第四話 王と英雄
―――三十年前。
聖竜戦争末期。 聖天連合軍・総司令天幕。
総司令天幕は大いに荒れていた。
竜軍の侵攻にまるで対応出来ていなかったのだ。
そもそもが無理なのだとホンドゥールの王太子であるゼファーはため息をついた。
「ボケナス共が群れたら良い軍になる?笑わせるなよゼファー。
ボケナスが群れたらすっげぇボケナスにしかなんねぇよ」
聖天連合の押印式の時に悪友が言った言葉が頭の中で反芻される。
悪友、フェルドは今日も最前線で棒《剣》を振り回しているのだろう。
「”群れたボケナス”か……言いえて妙だな」
連日続く無駄な戦局会議に頭の痛みさえ覚える。
どこの戦場でどの将軍が活躍した。
その将軍はズゥーキ皇国の将軍だ!
正直どうでもいい。
今の問題は竜族が人類生存圏の三割近くを占拠している事だ。
今は、一匹でも多くの竜を人類生存圏から追い出さなければ
…人類の辿る道は破滅しかない。
「聞いておりますかな、ゼファー殿下」
ズゥーキの総督が鼻息荒く問いかける。
聖天連合の盟主たるホンドゥール。
その総大将たるゼファーの一言でズゥーキの戦後が決まる。
「あぁ、ズゥーキの将軍が暴徒の鎮圧に成功したのだったな……では竜族はどうなっている?」
「それは……」
「鎮圧後に竜族が入らないように手筈は?
もちろん結界くらいは張っておいているとは思うが、それだけでは足りないと以前お話したと存じ上げる。
如何様か?」
視線に圧を込める。
その視線に総督は口を噤み、それは…と声にならない声を出す。
まったく話にならん。
暴徒の鎮圧と言っても下手をすれば住民を惨殺してる可能性もある。
私掠は禁じているのだが…ズゥーキは信用おけないのだ。
「そうですな、ズゥーキの軍は少々詰めが甘い部分がございますからな」
横合いから口を挟むのはドゥカトゥ帝国の総司令だ。
ねっとりとした口調で話に入ってくる。ハッキリ言って己はこいつが嫌いだ。
「なんだと!?」
「いやいや、ワタクシめは事実を告げているだけでございますれば」
こいつら全員斬り伏せてもいいんじゃないかな……
そんな物騒だが堅実な考えが巡った時に天幕が開かれた。
後ろから「だめです!今は会議中で!」とか「お下がりください!」とかの言い争いが聞こえた。
「おう、御機嫌ようクソボケ共。
今日も無駄話に花が咲いているようだが、ちょっといいかい?」
フェルド・アイゼン。
聖天連合の筆頭。
人類最強の戦士。
「アイゼン卿!!如何に貴方と言え無礼が過ぎますぞ!」
「あ?おぉ、これはこれはドゥカトゥの御大将。
今日は小便済ませてきたか?また下帯変えることになんぞ?」
「なっ!無礼な!!衛兵!この無礼者をーーー」
「俺を?どうするって?」
声に圧が乗る。
一瞬で天幕内の空気が粘度を持ったように重くなる
「ひっ……」
先程まで声を荒げていたドゥカトゥの総司令は、腰を抜かしたように椅子へ崩れ落ちた。
「フェル、よせ」
「んだよ」
「よせ、と言った」
「……わぁーったよ」
ボリボリと頭を掻きながら無作法に椅子に座る。
……いや、そこはお前の席じゃない。
まぁ、いいとしよう
「で、勇名を轟かせるアイゼン将軍は何故司令天幕へ?」
こう呼ばれるのをフェルは嫌う。
少しムッとした表情を浮かべてフェルが口を開く。
「おぉ、我らが光。我らが希望たるゼファー・フォン・ホンドゥール殿下におけましてはご機嫌麗しゅうございます。
我ら卑賤なる駒の意見を聞いていただけるとはこの上なく光栄な事でございます」
「口が回るようになったじゃないか」
「俺ぁ元々瀟洒な男だよ」
「よく言う」
「で、なんの用だ」
「おう」
フェルは今晩の献立を決めるような気楽さで言う。
「竜族の王のトコにいってくる。
ちょっと話しつけてくるわ」
天幕が静まり返る。
全くこの男は———いつもそうだ。
「その許可を取りに来た」
予想の斜め上を軽くいく。
「そうか。とは言えんな」
無駄だろうが説得を試みるとしようか。
「何故?」
「危険だからだ」
フェルはふむ…と頷く
「問題ないな」
「問題しか無い」
「ではどうすればこの戦は終わると思う?未来の王様よ」
「それが分からないから戦が続いているのだよ。英雄殿」
「なに、勝算が無いわけじゃあない。俺が単独で突っ込んだほうが可能性が高い」
「否だ。お前一人では王の下へ辿り着く事さえ出来ん」
「ならばどうすればいい?」
「お前程とは言わん、お前の後背を任せられる者を、最低四人」
「それが条件だ」
「馬鹿言うな」
「それが最低条件だ。お前一人が死ぬだけで戦局は大いに乱れる」
「……お前さんが四人とか言うんだ。条件に当てはまる猛者が居るんだな?」
「探してみるといい。この部隊のどこかにいるだろうさ」
「お前さんの言うことだ。それは確実にいるんだろうな…ちょっくら探してみるか」
それだけ言うとフェルは立ち上がり振り返りも礼も言わずに天幕から出ていく。
全く……嵐のような男だ。
嵐の去った後は晴天になるはずなんだけどな……
この天幕の惨状を見て、己は溜息をつかずには居られなかった。
******
「ちょ…ちょっと待ってください」
「ん?どした?」
「その…非常に言い出しにくいのですが、その口の悪いゼファーと言う方は…」
「現王だな」
「相手は王太子ですよ?」
「そうそう。この後王太子付きの侍従長にクソ怒られた」
非常識ってレベルじゃない……若い頃のフェルド師、今以上におかしいだろ。
「それでな…敵の要塞二つほどぶっ壊して、戦局を膠着させてから人探しを始めたんだよ———」
要塞は単独でぶっ壊せ無いです…と言うツッコミはやめておいた。
それよりも、今は続きを聞きたいという気持ちの方が強かった。
******
「アイゼン将軍を止めてください!」
天幕へ飛び込んできた若い将兵は、慌てて臣下の礼を取ると、息も整えぬまま懇願した。
……戦時中だから咎めはしない。だが、本来なら礼儀作法のなっていない行為だ。
ゴホン、と侍従長が咳払いをする。
侍従長が説教を始めようとするのを手で制する
「今度は何をやらかした?」
「はっ。我軍への夜襲です」
「……なるほど」
大方予想通りであった。夜襲はちょっと想定外だが。
「我々が眠っている天幕に殴り込みに来るのです。毎晩」
「重ねて問うが、自軍への夜襲だな?」
「はい。そのとおりです」
何やってんだあいつ……
「毎晩……か」
「毎晩です」
よく見ると将兵の目の下にはクマが浮かんでいる。
自軍を寝不足に追い込んでどうする…と思うが、フェルにそんな理屈は通用しない。
どうやら始めたようだな。
「で、だ。アイゼン将軍の様子は?」
「昨夜の襲撃…失礼」
将兵は焦ったように報告をし直す。
「訪問の際に1名……拉致」
「…いや、連行?」
言葉選びに困っている様子だ。
「……違うな」
「随伴されました」
将兵はだいぶ参っているのが手に取るようにわかる。
侍従長が咳払いをする度に将兵の顔が青ざめる。
……違うな。侍従長はフェルに怒ってるな。
ご愁傷さまだ。
「分かった。報告ご苦労…アイゼン将軍には己から伝えておこう」
「よ、よろしくお願いします」
最大限の臣下の礼を取り将兵は天幕を後にする。
「悪戯坊主め…」
侍従長が静かに呟く。
「まぁ落ち着け…アイツにも考えがあるのだろう」
「ですが坊ちゃま」
「坊ちゃまはやめろ…」
伝令兵にフェルを呼び出してもらう。
あいつのことだ、昨夜も暴れたとの事なので陣中のどこかにいるだろう。
「説教ですな」
「程々にしておいてくれ」
「了承しかねます」
これはもう一波乱起きそうだ。
程なくして伝令とフェルが天幕に入ってくる。
「このバカもん!!味方の軍を夜襲するとは何事か!!!」
侍従長の怒鳴り声が天幕に響く。
普段物静かで傍立ちをしている印象しかない侍従長のその姿に何故か伝令兵の背筋が伸びる。
フェルは欠伸をしている。
「ちげーって…実力者を選別してんだよ…寝てても反応するヤツが欲しいんだって」
「やり方を考えんか!!」
己は伝令兵に天幕を去るよう指示する。
あとで伝令兵達には酒樽でも届けさせよう…
「そもそもよ、ゼフが教えねぇのが悪いと思わんか?」
「それは、そう」
おっと…こっちに飛び火しそうだ
「それでいい人材は見つかったのか?」
こっちに来る前に話を変える。
「ん?あぁ、二人だけ見つけたな」
「ほう、早くも二人か…なかなかやるじゃないか。さすが将軍閣下」
「やめろバカ…一人は盾部隊のマグナって野郎だ。こいつはすげぇな、俺の一撃止めたよ」
斬りかかってんじゃねぇよバカ…
そう思った瞬間、
「味方に斬りかかったのか!?」
侍従長が怒鳴り散らした。
「あ、やべ」
「お前は昔から―――」
「うっせぇよ!もう一人は民兵に面白い女がいた。こいつは確定で連れていく」
「民兵……あぁ、ズマか」
民兵の中でも優秀な者が居たのを思い出す。
狩人を生業にしている一族の出だ。
「とりあえず見つけ出したのはこの二人だ。
回復役と…あと一人欲しい」
やはり、フェルは考えていたか。
盾役、斥候、近接、回復。
竜族の居城に侵攻するなら最低限その形が必要だろう。
「そうか……しかし盾兵にマグナを選んだか」
「何か問題でもあったか?」
「実力は連合でも上位だろう…しかし、問題なのは性格の方だ」
「そうか?」
まぁ、フェルが良いと言うならいいだろう。
「回復役ならフォルツ殿を推します」
侍従長が思いついた様に言う
「あぁ、己もそう考えていた」
確かに彼ならフェルとの相性もいいかもしれない
「お。いいのいるのか?」
「しかし、決死隊になる可能性が高いからな」
「わぁってるよ」
そうだ。
帰ってこれない可能性の方が圧倒的に高いのだ。
ギリリと奥歯を噛みしめる。
「そんな顔すんなよ。
お前は後ろで踏ん反り返って死んで来いって言えばいいんだよ」
「冗談でもそんな事……言うな」
思わず睨みつける。
あの提案を受けてから何度も机上で戦を組みなおした。
だが、何度やっても結論は変わらない。
フェル…フェルド・アイゼンを竜王にぶつけるのが最も勝率が高く
最も被害が少なくて済むのだ。
分かっている。
分かっているからこそ、こんなにも葛藤するのだろう。
*********
「五人の勇士…」
思わず零れた言葉にベスラはハッとした。
弓聖ズマ、盾聖マグナ、聖人フォルツ、槍聖レブル……そして剣聖フェルド。
この国で戦後に育った子供は誰もが憧れ、誰もが一度は目指す聖者達。
今その剣聖が目の前で聖竜戦争を語ってくれている。
その事実に思わず身震いした。
「ふぅ……こんなもんでいいか?」
「いや、まだ始まってすらいないですよね!?」
「そんなこんなで竜を倒しました。じゃダメか?」
「ダメです」
「えー」
この人は本当に…
「よし、続きは家戻ってからするか」
「いや、私は試練の最中で…」
「もういいよめんどくせぇ」
「えぇ…」
めんどくせぇの一言で三日間の試練は無かったことになった。
「よっこいしょ…ほれ、いくぞ」
立ち上がりすたすたと歩き出すフェルド
「お待ちください!」
慌てて背嚢を背負い、その背中を追いかけるのであった。
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