。
フォルツが付きっきりで回復の秘術を施したが、8割程度の回復がやっとだった。
「ここまでの重傷ですと…この森の環境が悪すぎます。
瘴気が濃すぎて聖気が薄いのです」
フォルツも額に汗をかいている。
「それなら…僕の薬が役立つかも知れません…」
おずおずと手を上げるマグナ。
手帳をパラパラとめくり、何かを探している
「ヒルル草とオオバアシがあれば…」
手帳をめくる手を止め、そのページをフォルツと俺に差し出す。
【血止め、欠損回復に役立った。
デスリゲーターに噛まれた痕が綺麗に治った。
オオバアシ、ヒルル草、魔力水】
フォルツが目を見開き俺に目を向ける。
「これならば…」
「よし、じゃあ早速———」
「フェルドさんじゃ薬草見分けられないでしょう?僕が行きますよ」
探してくると言おうとしたらマグナが口を挟む。
確かに…と納得してしまった。ヒルル草もオオバアシもざっくり草としかわからん
「……俺も行こう」
レブルが同行すると言い出し、俺とフォルツ、そして気を失ったズマはこの場で待機することになった。
二人が薬草を探しに出て数分後にズマが目を覚ました。
「いやぁ、すまない!あたいとした事が!」
からからと屈託なく笑うズマの顔色は土気色だった。
明らかに血が足りていない。
それは他の誰が見ても明らかだった。
「ズマ、お前はここでーーー」
「おっと、将軍様はこんな所でビビり散らかしてるのかね?
あたいが大丈夫だって言ってるんだ。大丈夫なんだよ」
あのバカ娘は俺の言葉を最後まで言わせずに被せてきた。
「ここまで来て帰れるかってんだ
それにな旦那。
この先はあたいの索敵が絶対的に必要だろ?」
ジッと俺の顔を見つめてくる。
「無駄な戦いは避けなきゃいけない。
旦那には竜王とか言うトカゲの親玉とナシをつけてもらわないといけないんだ」
全てが正しい。
正しいのはズマだ
俺は一体いつからこんな弱くなったんだ?
このバカ娘の方が余程強いじゃないか
「……拙僧は反対ですな。
あの負傷は甘く見ていい怪我ではありません
今は大丈夫だとしても…」
「坊さん、あたいはね、今しかないんだ。
……今があたいの絶好調さね」
「ズマ殿……」
ちょうどそのタイミングで籠に薬草を大量に入れたマグナとレブルの二人が戻ってきた。
「本当は乾燥させたほうがいいんですが……」
マグナは手帳を開き、数頁めくり
「生でも使えるレシピがあるので早速作ります!」
と勢いよく焚き火に向かっていった。
結果的に言えばマグナの薬が劇的に効いた。
ズマの調子はかなり良くなったのだ。
「お前…ただのビビリ腰抜け野郎じゃないんだな……」
「うわ!凄い直球の悪口!!」
ズマが薬を塗るマグナの顔を呆けて見ている。
「おい、ズマ失礼なこと言うな!マグナは
ビビリ腰抜けへなちょこボケナス野郎だぞ!足りん!!」
「あー確かに」
「確かにじゃないですよ!!!もう!!」
全員が…珍しくレブルまで頷いて笑っている。
こんな窮地でも笑える。
———あぁ、コイツ等はいいな。
*******
「いい仲間ですね」
「あぁ、いい仲間”だった”よ」
フェルド師のその言葉にハッとする。
そうだ。五人の勇士…帰ってきたのは師ただ一人だ。
フェルド師はカップを満たすコーヒーをじっと見つめた。
「そして…俺達は竜王の住む城へと辿り着いたんだ」
妙に外が静かでその言葉は大きく響いた気がした。
********
「旦那。
ここだ…ここが竜族の本拠地、竜王城…だ」
ズマが手元の地図とゼフに渡された覚書とを見比べつつ告げる。
竜王城と名はあるが、城とは程遠い洞窟の様なものだった。
”隠者の森”の中央よりやや北の崖に空いた大穴。
地下に空洞があるのだろうか?時折鳴き声のように風が鳴る
「全員気を引き締めろ。
こっから先、人竜一体程度じゃ済まない相手が出るだろう」
全員の顔を見渡す。
若干一名を除いて意気軒昂と言った雰囲気が伝わる。
その一名、マグナが深呼吸をする
「提案です。帰りま———」
「作戦を伝える」
無視した。
がっくりと肩を落とすマグナ。
「ズマ、こっから先はお前の戦闘力は期待しない。
目と耳に徹底してくれ、異変や異常があったらすぐ伝えろ」
「はいよ。
コケモモはおやつに入るかい?」
「…いいぜ、後で俺にもくれ」
「やだよ!
自分で採ってくるといいさ」
「ちぇっケチな奴だ」
拳を合わせる。
ちっさい手だなおい…
「マグナ、お前には一番危険で一番楽しい盾役を期待する。
大丈夫だ。お前なら大丈夫だ、何失敗したら死ぬだけだビビるな」
「全然楽しくないですよ!……でも、僕がやる以外手はないんですよね」
「ねぇな」
「じゃあやります。怖いし帰りたいけど…でもやります」
「———頼む。お前を頼りにしている」
「え、何かご病気ですか?薬ありますよ…?」
頭をガツンと殴りつける。
失礼なやつだ全く…
「レブル、お前には色々迷惑をかけると思う。
自由に動け。自由にやれ。
お前の良さはその身軽さと鋭さだ」
「……承知」
「あとコーヒー飲むならここで最後にしておけよ…アレは匂いが強いからな」
「……お前も飲むか?」
「いらん、苦いからな」
「……そうか、残念だ」
心底残念そうにするなよ全く…
一杯くらいなら付き合ってやるよ、今度な。
「フォルツ、アンタは……」
口ごもってしまう。
こいつに何をさせろってんだ……
「拙僧は…最後衛ですか?それとも最前衛?」
そうなんだよなぁ…こいつどっちも出来るのが恐ろしい
「そうだな、俺が最前衛を駆ける。アンタは皆を頼む」
恐らく俺に次いでの実力者はこの怪力僧兵だろう。
任せられるのはこいつしか居ない。
「はっはっはっ…お任せを
この日のために拙僧は体を鍛えていたのでしょうな。
これも全て神の思し召しですよ」
いや、多分違うだろ……
再度、洞窟に目を向ける。
竜穴に入らずんば竜子を得ず…って言ったか?まさにそれだな。
「さぁ、行こう」
五人足並みを揃えて、竜王の城へと侵入していった。
洞窟はやはり地下に向かって伸びていた。
整備された地下道と言うよりも、天然の隘路に見える。
しかし、そこら中に脇道があり、扉が添えつけられていた。
人が、暮らしている。
恐らく非戦闘員も。
先頭を進むズマが苦々しい顔を浮かべる。
「旦那…ここって…」
「あぁ…避難所も兼ねてる感じか」
うげぇ…とズマは本気で嫌そうな顔をする。
「慎重に道を選んでくれ…俺達は殺戮者じゃない。
非戦闘員…戦う術を持たない奴らを殺すのは本意じゃない」
「最悪の場合、拙僧が…いや、ここはより瘴気が濃いですからな
…治癒も難しいでしょう」
言外に無駄な治癒は避けたいと言っている。
ズマの時にも手間取っていた事を考えると、あまりフォルツの治癒に比重を置くのは良くないか…
それからは静かに慎重に、しかし確実に奥へと進む。
かなり厳重な警備を掻い潜っている。ズマの目と耳がかなり優秀なのがよく分かる。
戦闘らしい戦闘も無く、大きな分岐路へと辿り着いた。
「右の道は嫌な感じがする。
竜かそれに近い何かが大勢いるんだろうな…兵舎かな?」
通路の壁に耳を当て気配を探りながらズマが零す。
「……左は?」
レブルが静かな声で確認する。
「左の気配は少ない…2~3人の人型が歩いている…でもこいつ等相当やるよ?」
左が王の下か…?その2~3人というのは近侍だろうか?
「拙僧は右を推しますな」
フォルツが右の通路を見ながら言う。
「理由は?」
「挟み打ちに合う可能性を潰したく思います」
その意見に反論するようにマグナが呟く
「僕は左…ですかね」
「お前が意見たぁ珍しい…一応聞こうか、理由は?」
「戦闘が少ない方がいいじゃないですか…話し合いで解決…とはいかないとしても
王を説き伏せれば…軍も引くでしょう?」
思ったより真っ当な意見で驚いた。
「そう…だな」
戦を止める。と言う意味ではマグナが正しい
戦闘を有利に進める。ならばフォルツだな…
「……俺も左だ」
レブルが左の通路を見つめる。
「強い個体ならば将軍級だろう。
将軍級を仕留めれば戦意を挫く事が出来る。
挟み打ちだとしても戦意がくじけた相手なら容易い」
「意外と好戦的だよなお前も」
「……最終判断は将に任せる」
丸投げかよ…そうだな
「左に行く。
さっさと話しつけて帰ってスローライフだ」
スローライフから最も遠い位置に居ると思いますよ…とマグナが呟く
聞こえてんぞ後で殴るからな
左の通路を進むと大きな門扉が現れ、その両隣に二人の男が立っていた。
竜族の剛の者に”右龍”と”左龍”と言う二人が居る。
滅多に前線に出てこないが、その役割は竜王の守り手と聞く。
「ふむ、左の…侵入者の情報は入っておったか?」
右に立つのは銀髪を結んだ偉丈夫。
手に持つ両手剣が小剣に見える
「いや、右の…ここまで感知されずにやってきたと見る」
左に立つのは金髪を逆立てた大男。
もはやただの鉄塊とも言える戦槌を軽々と片手に持つ
「では」
「あぁ」
二人は不敵にニヤリと嗤う
「「強者であるな」」
「我は【右龍】。王の右に侍る者なり。我が剣は王のため、民のため」
「我は【左龍】!王の左に侍る者!我が戦槌に砕けぬもの無し!」
二人の戦士が構える。
名乗りとか…古風だねぇ…
鞘から得物の長剣を抜く
「聖天護国の将、フェルド・アイゼンである。
故あって貴国の王にお目通りを願いたい」
「ほう…フェルド・アイゼン」
右龍が検分するかのような視線を向ける。
「なるほど、なるほど!貴兄がかの有名な”殺戮卿”か!」
左龍は獰猛な笑みを浮かべる
「「相手にとって不足無し」」
だめだ話通じねぇやこいつ等。
だが俺も所詮武辺者。
剣で語るとしようか———。
恐らくこいつ等は純粋な竜族なのだろう。
膂力が、気力が、気迫が、技術が今までの人竜一体とは一線を画していた。
ズマは極力戦闘に参加せず、牽制に徹している。
自身の弓が通じないと分かっているのだろう。
左龍の槌を止め続けるマグナもなかなかいい仕事をしている。
フォルツとレブルもマグナを援護しつつ何とか左龍を抑えている。
そうなると右龍の相手は俺しかできないだろう。
この”ちょんまげ”…攻撃の一つ一つが異常に鋭い。
「———っとぉ」
まただ。
首の皮ギリギリ一枚といったところか
寸での所で避ける。斬り返す。避けられる。
何合切り結んだか、お互い疲れもせず元気なもんだ。
全く均衡が崩れない。
「……”殺戮卿”。貴殿は何故ここに参られた」
右龍が構えを解かず、問いかけてくる。
「何故って…竜王と話しを付けたくてね」
「……何の話しであるか?」
「聞きたがりかよお前…平和の為の話し合いだよ当たり前だろ」
「ふむ。その言葉に偽り無しと感じる」
「じゃあ通してくれ」
「それは出来ぬ」
「なんで?」
「我が王の右に侍るものである故」
お互い直感する。
次で最後だろう。と
「お前さんを倒せば通してくれる。と?」
「出来るのであればな」
ギリリ…と構えの後ろ足に力を込める。
こんなに力込めたの初めてかもしれんなぁ…
ドンッ!!と地面が爆発したかのような音が響く。
なんの理もない。
純粋な斬撃
その一撃は音を置き去りにする。
衝撃波を辺りに撒き散らし、右龍に斬りかかる。
右龍は右手に持っていた両手剣を構え、斬撃に備える。
「こぉのぉ…!!!」
両手剣と俺の長剣が打つかり火花が散る。
奥歯が砕けるんじゃないかと思うほど噛みしめる。
次の瞬間———
右龍の両手剣が根元から折れた。
「見事、御見事である」
折れた剣に満足そうな顔を浮かべる右龍
「左の!」
「なんじゃい右の!」
「仕舞いだ。この者は力を見せた」
「———ほうか、じゃあ次は儂の番じゃ」
「駄目だ駄目だ
王の元へお目通りだ…約定は違えぬ」
「儂はしとらん!」
「僕と…今しませんか…」
目をパチクリさせた左龍が呵々大笑と笑う。
ぜぇぜぇと肩で息をしながらマグナが食らいつく。
「かっかっかっ!!良い!うぬ”良い”な!」
バンバンとマグナの肩を叩く左龍
疲労困憊のマグナはぐえっと呻いている。
フォルツでさえ額に玉の汗をかいている。
レブルも神経をすり減らしたのだろうか、やはり玉の汗をかいている。
だからだろうか。
気が付かなかったのだ。
フェルドを狙う、一撃に———
「旦那!!!」
ドンッと突き飛ばされる。
誰が?俺がだ。
右龍と一戦交え、通してくれると安心したのだろうか?
全く気が付かなかった。
「……ズマ?」
背中から胸にかけて大矢が突き刺さったズマがそこに居た。
「何者か!!!神聖なる闘争を汚すのは!!!」
右龍が叫ぶ。
いや、そんな場合じゃねぇって。
おい、ズマ…どうした?
声が出ない。
ゴポリと口から血を吐くズマ。
「ズマ殿!!」
フォルツが駆け寄る。
マグナもレブルもだ。
俺だけ駆け寄れない。
なんだ……これ……
おい、フォルツ…さっさと治療を———いや、マグナの薬か?
よたよたとズマに近寄る。
「おいおい…旦那…油断しすぎだよ」
ヘヘッと口から血を流しながらズマが微笑む。
「ズマ…おい、お前…まさか死ぬのか」
「あぁ、駄目っぽいね」
「…馬鹿言うな。フォルツ!」
「無駄さ、自分でよく分かる」
ゴホっと血を再度吐き出す。
「フェルド・アイゼン将軍…
お先に逝くことをお許しください…
私は…将軍の耳目となれて…幸せでし——」
最期の言葉は聞き取れなかった。
バカ娘が…
バカ娘がッ!!
「右龍!!貴様ッ!!」
剣を抜き、右龍に向き合う。
「……フェルド将軍。
すまない…これは某の本意では無い。
しかし、我が兵の不義理。某の命をもって許していただきたい」
右龍は手を後ろに組み首を差し出す。
後ろでは弩弓を持った兵が「右龍様…何故…」と狼狽えている。
俺は剣を振りかぶり———膝から崩れ落ちた。
あぁ———
———なんて日だ。
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