第十一話 帰ってきた男
ダンは腕を組み、胸を張り非常に偉そうだ。
ふんすっと鼻息も荒い
「お前も前に会ったことあるだろ?ほら、セイバータイガーの…」
「森の奥の異常個体……?」
「なんだそれ」
「なんぞその不名誉な名は…」
あのセイバータイガーを餌にしていた絶対に近寄ってはいけない場所の主…
僕が勝手に異常個体と呼んでいたアレ…か?
え?竜だったの…?
「で、では…ダンロ様は森の奥にお住まいで…」
「ダンでよい」
「”小僧”で充分だろ」
「小僧ではない!」
「小僧だろうが!」
揉めるのは後にしてください
「そうさな、この地に残らざるを得なかった数名の竜族と共に森の一部で暮らしておる」
森の奥地の方を眺めながらダン様は続けた。
「このオヤジに少量の物資を頂きつつ、平穏無事に過ごさせて貰っている」
「金よこせクソトカゲジュニア」
「ジュニアなどと呼ぶな不敬だぞ」
「不敬だか不潔だか知らん」
クソトカゲは不敬じゃないのか…
こほん、と一つ咳払いをする。
「ダン様は」
「だからダンで良いと言うておるだろうがぶっ飛ばすぞ」
「……ダンは森の奥地で何を?」
「別に何も」
左様ですか…
「ベスラ、今後お前は竜族のトコにも顔を出せ。
竜族と顔つなぎはしておいて損はないだろ」
師が突然真面目な顔になる。
思わず居住まいを正してしまう。
「それとな、この間フォーが手紙を運んできた」
フォーとは”聖人フォルツ”の今の名だ。
「ゼフがピンチらしい。ちょっと王都に行ってくる」
ゼフって…ゼファー陛下が!?
「お供を!」
「いらん、と言うか”今の”お前じゃあ邪魔だ」
「ふむ、アレか?東の国が騒がしいのが原因か?」
顎を摩りながらダンが訳知り顔で続ける。
「何と言ったかの?あぁ、そうだドゥカトゥ帝国か。
あそこの小人共が軍備を整えておるのであるな」
「何でそんな事を知って…?」
「余の手の者のお陰だな」
「どうせ右龍だろ」
「まぁ、とにかくだ」と師は続ける
「ちょっくら行って士気向上?慰撫?まぁ気合入れてくるわ」
そして、その日の内に師は王都へと赴いた。
ドゥカトゥとの戦争…?まるで現実感が無い。
「心配か?」
ダン殿が物憂げな顔の僕を覗き込む
「それは、まぁ…」
「心配であるよな…相手の兵士…肉塊に変えられなければよいが」
心配って相手の心配か…それもそうだな。
****
王都に行くのも何年ぶりだろうか?
最後に行ったのは…あぁ、そうだ。
馬鹿弟子が騎士団に入るとか抜かして脱走したから追いかけていった時だ。
あの馬鹿はベスラと違った意味で馬鹿だからな
いや、ベスラは賢いか…俺と同じだな
さて、前と同じように門扉に立つ衛兵に札を渡し、門をくぐる。
昔となんも変わらない喧噪。
目抜き通りには屋台やら出店やらで賑わっている。
歩いて城まで向かうかなと思ったらド派手な馬車が目の前に止まる。
紋章は王家。
その馬車を見て市民が騒ぎ出す。
「よくぞ舞い戻られた。歓迎するぞ、竜滅者”フェルド・アイゼン卿”よ!!」
―――クソ、やられた
ホンドゥール王国、王城内・執務室
「お前よぉ!隠居した俺を呼び出しておいて利用すんじゃねぇよ!卑怯だぞ!卑怯!」
フェルが吠えている。
卑怯とはお言葉だ、老練と言え全く…
「貴公が素直に戻ってくるのだ、利用するに決まっておろう、相変わらずの大馬鹿よ」
んだと!?と捲し立てるフェルを柳に風で受け流す。
「そんな事よりも、厄介な事になっておる。
これを見ろ」
公式文書でよく使われる羊皮紙をフェルの前に差し出す。
頬を膨れさせながらもその文に目を通す。
「おいおい…あのクソボケ共…」
「そうだ。あのクソボケ共が一線を超えようとしている」
後ろの侍従がおろおろとしている。
侍従長が目に掛けていた小僧が大きくなったものだ。
文の内容は、ドゥカトゥ帝国からの宣戦布告だ。
要約すると三十年前の聖天連合時代に振り分けられた領地が気に入らない。
水の利権をこちらによこせ、よこさないならば戦争だと言った内容。
そもそもそこの土地が欲しいと言い出したのはお前らだろうがクソボケが
おっといけない。フェルと話していると昔に戻ってしまう。
「で?クソじじぃ陛下はこの老骨に何をさせようと?」
「クソ剣士閣下におけましては騎士団への慰問と、王都王城でお過ごし頂ければと」
にこやかな会話だ。やはり大人はこうでなくては
「んだよ…そんな事の為に呼ぶなよ」
「そんな事ではないさ、お前が此処に居る。それだけで脅威さ」
そんなもんかね…と出された茶を啜る。
「そうだ、そういえば送り出した若人はどうだ?なかなかいいだろう?」
「ありゃ伸びるな…俺の若いころにそっくりだ」
「いや、似ておらんな…儂の若いころに似てる」
「いやいや…ベスラはお前ほど腹黒くない」
あぁ―――フェルド・アイゼンが戻って来てくれた。
***
騎士団ってのもここまでレベル低いのか……
ボケっと修練を眺めていた感想がそれだった。
平和な時代だ。
軍備は多く持つ必要が無い。
わかる。分かっている。
しかしどいつもこいつもボヤっとしてるなぁ…
チラチラこっちを見てるヤツも居て全く身が入ってねぇ。
ベスラは本当に”マシ”な部類だったんだろうな
どれ、ここはひとつ…と、殺気を放つ
お、反応したのはひぃ、ふぅ、みぃ…三人だけか。
「フェルド様!!」
やたら豪奢な鎧を身に纏った男がこっちに駆けよってくる
「おー、元気か?」
「元気か?ではございません!!急に殺気を飛ばさないでください!」
「いやぁ…どんなもんかなと思ってな」
よく見ると修練所で何人もの騎士が気を失っているな
「興味本位で騎士団潰す気ですか!」
「じじぃの気迫で潰れるわけねぇだろ馬鹿か」
「師匠は普通のじじぃじゃないんですよ!!」
おぉ、まだ俺を師匠と呼ぶか…嬉しいねぇ
「おい、あそこの小僧、それと二列目の小僧…三列目の小娘。
この三人は眼を掛けておけ、ありゃ良いぞ」
「は?」
「あとネズミが多いなここは…駆除しておるのか?」
「いや…まぁ…」
この馬鹿は気が付いてねぇのか…情けない。
「まぁ、いいさ。修練は見させてもらった…俺はちょっと厠だ」
さぁて、どうしたもんかな
――修練所を見渡せる時計塔の上
遠眼鏡で修練所を覗いている男が一人いた。
黒く染められた衣服に身を包む帝国諜報部隊の男だ。
「ふん、ホンドゥール王国の精兵も大したことないな」
懐から手帳を取り出し、報告書を書き連ねる。
「よし、いけ」
報告書を括り付けた鳩が大空へ飛び立つ
もう一度修練所を確認しておこうと遠眼鏡で覗く
「なっ!!」
修練所をボケっと眺めている老人と目があった。
ここまでの距離は五百メートルは離れている…
次の瞬間、騎士共がバタバタと倒れた。
なんだあのじじぃ…
慌てて塔から降り、塔の二階の窓から外へ飛び降りる。
「おい、お前、便所何処か知らんか?」
さっきのじじぃ…なんでこんなとこまで来れてるんだ?
「い、いや、知らぬ」
「そうか…あ、そうだ」
じじぃがすれ違いざまに零す
「フェルド・アイゼンが戻ってきたと伝えておけ」
サーと血の気が引いた。
***
ホンドゥール方面軍偵察諜報部隊の隠れ家
「報告が届きました」
伝書鳩が辿り着くと同時に諜報員が読み上げる
「ホンドゥール王国、弱兵のみ、攻めるは今」
わっと歓声が上がる。
攻めるは今、兵は迅速を貴ぶと言う。
部隊長は即座に早馬で本部に報告書を届けさせる
書く内容は一つだけ
「ホンドゥール王国、落とすは今」
この鳩がもう数分遅く到達していれば
次に飛び込んでくる諜報員がもう一時間早ければ
部隊長が有能で無ければ――
もう少し違う未来があったかもしれない。
「報告します!血濡れが戻ってきました!」
***
どうやら忠告は間に合わなかったようだ。
翌朝城で優雅に目覚めると蜂の巣をつついたような大騒ぎだった。
ドゥカトゥ帝国、挙兵ーー
ホンドゥール東の平原にその数一万の兵が集結し、進軍しているとの報が入ったらしい
「あのクソ…こほん、痴れ者共め!」とゼフが言ったとか言わなかったとか…
東の平原に行くには峡谷を通らなければいけない
そして、兵力一万に対抗するには…こちらも同数揃える必要があるか
「軍務卿!我が軍の総数は!?」
「五千に満たない程度かと…民兵や冒険者に協力を仰げればなんとか万は揃える事が可能かと」
一万程度で騒ぐなよ全く…竜換算で五百くらいだろ?
ちらりとゼフに目を向けると頭を抱えている。
「峡谷で襲撃して兵数を減らすしかないんじゃねーの?」
思わず声を出してしまった。
軍務卿とか呼ばれていた若造が苦虫を噛み潰したような顔をする。
「アイゼン名誉将軍、貴公の意見を聞きたい」
あ?なんだ名誉将軍って知らんぞそんな肩書。
「あー、まずひとつ。
一万の人間の軍程度でそんなビビる必要はねぇだろ
んで、二つ目
なんで真正面から一万全部蹴散らす気なのお前ら」
口調がまずいか?まぁいいだろ
「峡谷のに入れば軍は縦に伸びる。
今ならまだ分断作戦は可能だろ?五千でも三千でも入った段階でケツを閉じる」
「ですがそれは敵軍も同じ事を考えているはずです!警戒しています」
「そりゃそうだ
警戒してるからやりません。だったら王都にどっさりお客さんがくるぜ?」
周りを見渡す。
うーん、弱々しい奴らばかりだベスラのほうがマシだな…よし。
「渓谷には俺が出向こう、ゼフ…ァー陛下」
あっぶねゼフって呼びそうになった
「なんだ」
「我が弟子を王都に呼んでください。
多少は役に立ちます。立たせます故」
ベスラが居ればここも纏まるだろ。
アイツ賢いからな。師に似て
「って事でちょっくら渓谷行ってくる。
お前さん達は兵を纏めて出撃出来るようにしておいてくれ」
椅子から立ち上がり、部屋を出る。
ふとゼフの顔を見ると顔に「すまん」って書いてあった。
いいさ、俺とお前の仲だ。




