第六話 ― 事情聴取② ジェイド・イーデルシュタイン
「ここが、ジェイド――なんでしたっけ」
「イーデルシュタイン」
「そう、ジェイド・イーデルシュタインさんのお宅ですね」
「左様でございます」
お宅というにはあまりにも大きな――それこそ豪邸、邸宅といった方がいいであろう圧倒的な敷地面積を前に、クロウ・ロックフォールは動揺を隠しきれていなかった。呼び鈴のボタンを押そうとする指が震える。
「こここ、これ、押してもいいんですよね?」
「良いから押す!」
ツバキに手首を掴まれてそのままボタンへと押し付けられた。充填されたマナが魔導装置へと送り込まれ、ごーん、ごーん、と大きな音が鳴り響いた。クロウの肩が大きく跳ねる。耳まで血流が上がっていくのを感じながら、クロウはボタンから指をそっと離した。
数分も経たないうちに一人のメイドが玄関にやってくる。最初こそ怪訝そうな表情ではあったが、ツバキとセバスチャンの姿を見てただ事ではないことに気がついたようで、「ご案内いたします」と言うと早足で三人を案内した。
屋敷の中の大理石の踏みなれない感触に戸惑いながら、クロウは隣を歩くツバキに小声で話しかけた。
「師匠とマオさん、本当に連れてこなくて良かったんですか?」
「あんまり大所帯で行っても印象悪いからな。それにウィザード同士顔を突き合わせてもあまり良い事にはならんだろう。特にマオのような性格はな」
「それもそうですね」
――確かにマオさんは時々……いや、結構な頻度で不躾ともとれる言い方をしてしまうからなぁ。クロウは心の中で呟いた。
「ところでクロウ君は、なぜニルズスレイヴが《秘匿剣》と呼ばれているか知っているか?」
「へ?」
予想だにしていない質問に思わずクロウは言葉に詰まる。
「正直わかんないですけど……なぜその質問を?」
セバスが少しだけ振り向くと、ツバキの代わりに答えた。
「イーデルシュタイン氏は著名な歴史研究家で、直近は秘匿剣の研究のためにジゴビアに居を構えておられるのです。ツバキ様はそのことを気遣ってのことでしょう」
「《秘匿剣》は文字通りずっとジゴビアルク家によって存在を隠されてきた剣なんだ。それがどのような姿をしているのかすら、ジゴビアルク家しか知らない秘密の剣だったんだ」
「なるほど……。でも今は一般公開されてるんですよね?レプリカも作られてましたし」
「おっしゃる通りです。現王のゴードン・フォン・ジゴビアルク様の世になってから、来たるべき選ばれし勇者の為に一般の民にも触れる機会を設けようという施策がとられ始めたのです」
「革新的な方なんですね」
「全くもって」
「こちらがイーデルシュタイン様の居室になります」
メイドが扉を開くと、前髪をかき上げた初老の男性が立っていた。背中側に束ねられた長い金髪が窓から入る夕暮れの光を反射してきらきらと輝いている。その様子だけで、自分とは住む世界が違う人なのだと感じてしまうほどであったた。
「こんな時間にあの《四天王殺し》とセバスチャン殿が直接訪れるとは、相当な緊急事態のようですな」
ジェイド・イーデルシュタインが振り返る。窪んだ目元と鉤鼻が特徴的で、お世辞にもあまり人相が良いとは言えない。
「左様でございます。といっても本件はこちらのクロウ・ロックフォール氏に任せておりますので、話は彼からお聞きください」
「ほぅ?」
ジェイドの低く圧力のある声に、クロウは思わず半歩下がった。それに気づいたセバスがクロウの背中に手を回すと、ぽんと背中を優しく叩いた。
「ご、《ご意見番》の弟子を務めさせていただきます、クロウ・ロックフォールと申します。『ディオニソスの寵愛』窃盗事件について少しお話を聞きたく参上いたしました」
「話は理解しましたが、では何故私の所にいらっしゃったのでしょうか?」
「あなたがその容疑者だからです」
セバスチャンの左手の温かみを思い出しながら、クロウは毅然とした態度のジェイドにも臆することなく言い返した。しかし同じようにジェイドも臆することなく返答する。
「なるほど……。大方どこかに魔術の痕跡でもあって私を訪ねたのでしょうな」
「おっしゃる通りです。高度な魔術戦の痕跡が発見されました。そしてこの国で最もレベルの高いイーデルシュタインさんが1番の容疑者なのです」
「ふむ……」
ジェイドはうっすらと生えた顎髭を撫でながら、考える仕草をした。コツ、コツ、コツ、と秒針が3回鳴った後、クロウを見定めるように見下ろした。まるで肉食獣が獲物を見るような構図に、ツバキは思わず意識を剣に向けてしまう。
「今は王立記念パーティの週だ。私以外にも高レベルのウィザードも参加しているのではないかね?」
「うっ……それは……」
事実として瞬間転移できるほどではないが、十分なほど高レベルのウィザードであるマオだって参加しているのだ。実際招待者ではないマオはセバスチャンの持っていたリストにも載っていなかった。
「そうでなければ今回の件、言いがかりに近いものだと思うのだがどうかね?」
その言葉を皮切りにツバキが吠えた。
「イーデルシュタイン殿!貴君の女神研究における功績は私も評価しているが、その言い草はあまりにではないか!」
「先に喧嘩を吹っ掛けてきたのはそちら側では?アポイントメントも取らずこんな時間に押しかけて犯罪者扱いしてきて、穏便に済ませろという方が難しいのでは?」
「しかし……!」
「二人とも落ち着いてください」
セバスチャンが両手を小さく上げて、二人の間に入って行った。
「確かに私達は礼を失しておりました。それは謝罪いたします。しかしこちらも特殊な事情がございまして」
「ほう?」
「こちらはゴードン・フォン・ジゴビアルク閣下直接のご依頼なのです。焦るクロウ君の気持ちも理解してあげてくださいな」
言葉こそ穏やかではあったがその目は一切笑っておらず、《俊剣》のソードマスターの物だった。ゴードンの名が出た途端、ジェイドの目つきが変わった。先ほどまでの余裕のある表情とは異なり、困惑と恐怖をなんとか冷静さで取り繕ったような表情だった。クロウの心にツバキの言っていた「絶対王政」という言葉が重くのしかかる。
ジェイドは明らかに狼狽している。先ほどまで明らかに余裕がなく、手のやり場に困り机を指で叩いている。セバスチャンはそのままゆっくりとソファーに座ると、ジェイドに座るよう手で指示した。慌てて全員がテーブルを囲うように座る。
「よろしいですかな」
「え、ええ。王の依頼と有れば仕方ありません。こちらも事情を知らず、申し訳ない」
「理解していただきありがとうございます」
クロウは手帳を広げ、少しだけジェイドに同情しながら話を切り出した。
「えとー、とりあえず昨日の動向について教えていただけないでしょうか?」




