第十七話 ― 解決編①
「ほ、本当に師匠が殺されたんですか」
早足で歩きながら、クロウ・ロックフォールは右隣を歩くセバスチャンにたずねた。
「ええ、おそらくは。残された遺留品が錬金術師のものでした」
「師匠って、昨日言ってた錬金術の人?」
左隣を歩くソーン・グレイがクロウの裾を引っ張る。クロウは頷いた。その顔には焦りと困惑、そして不信の色が混ざり合っていた。
「じゃあ復活は出来るんだ」
再びクロウが頷く。今はそれだけがクロウにとって救いだった。
殺されたといっても復活はできる。しかし、何も失わないわけではない。女神の復活による副作用――死の直前までの記憶の欠落が発生するからだ。それは即ち今回の事件の手がかりが失われていることを意味していた。
「こちらです」
セバスが宝物殿の重い扉を動かす。ギィギィと金属同士が擦れ合う音が鳴って、クロウは思わず顔をしかめた。同時に一つの疑問が湧いてくる。
しかしなんで師匠が宝物殿に?もう現地調査は終わっていたはずだ。ディオニソスの寵愛もジェイドさんが保管していて、宝物殿に残されてはいないはず。――では、どうして?
疑問に答えが出ることもなく、クロウはセバスについていく。宝物殿の奥にはリンクス・フォン・ジゴビアルク王子が考える仕草をしながら台座を見つめていた。をこには見慣れた錬金術師の道具一式が落ちていた。
「おお、クロウが来たか」
足音に気づいた王子がクロウの方を向く。思わずクロウは跪こうとするも「よい」とそれを制止する。セバスが軽く一礼をして、クロウとリンクス王子を交互に見た。
「こちらが殺害現場になります。第一発見者はリンクス王子と私。宝物殿から物音が聞こえてきたというので確認したところ、このような状況になっておりました」
セバスが手で示した先には、数本の試験管が刺さっているポーションベルトと死んだ冒険者の魂であるソウルが地面に浮かんでいる。そして試験管には彼女のと思われる血がベッタリとついていた。
師匠が殺されたとき、痛かっただろうか。クロウの胸がチクリと痛む。
「ジゴビアの教会とヴィーノの教会では女神の種類が異なるらしくな、今ヴィーノの方に連絡を取っているところだ」
「ヴィーノは冒険者の街です。師匠が復活するのは、おそらく早くて明日の朝、混雑していれば夕方ぐらいになるかもしれません」
「そうか。では、今回の王立記念の最終日までに《秘匿剣》を取り戻すのは難しいか……」
リンクス王子が腰に両手を添え、唇をかんだ。
「依頼は失敗、ですかな」
セバスがため息交じりに言う。消沈する二人と対照的に、クロウの心臓はばくばくと音を立てていた。
まずい。このままだと本当に事件が未解決のまま終わってしまう。ジゴビアから科せられるペナルティとは一体どんなものなんだろうか。……それにこの事態は僕が招いたようなものだ。別々に調査してしまったから師匠は不意をつかれてしまったんだ。僕がいれば、せめて身代わりぐらいにはなれたのに……。
クロウの腹の中でマイナス思考が更なるマイナス思考を生み出して、負の連鎖がぐるぐると渦を巻き始めた。その様子に気づいたリンクス王子が、クロウの肩を軽く叩く。
「まぁそう気をやるな。これも例の《影の組織》とやらの仕業だろう。そこまではこの者の調査で分かったことなのだ。依頼自体は達成できなかったがそれに足りる十分な成果を上げた、と余がゴードン王に話しておこう」
「しかし……」
クロウは不満を口に仕様と仕掛け、再び目を伏した。このままでは、彼女にかかれば解けない謎はないという《ご意見番》の名に傷がついてしまう。それも理論的ではなく、極めて物質的な理由で。クロウはそれだけは我慢がならなかった。でも彼女の復活を待っていては事件が解決する前にタイムリミットが来てしまう。
もう《《詰み》》か――そう思いかけたクロウの眼前にふと、師匠の装備品が映りこんだ。
そういえば師匠は何を調べようとしていたのだろうか。彼女のポーションベルトは全て試験管やアンプルがそろっている。しかしそれとは別にかなり大きなフラスコが近くに転がっていた。クロウは考える。不自然な大きさの三角フラスコは、おそらく『増幅』の魔法を使用したものだ。しかしどうして増幅を行う必要があったんだ。
虎穴に入らずんば虎子を得ず。クロウはそんな極東の諺を思い出しながら、フラスコの中の透明な液体に指を突っ込んだ。しかし液体と思っていたものは固まっており、クロウの指をふよんと弾いた。
液体だったものが冷えて固まったんだ。樹脂のような物質か――――樹脂?
その時、クロウの中でつかず離れずしていた点と点が、樹脂によって線を結び始めた。ハッと振り向いてクロウは言う。
「皆を集めてください。この事件の全容が、つかめた気がします」
リンクス王子は「ほぅ」と手を顎に添えながら、ニヤリと微笑んだ。
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狭い宝物殿の中に、これまでの4人に加え、ジェイド・イーデルシュタイン、ヴィンセント=マエストロ=ヴァング、ヴィンセント=モニカ=ヴァングの3人が呼ばれる。7人もそろうと流石に手狭に感じられ、セバスは「外で話すべきでは」と提言したが、クロウはそれを突っぱねた。
全員がそろいクロウが説明を始めようとしたとき、宝物殿の鉄の扉が叩かれ、轟音が殿の中に響き渡った。全員の視線が玄関に集まる。鉄扉が軋むような音を立てて開く。宝物殿の空気が、一瞬で変わった。
逆光に照らされたそのシルエットは、およそ人の物とは思えない大きなものだった。
「……ゴードン陛下」
セバスが静かにつぶやくように言った。同時に皆が地面に跪く。グレイに裾を引っ張られ、クロウも慌てて地面に伏した。
その中で唯一直立したリンクス王子がゴードン王をまっすぐに見た。
「ゴードン陛下、いかがなされましたか」
クロウはちらりと目を上げてゴードン王を見た。赤を基調とする煌びやかなマントに、ゆったりとした灰色の口髭、そこだけみれば物語によく出てくる王の姿そのものだった。しかしそのマントから覗かせる腕はまるで丸太のように太く、筋肉は岩のようにゴツゴツとしていた。
「セバスが色々と引き連れてここに行くのを見かけたのでな。何をしているのかと思って気になって様子を見に来たのだ。して、何をやっておるのだ?」
「こちらのクロウ・ロックフォールが今回の《秘匿剣》窃盗事件の真相を解き明かしたいとのことで、これからその内容を聞くところでした」
「ふむ、この少年がか。よろしい、全員面を上げよ。余のことは気にせず存分に披露するがよい」
頭上から声が聞こえてくる。クロウは顔を上げると、他の面々もそれに続いた。
ゴードン王も来てしまった以上、もう間違えられる状況じゃない。クロウは覚悟を決め、全員を見回した。
「では、ゴードン陛下もいらっしゃったことですし、改めて事件の概要から話しましょうか。まず今回の事件は、大きく分けて3つの事件に分割できます。
① 《秘匿剣》ニルズスレイヴ窃盗事件
② 『ディオニソスの寵愛』窃盗事件
③ 関係者連続殺人事件
このうち、『ディオニソスの寵愛』窃盗事件については既に事の詳細が明らかになっています」
「ほう?」
ゴードン王が答える。
「イーデルシュタインさんが『ディオニソスの寵愛』に秘められた真実を確かめようとし、そのことをマエストロさんに相談をしました。しかしマエストロさんはそれをよく思わず、防ごうとしてグレイさんに先に取ってくるように依頼をします。そしてパーティ当日、グレイさんと鉢合わせたイーデルシュタインさんは、グレイさんをただの盗っ人と勘違いし、戦闘の末ディオニソスの寵愛を保護しました。これがこの事件のあらましです」
「そいで俺がちゃんとジェイドから預かっています。これですぜ」
そう言ってマエストロは布に包んだ荷物をゴードン王に渡した。皆に見えないよう慎重に布を取ると、王は一度頷きクロウの方を見た。
「見事。良く事件を解決して見せた。それで残りの事件についてはいかがなのか」
「重大さで言えば③の関係者連続事件についてですが……まずは概要説明をしましょう。何者かによって今回の事件の関係者のセバスさん・モニカさん・イーデルシュタインさん、そして師匠のリィエン・スタッシュホールドが殺害された事件です。の事件についても既に犯人は分かっています。ですが、それを語るにはまず《秘匿剣》の事件を説明しなければなりません」
「ほう。では楽しみは後に取っておくとしよう」
ゴードンがひげを触りながら言う。クロウは空洞になった台座の穴を一瞥してから、皆をぐるりと一瞥した。
「では、次の事件に行きましょう。《秘匿剣》ニルズスレイヴ窃盗事件についてです」




