第十九話 ― 解決編③
ソーン・グレイは生まれつき両親がおらず、孤児院を出る齢十二にして冒険者として生きる道を選ばざるを得なかった。しかし彼女は一人のソードマンとして友人と仲間を信じていた。冒険者とは共に命を預けあう仲間であり、連携には信頼関係が欠かせないものだったからだ。彼女がパーティを追放されるまでは――。
きっかけは些細なことだった。リーダーのパラディンがクレリックと関係があるのにグレイと不意に距離が近くなったこと。そしてそれをクレリックに見られたこと。たったそれだけのことだったが、チームの信頼を崩す不安の種としては十二分だった。連携は次第に崩れていき、崩れた連携は更なる不和と不安を呼んだ。
負の連鎖は渦を巻き、パラディンとクレリックはお互いの信頼を取り戻すためにグレイを排除する決断を下した。結果パーティの結びつきこそ取り戻せたが、代わりにグレイは人を信じることができなくなった。
”バツイチ”の冒険者の末路は悲惨である。追放されるということは何かしら問題を抱えていたと認識されるのが一般的だ。それが本人が悪いかどうかに関わらず、円満解決がなされなかった冒険者に次の席は無い。バツイチの冒険者を受け入れるリスクを取るくらいなら、初心な冒険者をひっ捕まえて自分のパーティの色に染め上げたほうが確実だからだ。
グレイは次第にソードマンクランからも孤立していき、次第に仕事のあっせんすらしてもらえなくなった。戦うこと以外知らなかったグレイは自ずと暗い道へと進んでいった。
グレイはクロウ・ロックフォールのことをそんなかつての純真さにあふれた自分と重ねて見ていた。根拠もなく自分のことを信じると言った彼を――あの時の純朴だった自分を、今度は絶対に裏切らない。その決意は迅速で、それでいて強固だった。王に躊躇なく刃を向けられるほどまでに。
「貴様……謀ったか!!」
「グレイ、ナイフは下ろしてっ!」
「クロウは知らないだろうけど、交換条件に人質は必要なの。クロウがワインを安全に受け取ったら私も王を解放する。軽く傷つけたのは冗談じゃないと示すため」
グレイの意志は彼女の持つナイフのように鋭く、硬く感じられた。クロウは狂暴な動物と対峙するかのように落ち着くように指示しながら、王とグレイにゆっくりと近づいた。
王も緊張した面持ちでクロウにディオニソスの寵愛の入った袋を渡す。クロウも慎重にそれを受け取ると、グレイはすぐにクロウの背中に移動してナイフを構え直す。セバスも呼応するように剣を構えた。
一瞬の沈黙。
しかしクロウにはそれが永遠の時間のように感じられた。少しでも緊張の糸が途切れれば次の瞬間にはどちらかが死んでいる――そんな一触即発の気を前に、クロウは肩に力を入れて立ち尽くすことしかできないでいた。
「双方、剣を収めよ」
鶴の一声を放ったのはリンクス王子だった。そのまま堂々と二人の間に割って入る。
「しかし王子!!」
「不服か?それとも余にこれ以上恥をかけと申すか」
「ですが……」
食い下がるセバスの肩に軽く手を置いて、リンクス王子はグレイに近づく。クロウもグレイに落ち着くように言った。
「一度落ち着くがよい。クロウの説明のために必要なのだろう。わざわざ事を荒立てることもあるまいて」
「リンクス王子は良いのですね、それで」
「良いと言っておろう。余に何度も同じことを言わせるな」
「申し訳……ありません」
「ではクロウよ、ディオニソスの寵愛をどのように扱うのか余に説明して見せよ」
「は、はぁ」
場の空気が一瞬にしてリンクス王子に支配されて、クロウは気の抜けた返事をしてしまった。すぐに我を取り戻すと、クロウはグレイに槍を預けた。
「どこから説明しましょうか……。まず、どうしてジェイドさんがディオニソスの寵愛を見ようとしたのかを考えるところからです」
「……っ」
ジェイドはバツが悪そうに自身のローブで手汗を拭く。
「答えは単純で、ディオニソスの寵愛が何かしらの歴史的意味を持つからです。好奇心の範疇でただ見たいというのであればあまりにリスクの大きい代物ですから、裏を返せばそのリスクをかけるだけの価値がある情報が隠されているということです」
「情報?」
「ええ、というかモニカさんはまだ知らなかったんですね」
「オレが?なんで?」
「理由は見ればわかると思います。僕と師匠の予想が正しければ、ここに描いてあるのは――」
そう言ってクロウがずだ袋からディオニソスの寵愛を取り出した。
一行ははっと息をのんだ。そのワインボトルのラベルには、神が人間に一本の槍を授ける瞬間が描かれていたのだ。――そして、その槍の矛先は、グレイの持っている槍と同じ形をしていた。
「これは五光剣の予言、ニルズ神が地上に向かってこの槍を授けている瞬間です」
「待てよ!ニルズスレイヴは剣じゃなかったのかよ」
モニカがニルズスレイヴのレプリカのチラシを広げて見せた。そこには確かにツヴァイヘンダーの図画が描かれている。クロウはそれを取り上げると、ディオニソスの寵愛のラベルの横に置いた。
「ご覧の通り、実際のニルズスレイヴと広く流通しているレプリカは大きく異なります――形どころか、その武器種までもが。これは何故でしょうか?」
クロウはグレイから槍を受け取り、それをマエストロに向けた。
「その答えはご存じでしょう、マエストロさん」
周囲の視線が一斉に彼に集まる。
「っ……悪いが知らんな。それに何故俺だと言えるんだ」
マエストロが言う。しかしそれが苦し紛れに放った言葉だというのは誰の目から見ても明らかだった。
「根拠はシンプル、グレイさんに依頼した内容です。あなたはジェイドさんを止めるために”宝物庫に入れるな”ではなく”ディオニソスの寵愛を盗め”と依頼しました。もちろんグレイさんがシーフであることを考えればそっちの方が確実だと考えたのでしょう。――しかしそれは同時にあなたがディオニソスの寵愛についての秘密を知っている証拠でもあるのです」
「んぐっ……」
マエストロは何とか返す言葉を探したが、唸り声をあげることしかできなかった。そして同時に、それはクロウの推理が正しい事を表していた。
そんな中でモニカは元気よく片手をあげて「はーい」と言う。クロウもどうぞと彼女に質問を促した。
「でもよ、マエストロが知ってたといって、結局レプリカと本物の形の違いはどう説明するんだよ」
クロウは想定通りだというように即座に答える。
「二つの形を見比べれば、答えは自ずと見えてきます。マエストロは元のニルズスレイヴを覆い隠すように剣を鋳造したんです」
「ばっ……馬鹿な!そんな芸当、出来るわけない!」
ジェイドが吠えた。
「確かに現実的じゃない。ですが傷つくことのないこの台座と同じ性質をニルズスレイヴが持っているのなら、可能です」
「そうではなく、技術的な方でだなぁ……」
「実際に剣として振られるものでもないのだから、最低限固く、そして尖っていればいいんです。それであればマエストロさんほどの腕ならば不可能ではないはず」
「まぁ、おやっさんなら出来なくはないだろうけど……」
モニカも半信半疑な様子だ。しかしそれ以上誰も喋ることはできなかった。それはマエストロに対する技術面での圧倒的な信頼と、ディオニソスの寵愛のラベルの絵の事実を否定できなかったからだ。
クロウはそんな周囲の様子を見て表情一つ変えずに続ける。
「皆さん半信半疑のようなので、これはいったん断定不可能な仮定として進めます。そしてこの仮定に立つならば、選ばれし勇者の候補からソードマンとバーバリアンが外れます。そして代わりに 槍使いが候補に挙がるんです」
「それでは、全兵士が対象になってしまうではないか」
ゴードン王の指摘にもクロウは動揺しない。
「いえ、宝物殿に入るチャンスは限られています。パーティ中は二人が戦闘していました。それは他の盗っ人が護衛の人と戦っているように見えたでしょう。入ろうとは思わないはずです」
「なるほど。余の問いも想定通りという訳か」
「そうなると事件発生のタイミングはパーティの前後どちらかに限定されます。つまり《ニルズスレイヴ窃盗事件》の犯人は警備に怪しまれずに侵入できるバーバリアンか 槍使いのどちらかです。そして鍛冶の際にニルズスレイヴに触れていることが予想されるマエストロ氏は、選ばれし勇者である可能性は低い――」
クロウの言葉に、王と王子以外の全員が目を泳がせた。それは動揺しているというよりは、特定の人物の方を見てしまわないよう、見るものを必死に探すようであった。
「き、貴様……!それはまるで――」
「ええ。今回の《ニルズスレイヴ窃盗事件》の犯人は、リンクス・フォン・ジゴビアルク王子だというのが、僕の結論です」
「所詮仮定の上に立った推論だろう!!では《関係者殺人事件》はどう説明する!モニカはさておきイーデルシュタインは王子より遥かに高レベルの冒険者だ!私ですら容易に手を出そうとは思わんぞ」
セバスが吠える。クロウはセバスを一瞥してから、リンクス王子に向かって静かに語りかけた。
「セバスさんが共犯とするならば説明が可能です。最初の被害者は自分自身を殺し、その後モニカさんを殺害した」
「イーデルシュタインは!」
「ニルズスレイヴの【女神の加護】が【透明化】の能力だとしたら、説明は可能です。ニルズスレイヴ自身、加えてその使用者自身を任意に透明化できる力を持っているとしたら、イーデルシュタインさんを不意打ちすることも可能です」
「それも憶測ではないかっ!!」
「仮にニルズスレイヴの能力が透明化だとしたら、【女神の加護】を発動させるためにリンクス王子はまだニルズスレイヴを装備中のはずです。リンクス王子、失礼を承知でお願いしますが、あなたに触れてもよろしいでしょうか」
クロウの前にセバスが立ちふさがる。両手で長剣を構え、その刃先はクロウの首元に触れている。怒りか焦りか、力を込め過ぎたその剣は震え、クロウの首筋に触れたり離れたりを繰り返していた。
「クロウっ!王子を疑うどころか触らせろなどと、その非礼、成敗してくれるっ!!」
「――もう、良いのではないか」
声を荒げるセバスの肩に、リンクス王子の手が置かれた。




