第八話 ― 事情聴取④ ヴァング・ヴィンセント
ジゴビア北西、海から遠く離れた貴族区画と中流階級の平民区画の間にひときわ異彩を放つその一角は、閑静な住宅街の中でひたすらに煙と金属音を出し続けていた。さび付いた柵に囲われたあばら家と工房はジゴビアの美しい景観とは真逆の、良く言えば歴史を感じられる、悪く言えば周囲の美しい景観から完全に孤立しているだけなのだが。
リィエンとマオはその門の入り口に立っている。ぐぐっと背筋を伸ばすリィエンを見て、マオは呆れたように呟いた。
「相変わらず、クロウ君には目の毒じゃな……」
「すぐ真っ赤になるからつい見せつけたくなっちゃうんだよねぇ」
「いつかとんでもないしっぺ返しを食らうぞ」
「そんときは、ねぇ?」
リィエンは手を組み肩を伸ばす。
「……バカなこと言ってないで入るぞ」
「はいはーい」
「はいは一回!ツバキ姉ぇに怒られるぞ」
「はーい」
「もうっ!」
マオはぷりぷりしながら工房の玄関を叩いた。ぐわーんと大きな音が工房全体に響き、それと同時にガンガンとなっていた工房の音が止む。
そこから数分は経ったあたりで奥の建物の扉が開き、その奥からひげ面のドワーフがのしのしと歩いてきた。玄関近くの紐を強く引っ張ると滑車が回り柵が開く。
「何の用か知らんが、とりあえず入れ」
腹の奥深くまで響くような低いしゃがれた声でそう話すと、彼は扉の奥へと消えていった。リィエンは完全に怖気づいてしまっているマオと顔を合わせると、仕方ないねと肩をすくんで一緒に敷居を跨いだ。
内装は意外にも丁寧で、壁や天井にも様々な装飾品が飾られている。加えてどれも丁寧に掃除されているのか目だった埃もついていない。リィエンは暗い光の中でも上品に輝くお手製の時計を見て、感嘆のため息をついた。
「ヴァング殿は几帳面な人なようだね」
「そうなのか?」
リィエンの太ももあたりの高さに長い木の棒が取り付けられた廊下の突き当り、ワックスで舗装された木の床を踏みしめて二人はリビングへと辿りついた。部屋の奥、暖炉の前では先ほどのドワーフがロッキングチェアに座っている。リィエンが声をかけようと手を上げた途端、ドワーフは顎を使って二人をロッキングチェアのソファーに座るように伝えた。
二人も素直に従ってソファーに並んで座った。冬でもないのに暖炉はごうごうと火を上げている。
「もう少しで来ると思うからちょっと待ってろ」
「あっ、えとー……ヴァングさん、ですよね……?」
「そうでもあるし、そうでもないな」
おどおどするマオを特に気にすることなく、ドワーフは本のページを捲っていく。少しした後に部屋の入口からぎぃぎぃと床を踏む音が聞こえてくる。リィエンが音の方向へ振り向くと、赤髪のドワーフの少女が目に入った。手には鍛冶道具だろうか、黒い鋼のハンマーを手にしている。
「おいモニカ。お前に客だ」
「あいよ」
モニカと呼ばれた少女はハンマーをぱしぱしと手で叩きながら、暖炉を挟んでリィエンたちとは逆側のソファーに座る。リィエンは彼女に悟られないよう横目で、しかししっかりと彼女を見た。
ざっくばらんに切られた髪の毛を無理やり左右に結び、あまり女っ気を感じられないが、それでも顔立ちはハッキリとしていて将来美人になりそうな容貌だ。いまでもきちんとメイクをすれば学び舎の男子からもひそかな人気になるだろう。それでいて彼女の体躯は小さいながらもしっかりとしており、腕っぷしは少女らしからぬしっかりとした力こぶが見える。ドワーフ特有のものもあるが、きっと彼の弟子なのだろうとリィエンは考えた。
「あのー、用があるのはヴァングさんの方なんじゃが……」
マオが申し訳なさそうに答える。男のドワーフが肩をすくめると、モニカの方を指さした。
「こいつが今のヴァング・ヴィンセントだ」
「へ?」
「襲名制ってことかい?」
すかさずリィエンが割り込む。男のドワーフが頷くと、モニカはむすっとそっぽを向いた。
「そうだ。人は俺のことを《マエストロ》と呼ぶ。こっちはモニカ」
「……ヴァング=モニカ=ヴィンセントだ」
「私は《ご意見番》リィエン・スタッシュホールド。こっちはラスター・ホークのウィザード、マオ・アフィーリアだ。よろしくね」
「……うん」
リィエンは思慮をめぐらせた。すでにヴァング氏の名前を襲名しているということは、彼女は見習いではなく名実ともに一人前の鍛冶師なのだろう。しかしまだ酒も飲めなさそうな年齢に見える――きっとヴァングという名前もそこまで気に入っていないんだ。
「それで昨日王立記念パーティに参加していたのは……どっちのヴァング氏でしょうか?」
「オレだ」
答えたのはモニカ=ヴィンセントの方だった。
「マエストロ殿の方は腰を痛めるからね。代わりにモニカ氏が挨拶に行ったという感じかな?」
「どうしてそれを……!?」
リィエンの指摘にマエストロが驚いて腰を上げるも、すぐに痛そうに腰に手を当ててロッキングチェアに座り直した。
「あーあー、マエストロ殿は腰を痛めてばかりなんだろうから、今は安静にしないといけないよ」
「殿はいらん。……ってそうじゃなくて、なんで分かった。説明しろ……!」
「ん-とねー」
顔の近くで人差し指をくるくるさせながら、リィエンは少し口角を上げた。
「まず最初にそう思ったのは、ドアベルを鳴らしてから来るまでに時間がかかったことだね。最初は鍛冶の音にかき消されたのかと思ったけど、その割にマエストロに目立った汚れは見当たらない。つまり聞こえていたけど時間がかかったということだ」
「だが単に何か用事をこなしていたって可能性もあるだろ」
「あるけど、マエストロはさっき本を読んでいたじゃないか。用事がある人がすることじゃない。――つまり聞こえていたにもかかわらず、来るまでに時間がかかったということだ。加えて廊下に取り付けられた細長い棒だ。アレは足腰の悪いドワーフのための補助器具だね。他の物と違い装飾もつけられていてないということは、急ごしらえで取り付けられたと考えられる。つまり最近足腰を悪くした人がいるということを意味している」
「なるほど、一理あるな。でも俺とモニカ以外に足腰の悪い家族がいるケースは?」
「可能性は否定できないけど、モニカと二人暮らしだと行ったのはマエストロ自身じゃないか。もし3人以上だったら誰に用があるのか聞くのが妥当だよね?」
「……分かった。《ヴィーノのご意見番》の呼び名はニセモンじゃないらしいな。だが最後に一つ聞かせてくれ。どこまで行ってもアンタの考え方は憶測の域を出ないはずだ。どうしてアンタは断定口調で言ったんだ?」
「だって、そっちの方が凄く見えるだろ?」
リィエンはくすりと笑った。マエストロもへっと笑うと両手を軽く上げた。
「分かった、降参だ。モニカ、こいつらは――少なくともこいつは信用できる。話を聞いてやれ」
「うぃーす」
力の抜ける返事をして、モニカはハンマーをテーブルへと置いた。




