第二話 ― 現場調査②
クロウは宝物殿の様子を見た。台座を最奥に構える宝物殿に扉という扉は正面の一つしかない。対して採光用の天窓はいくつかある――が、開くタイプではないようだ。マナ駆動の換気扇も見えるが、それも侵入に使えるほどの広さではない。
リィエンも同じように周囲をチェックしている。クロウはそれを見て少しだけ自慢げに彼女に話した。
「【侵入経路はドアだけ】みたいですね」
「そうだね。でも、壁の作りが対魔法素材になってないね。【高位のウィザードならどこからでも侵入できる】かもしれないよ」
「申し訳ありません。なにぶん古い作りなもので。その代わりにウィザードについては王室に入る際に厳重に管理させていただいております」
「ふむふむ。ちなみに昨日のパーティに参加した高位のウィザードは?」
「ジェイド・イーデルシュタイン様が参加されております。Lv.70のアークウィザードで短距離の瞬間転移が可能ですね」
瞬間転移とは、Lv.60以上のアークウィザードに与えられる女神の加護の一つで、即時に自分の位置を移動させることができる技である。道中の障害物も超えることができるが、距離感を誤ると壁の中に転移してしまうリスクもある魔法である。そのためクレリックを連れて行うのが一般的である。
「Lv.70だと、透視も使える感じかな」
「はい。最近見つかった壁の向こうを見る魔法ですな」
「つまり【ジェイド氏ならノーリスクで瞬間転移が可能】、と」
「ええ。しかしイーデルシュタイン家は根っからのウィザード一家です。長剣の加護を持っているとは考えにくいかと」
「いずれにせよ聞いてみないと」
「勿論でございます」
「あ、ところでこの台座って薬品とかかけていい?揮発性のやつなんで跡は残らないんですけど」
「跡が残らないのならば」
「よしきた!」
釘を刺したセバスの事も気にしないで、リィエンはスリットから紫の液体の入った試験管を取り出した。慣れた手つきで霧吹き用の蓋を取りつけると、台座に思いっきり吹き付けた。
「ほ、本当に消えるんですね?」
「だいじょぶだいじょーぶ」
リィエンが魔法陣を展開するとすぐに穏やかな風が発生し、すぐに紫の液体を吹き飛ばしていった。初めて動揺した表情を見せたセバスをみて少しだけクロウは嬉しかったが、台座にいくつか紫の波紋のような痕跡が残った。セバスの表情が一変する。
「痕跡は残らないのではなかったのですか?」
「拭けば取れるから大丈夫ですって。これとっても大事なことなんだからー」
「それで、何をされたのですか?」
「ここ見て」
リィエンが紫の痕跡を指さした。一つは小さな波紋で、もう一つは手の形をした波紋だった。
「それが何か?」
「吹きかけたのはシアン化合物の一つでね、指紋についた脂と固着して固まる性質があるんだ。ここは私が触ったところ。ではこの【小さな手形】は誰のだろうね?」
「もしや犯人の……!」
「まだそうとは限らないけど、可能性はあるわけだ」
「御見それいたしました……」
「いーってことよ♪」
しかしこの世界ではまだ指紋についての詳しい情報については分かっていない。指紋の細かい模様まで見ることが少なく、そもそも多くの人にとって指紋の差異など些事だと思われていたからである。せいぜい手の大きさを比べるのが関の山で、指紋から抜本的な解決が見込まれるようになるのはこれよりずっと後のことである。
「でもさー」
リィエンはあえて低い声でセバスに話しかけた。
「正直こんなにあっさり盗まれるだなんて、流石に杜撰なんじゃない?そりゃ抜けないかもしれないけど、伝説の剣なんでしょ?」
セバスは申し訳なさそうに答えた。
「それは……実際として、そう簡単に奪えるものでもないという驕りがあったことは否定しません。しかし当日は【王立記念のパーティ】があった故、宝物殿への出入りも多かったのです」
セバスがそう言った時、宝物殿の扉が開く音がした。振り返ると一人のメイドが肩で息をしながら三人の方へと駆け寄ってきた。
「セ……セバスさま。ご報告したいことがありまして」
「落ち着いてください、ローレル。今は秘匿剣ニルズスレイヴの件で来客対応中です。まずはご挨拶を」
ローレルと呼ばれた女性がクロウとリィエンの方を向き、深々と礼をした。
「はい。セバスに変わりメイド統括を務めさせていただいております、ローレル・レーベルと申します」
舌を噛みそうな名前だなとクロウは思ったが、キュッと口を締めることにした。セバスは彼女が落ち着くのを待ち、ゆっくりと話し始めた。
「それで、どのような要件でしょうか」
「はい。えと、……【ディオニソスの寵愛】が見当たりません……」
「本当なのですか?改めて確認はしたのですか」
”ディオニソスの寵愛”というワードが聞こえた時、セバスの目が大きく開いた。クロウもそれを見逃さなかった。
「そのー、ディオニソス?の寵愛というのは、何か特殊なお酒なのですか?」
「いえ。その酒自体はただのワインなのですが……」
「ですが?」
「その、出土品でして……。その価値でいうとおおよそ10万ゴルド程になります」
「ユニークアイテム並みじゃないですか!!」
「錬金術師の年収何年分なんだろうね、ハハ」
実際のところでいうと錬金術師は研究に高価な素材が必要な分、研究費などの支援もあり実際にはそこまで薄給というわけでもない。乾いた笑いをする師匠を無視して、クロウはローレルに質問した。
「昨日の王立記念パーティで間違えて開けられてしまった可能性はありませんか?」
「私もそう思いまして廃棄予定の空き瓶を片っ端から調べていたのですが、ディオニソスの寵愛だけ見当たらなかったのです」
「ではつまり……」
「盗まれた可能性が、あります」
「ふむ……」
リィエンは唇に指を当てながら思考をめぐらせた。クロウはその仕草に良くないとわかっていても目が惹かれてしまった。幸い彼女は思考に集中していたようで、その事をからかわれることはなかったが。
「ひとまず昨日の動向を聞いていくしかないかなぁ。セバス殿も協力してくれるかい?」
「ええ、今日はリンクス王子も外出中ですから、力の限り協力いたします」
------------------------------------------------------------------------------------------------
● クロウの手帳②
■ 宝物殿について
【侵入経路はドアだけ】
【高位のウィザードならどこからでも侵入できる】
【小さな手形が台座についていた】
■ 王立記念パーティについて
【ジェイド・イーデルシュタインという高位のウィザードが参加】
【ディオニソスの寵愛が盗まれた】




