第十五話 ― 事情聴取:被害者たち
クロウは振り返ると、小さく咳ばらいをした。
「では僕は僕で調査を始めようと思います。そこで少しだけ皆さんにお話を聞かせてくださいませんか?」
「いいぜー」
モニカが元気な声で返事をする。しかしクロウの視線は彼女ではなくその奥に向かっていた。
「いえ、僕が聞きたいのはあなたです――マエストロさん」
「あ?俺か?」
マエストロはクロウのことを一瞥すると、新たなリンゴを剥き始めた。
「はい。どうしてあなたが《ディオニソスの寵愛》を盗むようにグレイさんに依頼したのか、聞かせていただけますか」
マエストロの手が止まる。チラリと横目でクロウを見た。
「お前な、冗談にしても笑えるもんとそうで無いもんがあるってもんだ。そいで今のは笑えない方。賢いお前ならわかるよな?」
「いえ、冗談では言っていません。グレイさんから直接聞きました、あなたに依頼されたのだと」
「なっ……!?あいつ、あれだけ口が硬いって噂だったのに――」
「すみません嘘です、グレイさんは依頼人について教えてくれませんでした。ですがその反応ということは、やはりあなたが依頼したんですね」
「お前っ!?カマかけやがったな!!」
「ええ。すみません。こうでもしないと口を割らないと思ったので」
「チッ……!」
「しかし分からないんです。マエストロさんなら別に宝物殿には自由に出入りできるはず。そんな人がどうしてグレイさんに依頼するリスクを取ったのか」
「盗んだってばれるのが嫌だったからじゃねーの?」
二人の間に割って入ったのはモニカだった。つまらなさそうに手を頭の後ろに回して、唇に挟んだつまようじをふりふりと揺らしている。
「モニカさんのおっしゃる通り、依頼する理由として最も妥当なのは【自分が犯人だと思われたくなかった】からです。しかしそれはつまりジゴビアに楯突く行為です。それは弟子のモニカさんの立場も危うくするのですが、その解釈で良いんですね?」
「お前……っ!」
「であれば、セバスさんにそう報告させていただきますが」
マエストロのナイフを持つ手に力が入り、ジェイドも思わず身構えた。まるで大型のモンスターでも突然出現したかのような、そんな緊張感が病室に走る。
おそらく一分も経っていないだろう。しかしクロウには永遠にも思え。そしてクロウの予想に反し、最初に沈黙を破ったのはモニカだった。
「まずは、クロウの話を聞いてみるのはどう?こいつだっておやっさんが悪者だとは思っちゃいなさそうだしよ」
「どうしてそう言える」
「目ぇ見りゃわかんだろ。別にアンタを疑ってるわけじゃねえよ」
「しかしだな……」
クロウも縋るように彼女に続いた。
「僕はマエストロさんについては半信半疑と言ったところで、100%疑っているわけではありません。それにこの話をするにはもう一人にも話を聞かなければいけないんです」
「もう一人?」
「ええ。宝物殿で争っていたもう一人、ジェイド・イーデルシュタインさん、あなたにです」
クロウに集まっていた視線が次はジェイドに集中する。ジェイドは乾いた咳払いをすると、深く響きのある声で語り始めた。
「おそらくそれもグレイとやらの証言なのだろうな。しかし彼女一人の証言に――それも金一つで容易に主義を変えるような――下層の民の証言に依存するのは、探偵としては恥ずべき姿勢だと思うがね。それにグレイの証言だってただのウィザードを私と見間違えた可能性もあるだろう。私と決めつけるのはあまりに早計ではないかね?」
マエストロも軽くうなずくと、咎めるような視線をクロウに送った。一方のモニカは突然の情報量に目をパチクリさせている。
クロウは彼らを一瞥した後、まっすぐにジェイドを見た。彼のいうことは最もだ。そもそもジェイドとグレイにそこまで面識がないだろうし、高レベルのウィザードが白いかつらをかぶるなど少しの変装だけでグレイはジェイドだと認識するだろう。しかし彼の理論武装にも億すことなく、クロウは反撃を開始した。
「ええ。しかし問題は盗まれたのが《ディオニソスの寵愛》と《秘匿剣》ニルズスレイヴだということです」
「どっちも売れば一生遊べるユニークアイテムじゃんか」
モニカが横槍を入れる。しかしその反論もクロウの想定内だった。
「モニカさんのいうことは最もです。そしてユニークアイテムだからこそ、違和感があるんです」
「違和感?」
「はい。宝物殿には文字通り多数の宝物が収められています。鍛冶の素材となる宝石や希少価値の高い魔法素材……それらは全て足がつきにくく、盗む側のリスクは極めて低いと言えます。裏を返せばユニークアイテムはどうでしょう」
「……一般の市場に流すことすら難しいだろうな。扱うだけでジゴビアに喧嘩を売ってるようなもんだからな」
「そっか。じゃあ宝石とかとったほうが《《パ》》がいいのか」
納得いったと言わんばかりに、モニカがぽんと手を合わせる。
「しかし事実として盗まれたのはユニークアイテムのみ。宝石などの盗みやすい物は一切手を付けられていないんです。この意味が分かりますか」
「金銭目的じゃない、ということだろうな」
モニカに代わりマエストロが返事をする。
「おっしゃる通り、犯人は金銭目的以外で宝物殿に忍び込んだと考えるのが妥当です。伝説の剣については単純に使用用途が明確です。盗めるなら挑戦するのは納得できます。しかし問題はディオニソスの寵愛。こちらは明確な使用用途がありません」
「お酒って言うぐらいだし、飲みたかったんじゃねーの?」
「国に喧嘩を売るほどじゃないだろ……」
「ええ。その線もリスクは低い。つまり【ディオニソスの寵愛には何か秘密がある】と考えるのが妥当。たとえば歴史的な秘密が隠されている、と。そう考えるとイーデルシュタインさんが狙うのにも辻褄が合います」
ジェイドは無表情のまま、静かにクロウの言葉に集中していた。モニカもようやく周囲の空気を察したのか、頭の後ろに回していた手を解いてベッドの中に潜り込むと、小さな声でクロウに割り込んだ。
「でも、じゃあおやっさんはなんで盗みを頼んだんだよ、歴史とか全然興味ないはずだぜ……」
「これは単なる推測でしかないのですが、この仮定の上に立つとマエストロ氏はむしろその逆、秘密を盗人から守るために先んじて回収しようと思ったのではないでしょうか」
「守る?」
「ええ。たとえば、ジェイドさんがその秘密を探ろうと宝物殿に入る権利のあるマエストロさんに相談するも、それは破談になった。しかし彼の性格をよく知るマエストロさんが、念のためワインを回収するようにグレイさんに頼んだ……とか」
変わらずジェイドは沈黙を続けている。クロウには、その沈黙が否定材料を持っていないことの証左のように思えた。
クロウは畳み掛けるように続けた。
「もちろんこれらは可能性の域を出ません。――しかし動機・手段・機会・痕跡・証言……その全てがイーデルシュタインさん、あなたが犯人だと僕に告げているんです」
「……もう良いだろ。こいつに隠しても無駄だって」
マエストロのその言葉を皮切りに、ジェイドが咆哮した。
「――違うっ!私は断じて盗む気など無かった!!」
彼らしくないその声量に、クロウとモニカは大きく目を開いた。
「わ、私だって守ろうとした、あのグレイとかいうコソ泥相手に――だから決して、盗むつもりで侵入したわけでは無かったんだ!!」
「おっさん抑えろって、隣に聞こえるぞ」
「クッ……!」
ギリリ、とジェイドが歯ぎしりをする。クロウにはそれが弁明をしたいが言葉が出てこないように見えた。マエストロがクロウの腕を軽く叩きながら、ゆっくりと諫めるように喋りかける。
「大体お前の言う通りだ、クロウ。悪かったな、お前を騙すような真似をして」
クロウもすぐに落ち着きを取り戻した。
「仕方ないと思います。お互いにディオニソスの寵愛を守ろうとして起きた、不運な事故なんですから」
「そうだな」
「それじゃ――僕の方からセバスさんに事情を話して返却しに行きますので、この後案内いただけますか、ジェイドさん」
クロウの言葉を聞いたジェイドとマエストロが瞬時にお互いに目くばせをした。マエストロが首を小さく横に振り、それに答えるようにジェイドが首を縦に振る。
呆気にとられるクロウの胸板をマエストロの硬い手のひらが押す。それは拒絶・拒否の合図とすぐにクロウも理解する。
「すまんな。それだけはダメだ。これは俺が責任をもってセバスに返す。クロウが見つけたことも報告しておくから、頼む」
「べ、別に僕は良いですが……理由を聞いても良いですか?」
「ダメだ。俺の命に代えても、それはダメだ」
「そうですか……」
クロウはわざとらしく目を伏せてみた。しかしマエストロは彼の演技も意に介さず、今度は胸板をとんと叩く。
「――いいか、覚えておけ。ジゴビアの海に沈みたくなかったら――この一件には関わるな。俺がセバスの野郎に口添えしておくから、お前とお前の師匠は大人しくヴィーノの町で紅茶でも飲んでろ」
「は……、え……?」
そう言ってマエストロはクロウを病室から突き飛ばすと、ぴしゃりと扉を閉めた。
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● クロウの手帳⑧
《ディオニソスの寵愛》窃盗事件
・犯人はジェイド・イーデルシュタイン
・ディオニソスの寵愛には何か歴史的秘密がある
・マエストロさんの命に代えても教えられないらしい




