第十二話 老鬼
ホンドゥール王国東部平原
ドゥカトゥ帝国 本陣営
「フェルド・アイゼンが戻ってきているだとぉ!?」
ドゥカトゥの将校が激昂する。
聖竜大戦時にフェルドに恫喝され侮辱された…と思い込んでいる男だ。
頭は禿げ上がり、戦場だと言うのにかつらを着装している。
「お、落ち着き下さい!頭のお召し物がずれ申しております」
フーフーと鼻息も荒く、興奮する将校
「何としてもあの無礼者を仕留めよ!かの英雄も寄る年波は勝てまい!」
「こ、コーザ将軍!ホンドゥール監視部隊から報告です!くすんだ金髪の老兵が単騎出陣したとのことです!進行先は…この峡谷です!」
「なにぃ!!千載一遇の大好機よ!工兵を呼べ!ヤツを罠にかけるぞ!」
鼻息荒く、勝利を確信する笑みを浮かべるコーザ・カ・マセイ将軍。
「ぐふふ…積年の恨み、今晴らす時よ!」
本陣営に高らかな哄笑が響いた。
***
うん。明らかな罠だな。
峡谷の入口に立った時に直感した。
兵の動き、将校の表情、指揮官と思わしき男のしたり顔…全てが「ここに罠があります。」と伝えている。
さて、どうしたもんか…わけぇ頃なら罠がなんだと切り込む所だが…
敵兵の数を減らし、相手の行軍速度を落とし、ベスラが王都に合流するまでの時間を稼ぐ。
中々難しい…か?いや、そうでもないな。
しかし、嬉しそうに罠があるぞと喧伝している場所に突っ込むのもシャクに触るな…
うーん
まぁ、とりあえず切り込むか。
***
「ひ…!」
また一つ戦場に首が舞う。
誰もその姿を追えていない。
「な、なんだ!何が起きた!!」
そう叫んだ将校の首がその次の瞬間には宙を舞っている。
悪鬼羅刹、否、老鬼。
くすんだ金髪の老人が踏み込むと次の瞬間に首が舞う。
前線に居た兵士にとってこれほどの恐怖はない。
老鬼は自身の手に持つ得物を見ると、その場に打ち捨てる。
そして、今斬り殺した兵から剣を奪う。
再度、その姿が消える。
「ど、どこに行った!探せ!逃がすな!」
「逃げるわきゃねぇだろボケ」
馬に乗った上級将校が馬ごと斬り殺される。
こうなってくると、歩兵は恐慌状態に陥る。
「や、槍兵!構えろ!近寄らせるな!」
後方から叫び声が聞こえる。
「おいおい、そんな大声で叫んだら…」
老鬼が声の方に顔を向ける。
「標的はここですって言ってるようなモンだぞ?」
剣を投擲する。
まるで出店のナイフ投げのように、投げ放たれた剣が将校の頭に生える。
「がふっ」
打ち捨てられた案山子の様に将校が落馬する。
「よっと…お、これは中々いい剣だな」
近くの屍から拾い上げた剣を二、三度振りつつ正面を向く。
真っ直ぐ突っ込んできたが故に老鬼は兵に囲まれている。
だが、誰も動かない…否、動けない。
動いた瞬間に首が飛ぶ未来が見えている。
その時——上方より炸裂音が響く。
続いて谷壁が大きく揺れた。
「おっと、罠か?…面白そうだから食らってみるかね」
兵の一人が老鬼のそんな呟きを聞いた。
その表情は、まるで獰猛な獣のようであった。
轟音と共に岩が、土が、砂が流れ落ちてくる。
策を知らされていなかった奴隷兵や接収兵が、帝国への恨み言を口々に叫びながら飲み込まれていく。
後方に待機していた指揮官、コーザ・カ・マセイは破顔した。
「はっはっはっはぁ!
竜滅者、血塗れの黒鉄、最後の英雄を!このカ・マセイ将軍が!
討ち取ったぞ!
ハッーハッハッハッ!!!」
その声は戦場に響き渡り、追従してきた貴族兵達が「万歳!マセイ将軍万歳!」と大騒ぎしている
その大騒ぎは兵から兵へと伝播し、まだ本隊とぶつかってさえ居ないのに戦勝の雰囲気で包まれる。
その中で一人の兵士は土砂を見つめる。
最後の笑みを見た兵士———彼だけは何故か不安に包まれていた。
——あの程度であの鬼が潰えるのか?と




