第一話 ― 現場調査 ①
「こちらが、盗まれた《秘匿剣》ニルズスレイヴの台座でございます」
宝物殿の最奥、まともに光も差し込まない薄暗闇の中で強烈な存在感を放つその台座は、クロウとリィエンの視線をがっちりとつかんで離さなかった。
単なる石造りで派手な装飾も無いはずなのに、その台座からは圧倒的な――神聖さとも表現していいほどの高貴さを感じられ、安易に触れるどころか近づくことさえ勇気が必要なほどであった。
「い、一応確認ですけど、選ばれし勇者にしか引き抜けないというのは本当なんですよね?」
クロウの質問にセバスチャンは白髪を揺らしながら深くうなずいて答える。クロウはそれを見て思わず背筋が伸びた。彼の鼻に一文字に残った大きな傷跡や切れ目がちな彼の瞳に言いようもない圧力を感じたからだ。
「勿論でございます。現に先代の国王はニルズスレイヴと台座を動かすことができず、ここを中心に宝物殿を築き上げたのですから」
「台座が削れちゃったら伝説の勇者かどうか分かんないからねぇ」
リィエンはしゃがんでその台座にそっと触れる。彼女にとっては伝説の剣も台座もただの台座のようだ。むふーと笑いながらリィエンはセバスチャンの方を振り向いて口を開く。
「でも盗まれちゃったんだよね」
「ええ。不甲斐ない事ですが」
「容疑者は分かってるのかい?」
クロウは手帳と携帯用の筆ペンを取り出すと、セバスチャンの動向を待った。彼は手袋の皺を整え、空になった台座の穴を見つめながら話した。
「メイドの一人が【昨晩に怪しい人影を見た】と話しております。専らの容疑者はその人かと」
「ふむふむ。メイドが盗んだという可能性は?」
「あり得ません。【伝説の剣は選ばれし勇者にしか引き抜けない】のですから。勇者ではない彼女は容疑者足りえません」
勇者とは魔王に対抗するため女神から復活の加護を受けた人々のことを指す。加えてそれぞれの得意な事――通称して職業と呼ぶ――に応じて別種の加護を受け、その加護の効果は職業の熟練に応じて更に高まっていく。
リィエンは振り返るとぐぐっと大きく伸びをした。赤いアオザイ風の衣装が伸縮され彼女の凹凸したボディラインが強調される。クロウは思わず目を逸らした。
「じゃ、執事さんも容疑者ってことネ」
「師匠!!」
「一応理由を聞いても?」
「《俊剣セバス》、流石に私だって聞いたことあるよ。ソードマスターの称号まで手にした貴方がなぜこんな鞘に収まっているのかは気になるところだけど」
「それはおいおい話しますとして、そこまでお調べになっているとは流石でございます」
「《ご意見番》だからね」
面と向かって疑っていると言っても微動だにしない彼の様子をクロウは敬意を持って見つめていた。優れた戦士はみなその技量と同じく懐も大きい。強者ゆえの自信と謙遜は尊敬に値するとクロウはその身をもって感じていた。
「では、加護の関係で容疑者になりうるのはどなたなんでしょうか?」
リィエンがクロウの方に近づくと、不機嫌そうな表情でクロウのおでこを中指ではじいた。
「いてっ」
「不勉強だぞー。もしくは発想が足りとらん!」
「分かりましたから、どういうことか教えてくださいよ」
「これを見て」
リィエンは足のスリットの奥に手を突っ込むと、太ももに巻き疲れたポーションベルトにはさんでいた一枚の羊皮紙を取り出した。そこには一枚の剣の絵と共に次のような文章が添えられていた。
『《秘匿剣》ニルズスレイヴのレプリカ 創立記念日により今ならなんと10%オフの27シルバ!買うなら今!』
「こ、これは?」
「セバス殿、本物ニルズスレイヴの外見はこの絵と同じかい?」
「ええ。勿論でございます」
「つまりニルズスレイヴの武器種はロングソード。この柄の長さだとツヴァイヘンダーだね、ということは?」
「【装備できるのは長剣の加護がある職業】のみ、ということですか?」
「そういうこと、つまり?」
「【容疑者はソードマン(ソードマスター)・パラディン・バーバリアンの3職】……ですね」
「加えて【過去にその3職になっていたことのある人物】も容疑者だね」
「すみません、その可能性を失念していました」
「いーのいーの。転職するケース自体がそもそもレアケースなんだから、あくまで念のためってこと」
「バーバリアン、ですか……」
セバスチャンが不意に考える仕草を始めた。切れ目がちな彼の眼光は、徒手ながら歴戦のソードマンとしての鋭い風格をクロウに感じさせた。リィエンはそれを気にする様子もなく彼に続く。
「バーバリアンに心当たりがあるのかい?」
「心当たりというほどではないのですが、ヴァングという鍛冶師がバーバリアンでして」
「その方が、今回の件に関係あるのですか?」
「宝物殿に保管されている宝石や功績を鍛冶に用いる関係で、彼同様に宝物殿に自由に出入りが出来るのです」
「なるほどねー」
王室御用達の鍛冶師に最も重要なのは皇族との信頼関係である。王やその近衛兵が使用する武器を作る関係上、その仕事にムラやミスは一切許されない。王族に関わる鍛冶師というのはその国で最も腕の立つことの証明だけでなく、彼らから最も厚く信頼を寄せられているということの証だ。貴族並みの扱いはもちろん、時には彼らを超えた権限を持つことすらある。
「【容疑者はメイドの見た怪しい人物とヴァングさん・セバスチャンさん】ですかね?兵士の方々はどうでしょうか?」
「我が国は海沿いの国であるがゆえに、槍術の方が広く発展しております。そのため兵士は 槍使いか 弓使い・ 魔法使いのどれかで構成されます」
「つまり可能性は低いと」
「はい。念のため、長剣の加護を持つものがいないかは改めて調べておきます」
「そうしてくれると助かるかな」
クロウは手帳にそれらを書き記すと、改めてニルズスレイヴの刺さっていた台座を見た。30cm程の細長い空洞はその剣の刀身の巨大さを示している。しかしその穴の長さの割に厚みは3cmが歩かないか程度に薄く、通常の剣だとするとかなり頼りない。クロウはそれを伝説の剣が故に成立しているのかとひとまず解釈することにした。
「伝説の剣って随分大きいんですね」
「ニルズスレイヴはニルズ神が天界からこの地表に授けた剣と言われております。その刀身の大きさも神が授けたゆえだと先代の王より聞き及んでおります」
「神様サイズってこと……ですかね?」
「はい。おそらくは。【選ばれし勇者というのも相応に大きい】のではないかと思っております」
クロウはセバスチャンと会話しながら思う。――ああ、今回もまた面倒くさそうな事件に巻き込まれてしまった。師匠は嬉しそうだけど、国王直々の依頼なんて絶対受けたくなかった。
クロウは小さくため息をつきながら、自分の手帳の記載を見直すことにした。
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● クロウの手帳①
■ 容疑者について
【メイドの見た怪しい人物】
【セバスチャンさん】
【ヴァングさん(王室御用達の鍛冶師らしい)】
※他にも可能性は十分ある
■ 秘匿剣ニルズスレイヴについて
【装備できるのは長剣の加護がある職業】
【ソードマン(ソードマスター)・パラディン・バーバリアンの3職】
【過去にその3職になっていたことのある人物も可能性がある】




