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最後の英雄は森に棲む  作者: 東雲


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第二話 遠き背中

「おらおらおら! 走れ走れぇ!」


半ば強引に弟子になった翌日。

金級冒険者となったベスラ・ビノは走っていた。


隠者の森の、まだギリギリ道と呼べる浅い部分。

足場は悪く、苔や大樹の根で脚を取られかける。

森の大樹が陽光を遮り、湿り気を帯びた空気が肌にまとわりつく。

そこを全力で駆けている。


「アイゼン……卿……! この駆け足に……何か……意味が!?」


「ん? ねぇよ」


嘘だろこのクソ親父。ねぇよって言ったよ。


「意味はねぇな! 意義もねぇ!

 だが、どんな時でも頼れるのは自分の脚力だけだ! ほら走れ。噛みつかれるぞ」


ぎゃわー!


背後で鋭い鳴き声が響く。

振り向けば、三頭のラプターが涎を垂らしながら迫っていた。


「アイゼン卿!!」


「なんだ?」


「あの亜竜はお友達でしょうか?」


「そうだが?」


「捕食者の目なのですが?」


「そりゃ……捕食者だからなぁ……」


アイゼン卿は心底不思議そうな顔をした。


「私は餌と思われてると?」


「まぁ、そうだろうな」


「肯定しないでくださいよ!」


ジリジリと間合いを詰めてくるラプター。

三匹が三方向から飛びかかろうとしてくるのが分かる。


「ほれ、のんびりしてると飛び掛かってくるぞ?」


「クソっ!」


脱兎の如しとはこのことだ。

三匹から全力で逃げる。


ぎゃうぎゃうとけたたましく叫びながらラプターが追ってくる。

なお、その鳴き声に応じるように森の奥から別の鳴き声が聞こえた。


「ほらほら走れ!ほら、来るぞ!」


フェルドは欠伸を噛み殺しながら並走している。


嘘だろ? と目を剥く。


ベスラは全力だった。

肺は焼けるように熱い。

脚も悲鳴を上げている。


だが距離が一歩たりとも縮まらない。

父と同じくらいの年齢だというのに。


“人類最後の英雄”

“竜滅者”


その肩書きが、ようやく現実味を帯び始める。


三本目の小川を渡ったその時、石に蹴躓き、脚が縺れる。

膝がガクガクと震え、痙攣が起きている。


「おっと……ここまでか。

 一刻半ってところか……初日にしちゃあまぁまぁ頑張ったな」


倒れ伏す直前、ラプターが飛び掛かってくる。

アイゼン卿は気が付いていない。


「う、しろ……」


辛うじて声が出た。

もうラプターの爪は目前に迫っている。


「大人しくしとけ」


低く、重厚な声。

決して大きな声ではない。

だが妙に響いた。


ラプターは咄嗟に飛び退った。


疲れと驚きのあまり声が出ない。

あのラプターが――

あの冷酷な狩人が、飛び退くのを初めて見た。


明らかに怯え竦んでいる。

他の二匹もギャウ……と小さく喉を鳴らし、一歩下がる。


ベスラを見て、アイゼン卿を見て……ぎゃうと鳴き、

森の奥へと逃げていった。


「と、友達じゃあ無いん……ですか……?」


「今さっき絶交したところだな」


気の良さそうなおじさんが笑っている。

そう見える。


だがベスラには分からなかった。

何故この男が三十年もの間、森から出なかったのか。


**********


「アイゼン卿」


「その卿ってのやめろや」


「わかりました……ではフェルド卿」


「だから……」


歩ける程度には回復したベスラは、フェルドに案内され、

森の中にいくつかあるセーフハウスへ向かっていた。


「一つお聞きしたいことがあるのです」


「趣味は薬草摘みと豆茶の焙煎」


「いえ、それは興味ありません」


「お前、意外と遠慮がねぇな」


一瞬たじろぐフェルド。

その隙に追撃を入れるベスラ。


「森での追い掛けっこが相当堪えましたので」


「楽しかっただろう?」


「えぇ、とても」


きっと今聞いても答えてくれないのだろうと直感できた。

しかし、聞かないわけにもいかない。


何故、英雄がこのような森に籠るのか?


「フェルド卿。何故、貴公……いえ、あなたはこの森から出ないのですか?

 何か理由が?」


「理由? ……理由ねぇ……」


フェルドは空を見上げ、鼻を掻く。


「理由なんてのは簡単さ」


ベスラはゴクリと唾を飲み込む。

もしかしたら答えてくれるのかと期待してしまう。


「ここじゃねぇと豆茶《コーヒー》の豆が取れねぇし、旨くねぇからだ」


「そうですか……それだけじゃないですよね」


「さぁてな」


「もしかして誤魔化してますか?」


「いや、実際旨いだろコーヒー」


「まぁ。それは……はい」


「お、イケる口だな……っと、着いたぞ」


辿り着いたのは森を切り開いて造られた泉。

小さな水源のほとりに、小屋が建っている。


「ようこそ我が家へ。歓迎してあげよう」


********


そのセーフハウスはフェルド卿曰く、普段遣いしている住居だそうだ。

森を切り開き、泉を掘り当て、その切り開いた木材を使って建てたらしい。


「泉って掘り当てるとか出来るんですか……」


「出来るからここにあるんだろうが」


「それは……そうなんですが……」


「二十年くらい前だったかな。暇だったから掘ってみたら出来たぞ」


そんなわけないだろと言いたいのを堪え飲み込む。


深い森を彷徨い歩き、ここを見た人はどう思うだろうか。

人里を離れたエルフや妖精が住まう場所と勘違いしてもおかしくないほど清浄だ。


実際に住んでいるのはコーヒー好きの小汚いおっさんなのだが……

いや、小汚いおっさんは言いすぎた。小汚い英雄だ。


「お前なんか失礼な感想抱いてねぇか……?」


「そんな事無いです」


顔に出やすいのが欠点であり美点と母にも言われている。

気をつけなければ。


「さて、と……ベスラ坊。お前の修行というか、訓練だがな……」


不意に真面目な雰囲気になる。

急に変わるから驚くが、きっと慣れていかなければならないのだろう。

ベスラは背筋を正し、耳を傾ける。


「どうすっかね……? ふむ、そうだな。一回立ち会ってみるか」


「よ、よろしいので?」


「嫌なのか?」


「光栄です……?」


「なんで疑問形なんだよ……」


急にぶっ込んでくるなぁこの人……。


とりあえず実力を知りたいとのことで、木剣での立ち会いとなった。

頑なに真剣でと言うフェルド卿を諌めるのに苦労した。

今までの経験上、真剣で立ち会うのは恐怖が勝る。


生あくびを隠そうともせず、フェルド卿は木剣を握る。


「いきます」


相手に切っ先を向けてそう宣言する。

王国式の剣術試合の礼を行い、構える。


「どうぞ〜」


対するフェルド卿は緩い。

あまりにも緩い。

構えですらない。


ベスラもこの態度には少し怒りを覚える。

銀級……今は金級冒険者としての意地もある。


吠え面かかせてやる、と息巻いてフェルド卿の間合いに進入――


出来なかった。


どう考えても隙だらけだし、

だらしなく立っているだけにしか見えない。

しかし入った瞬間に切り落とされるだろうと容易に予想できる。


「くっ」


一歩分後退る。

妙に汗ばむ。

心臓の鼓動が妙にうるさい。


「おいおい、どうした? 切りかかってこなきゃ分からんて」


くぅぁ、と欠伸をするフェルド卿。


「うおぉぉっ!」


意を決して裂帛の気合と共に斬り掛かる。


我ながら良い斬り込みだったと自負する。

速度も重さも乗っているし、鋭さも人生で二度あるかないかの会心の出来だった。

豚頭《オーク》くらいなら一撃で首を落とせるだろう。


「ほいっと」


そんな一撃を虫を払うかの如く手軽さでいなされる。

ギリギリ踏み締め、半身を回し回転斬りになんとか連携する。

遠心力がプラスされ、さらに体で剣の出処が分かりにくい。

二撃目の回転斬りが回避されたことは生涯一度たりともない。


「おぉ、いいね」


あっさりと剣の腹で受け流される。


懐に一切届かない。

こんなにも遠いのか――英雄は。


「う、うぉぉぉっ」


自身を奮い立たせる様に猿叫《バトルクライ》を上げる。

今度は最初から回転斬り。

受け流される。

着地と同時に二回転目。

今度は弾かれ、蹴撃を食らう。


「剣だけじゃねぇぞ? ほれ、どうした」


咄嗟に自分から後ろへ跳んでいたため、直撃の威力は殺せた。


「まだまだぁ……」


にやりと嗤う。

何故嗤ったのかは分からない。

ただ、自然と笑みが溢れた。


――この遠さ、今知れてよかった……と。


******


おぉ、嗤いやがった。

お見事と素直に称賛してやりたいね。


この若者はいい。

あのジジィがオススメするだけはある。

ここで嗤えるヤツは伸びる。

あの回転斬りも中々の出来だ。

俺じゃなけりゃ無傷では済まなかったかもしれん。


この三十年で三人くらいだったか? 弟子入り志願してきたやつは。

三人中一人は走り込みでめげた。

もう一人は立ち会いで絶望して折れた。

三人目は……あぁ、そうだ。騎士団団長までいったんだっけか。

懐かしいもんだ。


この若者はそれ以上の素質を感じる。

三人目ですら嗤う事は出来なかった。


いいね、若いね……

しかし、ここで折っておかなきゃいけない若さだ。

若さはいいものだ。だが、同時に危うい。

あの時、それが分かってりゃあんな事にはならなかった。


よし、ぶち折るか。


********


「まだ……です……」


ベスラはよろよろと、食人鬼《グール》の様に立ち上がる。

立ち会いを始めてからもうかれこれ半刻は過ぎている。

手、腕、首、胴、頭……もう打ち込まれていないところはない。

打ち込み、吹き飛んでもなお、立ち上がるのだ。


「坊主、そろそろ諦めろ」


「無理です」


「実力の差はもう理解出来ただろ?」


「出来ました」


「じゃあ諦めろよ」


「それは、無理です」


はぁ……と嘆息をするフェルド卿。


「じゃあこれが最後な? ……ちゃんと受けろよ」


この立ち会いで初めて、フェルド卿が攻勢に転じた。

受けではなく、攻めの姿勢。


それはベスラの初撃と同じく、上段からの鋭い斬込み。

辛うじて――というより、たまたま剣を置いてあった所に打ち込まれる。


違う。わざと剣に打ち込んだのだ。


反動でフェルド卿が宙に舞う。

回転斬り。


これが、完成系か――。


そこでベスラは気を失った。

その顔は不思議と満足そうだった。


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