第十三話 ”コーヒー好きのクソじじぃ”
ホンドゥール王国、対ドゥカトゥ帝国軍本部
フェルド・アイゼン将軍死亡の報が入ったのは
アイゼン将軍の弟子である、金級冒険者【ベスラ・ビノ】が到着した直後であった。
三日掛かる旅程をどういう訳か一日半と言う半分の時間で走破し息一つ切らせていない。
英雄の弟子はやはり超人なのだ。と周囲がざわつく
師匠の死の報を聞いても、顔色一つ変えず、王に傅いている。
さすが英雄の弟子よ。と再度周囲がざわついている…
****
二日前———”隠者の森”フェルド宅
「じゃあ無意味な戦争って事ですか!?」
「うむ、まぁ…そういう事になりますかな」
文を持ってやって来た筋肉で行商服がパンパンになっている行商人、フォーさんが零す。
「……師は陛下の危機だと、そう言って王都に向かいました」
「うむ、そう聞いている」
「なのに、無意味だ。と…?」
「で、あるな」
怒りがふつふつと湧いてくる。
誰にだ?師に?陛下に?帝国に?
———違う。その全てに、だ。
あれ程の死地と困難を乗り越えた師を頼った陛下に、下らない言い掛かりで戦争を起こそうとしている帝国に、何よりもそれら全て分かってる上で再度死地に向かった師に。
怒りが湧く。
「ベスラ殿…?その、落ち着き召されよ?」
「落ち着いておりますとも!」
フォーさんに当たっても仕方ない、仕方ないが、仕方無くない。
一刻も早く、王都に向かわねばならない。
この怒りを、フェルド・アイゼンにぶつけなければ、収まらん。
「どうしたというのだ?そんな怒って…珍しいではないか」
ダン殿がふらっと家にやって来た。
師が王都に向かって以来、やたらとよく遊びに来る。
暇なのだろうか、暇なのだろうな。
「怒っておりません!丁度いい所に…ダン殿!」
「ダンで良いと…ベスラ?」
「なんでございましょうか!?」
「いや、良い…続けろ」
「ダン殿であれば王都まで幾日ほど掛かりましょうか?」
「二日…いや、飛べば一日半程度だろうな…」
気圧されるダン。詰めるベスラ。
「そうですか…では、セイバータイガーの肉二日分で僕を王都まで運んで下さい」
「ベスラ殿…流石にそれは…」
「ふむ、良いぞ」
よし、言質取ったぞ…あとは…
「フォーさん!」
「は、はい」
直立不動になるフォーさん
まるでそびえ立つ肉壁だ。
「薬草と気付け薬、あと食料。あるだけ下さい。支払いはフェルド・アイゼンで」
「よ、喜んでご用意します…が、何故気付け薬を…?」
「飛んでいる間に気を失わないようにですよ!!」
「左様で…」
いそいそと背嚢から薬草、気付け薬、食料を取り出すフォーさん。
「いつ行く?」
「準備でき次第」
「良かろう…しかし、直接街には降りれんぞ?」
「近場でおろして頂ければ結構です」
「いや、余は人族の領域には近寄れんのだ」
「上空は人族の領域ではございません」
「…いや、それは屁理屈で…いや、良い」
そうこうしている間にフォーさんが荷物を整えてくれる。
「さぁ、行きましょう」
***
「フェルド・アイゼン卿が戦死されたとのことです!」
王との謁見を行なっている陣幕にその報が飛び込んできた。
王はぴくりと眉を動かし、不快そうに目を細める
僕はといえば、ショックや衝撃よりも先にあの人が死ぬわけ無いという謎の自信があった。
周囲からは「師の訃報に動じぬとは…」とか「英雄の弟子はやはり超人…」とか聞こえてくる。
何が超人だ。生まれてこの方生粋の凡人ですよ僕は…
ややあって王が動く
「フェルド・アイゼン将軍の死は誰も確認しておらん
もの共!将軍の弟子たるベスラを見よ、全く動じておらん」
なるほど、これが師の言う腹黒王か…
「陛下、恐れ入りながらご進言申し上げます。
我が師、フェルド・アイゼンを何故単騎出撃させたのです」
チクリと刺す。
不敬?知るか。師の友なればこれくらい許すだろう
「…すまない。
我が軍の不甲斐なさが招いた結果よ…」
陛下が頭を下げる。同時に周囲が騒めく、王が臣に頭を下げるなど前代未聞だ。
しかし、僕は見えてしまった。
頭下げた瞬間陛下が「これでよいか?」と言わんばかりに笑った。
陛下には見透かされているか…まぁ、いいさ
「……師の安否に動揺致しました。不敬申し訳ございません。
師の仇を討たせて頂きたく存じます。私めに兵を千お預けください」
「お待ちください」
豪奢な鎧を身を纏った騎士が一人臣下の礼をしながら前に進む
「その千の兵、我が騎士団が承りたく存じます
かの者が師の仇を討つと言うのであれば、拙者も同じにござる」
騎士団長だ。
そういえば前に師が言ってた事があるな、騎士団長まで登り詰めた弟子がいる。と
「許す。英雄の弟子どもよ、見事、師の無念を晴らして見せよ」
「はっ」
「御意に」
こうして僕は千の兵を得て一万の軍と対峙する事となった。
***
ホンドゥール王国東部平原
峡谷を抜けた先に広がる東部平原に、土煙と鬨の声が上がっている。
僕はと言えば将軍の真似事をしているのだが、出来るのは師が戻るまでの時稼ぎだろう。
本物の英雄には、勝てない。
だが、僕は偽物の英雄で構わない。
僕がすべきは万の軍勢の打倒ではなく、万の軍勢を食い破る者が来るのを待つ事だ。
「して、弟弟子よ…我らのすべきことは?」
「…兄弟子様、我々がすべきは”あのクソじじぃが戻るまで耐える”事です」
「……そうであるな、じじぃが来るまで、か」
「なに、そう時は掛かりますまい…コーヒーでも淹れればすぐかと」
「はは、違いない」
外套を翻し、騎士団長殿は団員に声を掛ける
「勇猛なる騎士よ。王国の剣よ。我らが外敵がやってくる。
なに、相手はドゥカトゥの小便漏らしよ!
赤子の手を捻る方が難しいかもしれん!」
騎士団から笑い声が漏れる。いい、適度な緊張感で戦意も高い。
「総員、構え!敵はたかだか一万よ!一人が十人殺せばそれでよい!」
…物騒だな。流石兄弟子だ。
ややあって一万の軍勢が止まる。
一人、無駄に豪華な衣装を身に纏った男が前に出る。
「これは、随分質素な歓待でございますな!王国は弱兵のみと言うのも頷けるものよ」
あの男は、あぁ…コーザ・カ・マセイ男爵か…他国の貴族ながら我が家に金の工面を頼みに来た事があるなあるな…
「これはこれは、マセイ男爵!多大なお供を引き連れ、また無心の要望でございますかな?
当家、並びに我が国は、”下帯の扱い”はございませぬ!」
ドッと笑い声が沸く、なんなら"いいぞー!"と野次も聞こえる。
大丈夫か、この騎士団は…師の影響か…?
「ぶ、無礼な!貴様らが頼りにしている竜滅者は既に我らが手に落ちたのだぞ!」
顔を真っ赤にしてマセイ男爵が叫ぶ
なんの冗談だろうか?笑えないな…
「これは異なことを申される!武威を示さず、何を申すか!」
「ええい!埒が明かぬ!全軍突撃じゃあ!!」
え、全軍?馬鹿なのか…?
「総員、刈り取れぇ!!」
騎士団長も吠える。
あ、こっちも馬鹿だった。
ちらりと上空に眼をやる、上空には竜の姿のダン殿が居る。竜の息吹で一掃も可能だが…それをやると禍根が残りそうだな。
コクリと頷くとダン殿が渓谷へと向かって飛び去って行った。
あちらこちらで剣戟と怒声が聞こえる。
ホンドゥールは弱兵という前評判は一体何だったのだろうか?
本当に一人十殺を実行しかねない勢いだ。
特に目立つのが盾と槌の男、短槍と長槍を巧みに使い分ける男、後方から弩を撃つ女の三人。
十人じゃ済まない数を仕留めている。
「敵将!お覚悟!」
帝国兵も決して弱兵じゃない。指揮官がもう少し頭を使えればこちらもかなり損害を出しただろう。
帝国兵の剣をするりとかわし、背中を使って剣を振る。
鉄に身を包んだ兵の装備ごと真っ二つに切り裂く。
「御美事!」
騎士団長が叫んだ。
マセイ男爵を仕留めるか捕虜にすれば――そう思った瞬間に、峡谷から大音量の爆発が聞こえた。
―――さぁ、来るぞ
渓谷からもうもうと煙が上がる。
「ななな何事か!」と男爵が吠える。
帝国兵、王国騎士問わず皆が渓谷を見つめる。
「何事かって?そりゃああの人が来るんですよ」
「馬鹿な!あの男は死んだはずじゃ!」
はぁ…こいつ何もわかってないな…仕方ない教えてやろう
「俺の師匠はね…
コーヒーばかり飲んで、だらしなくて、声が馬鹿みたいにデカくて
そんで誰よりも強く、誰よりも高潔な男だ。
あまりあのヒトを甘く見ない方が良い。
ほら、来るぞ。 子供は寝る時間だ、さぁ!鬼が出るぞ !」
ドォンとひと際激しい爆発音がすると峡谷から一条の影が天へと駆け上がる。
その影は翼を広げ、次第に姿が見える
「ど、ど、ど、ドラゴンだぁあぁぁぁあ!!!!!!」
一瞬にして恐慌状態に陥る帝国兵。
王国騎士たちは口を開けてぽかんとしている。こら、女弓士撃とうとするな。
上空を二~三度旋回し、吠える。
ダン殿…サービスが過ぎる。
「よっと」
そんな軽い声で竜から一人の男が飛び降りる。
”竜滅者”
”殺戮卿”
”血濡れの黒鉄”
"最後の英雄"
”コーヒー好きのクソじじぃ”
「よう、俺も混ぜてくれや」
―――フェルド・アイゼンが、戦地に降り立った
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