第四話 ― 相談:ラスター・ホーク
「えーと、ここが《西の狩人亭》だよね……?」
リィエンに渡された地図と見比べながら、クロウは木製のみすぼらしい建物を見た。曰く冒険者の間で知る人ぞ知る名店で、海縁国ジゴビアを訪れる手練れの冒険者ならここを目指さない者はいないらしい。
しかしその輝かしい名声とは異なり、クロウの目の前にある建物は今にも崩れかけの――まるで戦場かのごとき荒廃っぷりだった。かろうじて埃のかぶっていない玄関はそこに人の出入りがあることが分かる程度で、普通の人ならまず入ろうとすら思わないだろう。
「ええい、ままよっ」
クロウは思い切ってドアをくぐった。目の前に現れたのは地下へと続く下り階段で、これまた無言の圧力でクロウの侵入を拒むようだった。しかし一度ドアを開いたのだ、もう後は進むしかない。クロウは深呼吸して意を決すると、二の足を踏むことなく階段を一歩一歩降りていった。
階段の先にあった木製の扉の隙間からはオレンジのかすかな光が漏れ出していて、クロウは人の存在する証拠に安心感を覚えながらドアを開いた。すると外からは想像できないほどの沢山のランプに照らされた店内が現れ、さらにそのランプに負けないぐらい沢山の人が食事を楽しんでいた。
ぽかんと口を開けて驚いていると、一人の男性がクロウに気づき近づいてくる。腰に剣を番えた男性――おそらくはソードマンだろう――がクロウに話しかけた。
「アンタ、ここは初めてって感じだな。待ち人はいるのか?所属ギルドと加護のレベルは?」
「えっと、ツバキさんとマオさんって人を探しているんですが……」
「……これは先輩からのアドバイスだが、いくらこの店に入りたいからって冗談でもその名前を出すのはよしとけよ」
「いや、本当にその二人を探しているんです」
「どこからどうみてもヒヨッコなお前があのラスター・ホークの一行と知り合いなわけ――」
「おークロウ!ここじゃここじゃ!」
一番奥のテーブル席で一人の少女が大声をあげながらぶんぶんと手を振っていた。周囲の注目が一斉に二人に集まって、少女の隣に座っている身長の高い和装の女性――ツバキが困ったように額に手を当てた。
あんぐり口を開けたソードマンに軽く礼をして、クロウは速足で二人の座るテーブルへと進んだ。《西の狩人亭》の最奥、他の席とは明確に雰囲気の異なるその席は、彼らの扱いの異質さを周囲に感じさせていた。
マオがここに座れとソファーを叩く。仕方なく彼女の隣に座ると、マオは空のグラスに葡萄酒を注ぎながら話しかけた。
「クロウ、久しぶりじゃな。元気だったか?ヘブラスカも息災か?余の外見をほめてもよいのだぞ?」
「えと、僕もヘブラスカも元気です。あとは――マオさんも相変わらずお綺麗ですね。この店のどのランプよりも輝いていますよ」
「……うむ、良きに計らえ」
マオ・アフィーリアが顔を真っ赤に染めて俯く。紫の髪・紫を基調としたローブ、そしてそこに散りばめられた様々な色の宝石。クロウは豪華絢爛をその身で体現する彼女にふさわしい言葉遣いを選んだつもりだった。
対称的に質素な淡紅藤の半着と紫の袴を着た黒髪の女性――ツバキ・ヤエが彼女から葡萄酒を取り上げると、小さくため息をついた。
「褒めろって言ったのはマオなんだから、そんな恥ずかしがっては失礼でしょ」
「これは御酒に酔ったからで……」
「言い訳しない。それにクロウ君はまだお酒が飲める歳じゃないんだから、ワインもだめでしょ」
クロウはマオがかわいそうになって話題を切り出した。
「レオさんやローさんは元気ですか?」
「うむ。ラスター・ホークはいつも通りであるぞ!」
ラスター・ホークとは彼らこそ真の勇者だと言われるほどの実力者集団であり、クロウとリィエンは以前とある事件で彼らから依頼を受けた仲だった。
「リィエンさんから軽く話は伺っていますが、また変な事件に巻き込まれているみたいだな」
クロウは恥ずかしそうに頭をかいて、ツバキからメニュー表を受け取る。
「秘匿剣ニルズスレイヴっていう伝説の剣?が盗まれたようで、その犯人探しをさせられてます」
「五光剣の一つだな。去年私も挑戦したものだ」
「挑戦?」
店員にいくつかの料理を注文する。ツバキは葡萄酒を飲みながらクロウの質問に答えた。
「ええ。今の王の代になってから王立記念パーティの最終日に秘匿剣が公開されるようになったんだ。抽選で選ばれた冒険者が皆の前でそれを引き抜けるか試すことができて、それで私もと参加したんだ」
「ツバキ姉ぇの時はちょっと動いたんだよ!ガタって揺れた時は会場がざわついたんだって!」
「……結局抜けなかったんだから、あんまり騒がないの。今年はマオに引き抜いてもらおうって私達もジゴビアに来たから、ちょうど良かったな」
ツバキがマオの頭を撫でる。クロウは二人を見て少しほっこりしながら、ツバキに質問を投げかけた。
「でも、剣だからソードマンかパラディン。バーバリアンにしか抜けないんじゃないんでしたっけ。ウィザードのマオさんじゃ難しいんじゃないですか?」
「そうだが、チャレンジ自体は誰でも出来るんだ。ダメでもともとだし、もしマオが選ばれた勇者だったら面白いだろう?」
「うむ!」
「それはそうですけど……」
マオは自信ありげに小さな胸を張った。流石に長剣の加護が無いとダメだと思うけど……とクロウは心の中で呟いたが、水を差すのも無粋なのでオレンジジュースと一緒にその言葉を飲み込むことにした。そうして喉元を過ぎたあたりで、クロウは単純な事実に気がつく。
「てことは、パーティの最終日までに秘匿剣を見つけないともしかしてマズい……?」
「マズいどころの騒ぎではないぞ」
ツバキが腕を組みながら言った。
「へ?」
「クロウ君は海縁国ジゴビアがどういう成り立ちの国かは知っているか?」
「えっと、確か難破した船員たちが自分たちで街を作って、そこが発展してできたんですよね?」
「ああ、よく勉強しているな。海縁国というのも単に海に面しているからではなく、その歴史に紐づいているわけだ」
「でも、なんでそれがマズいどころの騒ぎじゃなくなるのじゃ?」
マオが名物のマッシュルームの鉄板焼きを頬張ってツバキに聞いた。クロウも思わず唾を飲む。
「船の上というのは文字通り船長の絶対王政なんだ。孤立無援の海上において指揮系統の乱れというのは船自体の危機に直結する。だから漁師というのは厳格な縦社会なわけで、船長が快晴といえばたとえ外が嵐でも出航日和になる」
「じゃあ、そんな船員たちが作った国も――」
「勿論厳格な縦社会だ。といってもほとんど身分制度に隠されてはいるがな。つまり、皇族からの依頼というのは依頼ではなくほとんど命令と解釈すべきだ。失敗すれば一定の罰は免れないだろう」
「え……」
クロウが手に持っていたフォークをぽとりと落とした。テーブルの上に落ちたフォークは一度バウンドし、床へと落下する。
ツバキはそのフォークが床につく直前で素早く拾いとると、クロウへと渡した。
「安心しろ。乗りかかった船だ。私も協力する」
「よ、余も力になるから安心せい!そのためにリィエン殿はクロウ君をここによこしたのじゃからな」
マオの一言でクロウは集中力を取り戻した。――そうだ、師匠がここを頼れと言ったんだ。それにはちゃんとした理由があるはず。師匠が言う直前は何の話をしていたっけ……。
「そうだ!」
クロウが声を張り上げた。二人の視線がクロウに集中する。
「マオさん、ちょっとお願いしたいことがあるんですけど良いでしょうか?」




