第十四話 ― 新たなる被害者
「モニカちゃん、大丈夫かい!?」
「あー……っと、リィエンさんだっけ。身体の方は大丈夫……っす」
共有個室の一角、平民向けの簡素なベッドの上で、モニカは気だるそうに答えた。
「女神の復活による副作用の記憶の混濁だね。私のことはどこまで覚えてるかな」
リィエンがモニカの顔をのぞき込む。
「えーっと、錬金術師でしょ、《ご意見番》でしょ、そうだ、好物はパイン!」
「うん。大丈夫そうだね。そっちの方は大丈夫かい?」
「こちらも大丈夫そうです」
隣のベッドでジェイドに聞き込みをするクロウも答えた。クロウの隣に立つマエストロが慣れた手つきでリンゴを切って兎の形に切り揃えていく。
「にしてもお前さんまでやられるとは大層物騒なことになってるじゃないか」
「……面目ない」
「どうした随分としおらしくなって、あのアークウィザードのイーデルシュタイン様はどこえやら、か」
ジェイドは自身の手を見つめると小さくため息をこぼした。クロウだけでなくセバスまでもを突っぱねたジェイドらしからぬ所作に、クロウも思わず背筋が伸びる。
「女神の復活を受けるのは少年時代ぶりなのだ。どうにもこの浮遊感に慣れなくてな……」
「そうか。ま、これでも食え」
マエストロが兎の形のリンゴを彼に突き出した。端が細かく整えられ真ん丸に整えられ、まるでほんものの兎の耳のようになっている。
しかしジェイドは手を軽く前に出し、拒絶する所作をした。
「いや、結構。気が乗らん」
「マエストロ様の芸術作品だぞ。とりあえず食っとけ。お前さんがそんなしょげとるとこっちがやり辛いわい」
「……そうか、悪かった」
ジェイドが力なく笑いリンゴの乗った皿を受け取る。満足そうにマエストロも頷くと、横のクロウの方を見て右手を差し出した。
「自己紹介がまだだったな。俺はヴァング=マエストロ=ヴィンセント。あっちが弟子で現王室専属鍛冶師のモニカだ」
「ど、どうも。リィエンさんの弟子のクロウ・ロックフォールです」
「おう。話はきいちょる」
クロウも彼に答えて握手を交わした。石のように固い肌に少し手が震えるも、それは彼のこれまでの経験の証だと気づいて強く握り返した。
「いい錬金術師になるぞ、お前」
「へ?」
「俺は手を握ると大体のことは分かるんだ。お前の手はいい意味で冷たい。薬品同士の反応を阻害しない良い錬金術師の手だ」
「ど、どうも……」
「どんな手なの、触らせろよー」
後ろからモニカの子供っぽい声が聞こえてくる。振り返ると、ぼさぼさした赤い髪を片手で整えながら、モニカは「ん」ともう片方の手をクロウに差し出していた。
促されるままクロウも握り返す。子供のはずなのにその手はしっかりとした鍛冶師の手で、クロウはその感触に驚きつつも感心した。
「えっと、ヴィンセント=モニカ=ヴァングさん、だよね?」
「そうだ。お前はクロウだっけ。年はいくつだ?」
「16だけど、モニカさんは?」
「オレも16。生まれの月は?」
「エーテルの月、4月だよ」
「じゃあオレの方がお姉さんだ。2月生まれだから」
モニカはにへへと笑う。クロウも愛想笑いで返したが、その内心で彼は絶望していた。たった二か月しか違わないのに、王室に認められるほどの鍛冶師になっているだなんて。女神の加護だってバーサーカーのレベルは33、決して高くはないが年齢や経験を考えると将来有望なことは間違いないだろう。自分はただの見習いの錬金術師なのに。
そんなクロウの気も知らず、モニカは照れくさそうに首筋に空いた手を当てている。クロウは自分の手を放す気になれなかった。ちっぽけな対抗心だったが、なんとなく自分の方から手を放すのは負けた気がすると感じたからだ。
「…………こうやって手を握ってるの、なんか恥ずかしいな」
「……ですね」
しかし二人の手は離れなかった。モニカも同様に負けず嫌いだったからだ。それからしばらくの――マエストロの咳払いが病室に響くまで――二人はお互いに手の感触を確かめあった。
頭をかいて恥ずかしさを誤魔化しながらクロウは続ける。
「それで、モニカさんは犯人に心当たりはあるんでしょうか」
「ねぇ。教会で復活する際にスパっと消えちまったみたい」
「ジェイドにも聞いたが無いってよ。まぁそもそも同一犯かどうかも怪しいけどな」
「セバス殿から聞いたときには《影の組織》だってさ」
イーデルシュタインの皿からリンゴを一つ取り上げて、リィエンが答えた。
「また《影の組織》ですか……」
「グレイ殿の証言だとそんな組織知らないんだったよね。イーデルシュタイン氏とマエストロ殿は聞いたことはないかい?」
二人は顔を突き合わせる。先に口を開いたのはジェイド・イーデルシュタインだった。
「……聞いたことがある。ジゴビアの影に潜み殺しを行う組織だ。マエストロも当然ご存知かと」
「あ?あぁ、そうだな……」
「あら意外。ここでもグレイちゃんとは違う意見が出てきたね」
ほんの少しだけ、クロウは【二人のやり取りに違和感】を感じていた。しかし会話の流れを断ってまで指摘するほどではなく、それを心の中に書き留めてクロウは師匠の呟きに答えた。
「僕はあくまでグレイさんを信じます」
リィエンがほぅと声を上げる。
「じゃあ影の組織は存在しないと」
「ええ」
「その場合、2人を殺した犯人は誰になるのかな?」
「2人の居住地はかなり離れていることから、通り魔的殺人の線はまずありません。加えて2人が偶然別の人に殺されたというのもあまりに出来過ぎているので、これも外します。つまり同一犯ないしは同一組織によるものと考えるのが妥当です」
「うむ。妥当な意見だ。であれば容疑者は?」
「セバスさんと選ばれし勇者のどちらか、もしくはその両方です。イーデルシュタインさんほどのウィザードが殺されたということを考えれば、他に可能性はないかと」
「おい」
マエストロの手がクロウの細い腕を掴んだ。
「今のは聞かなかったことにしてやる。それに間違っても外でそんなこと言うんじゃねぇぞ」
「僕がセバスさんを疑っていることですか?」
「たりめぇだ!この国で王室に楯突くと命がいくつあったって足りねぇんだ、分かったなら大人しくしとけっ!」
それは子供を叱るような声色だったが、そこにわずかな恐れがあることにクロウは気づいた。しかしそのことを積極的に指摘することはしないことにした。このジゴビアに敷き詰められた文化に根ざしたものだと考えたからだ。
セバスは身分こそ一般の冒険者だが、王子の側近という特殊な立ち位置が故に通常の階級とは一線を画すはず。身分が重要なジゴビアにおいて彼の意見に背くということは王子の意見に反対する危険性をはらんでいる。つまり《《実際にそれが本当かどうか》》はさておいても、セバスが言ったことであれば真実だと解釈するのがジゴビアのやり方なのだ。
しかしクロウにも譲れないものがある。真理を追究するのが生業の錬金術師にとって、明確な政治事情に屈するわけにはいかない。――むしろ認めたくない、認められないと条件反射的に跳ね返ってしまうほどであった。
「いえ。僕はあくまでこのスタンスで行きます。まだ確定していない以上、どちらの線も見て進めるべきです」
「ということは、私は《影の組織》がある前提で進めればいいのかな」
「すみません、師匠が問題なければそれでお願いしたいです」
「いいよ。私はそもそもグレイちゃんのことをそこまで信じてるわけじゃないしネ。クロウ君に任せたよ」
「ありがとうございます、よろしくお願いします」
「あいよ~」
そういうとリィエンはてきぱきと荷物をまとめて出口へと向かっていく。そのまま病室のドアに立つと、振り返りクロウを指さした。
「じゃあどちらが先に真実にたどり着けるか、競争と行こうじゃないか」
「へっ!?」
「じゃあ私は《影の組織》について調べてくるから、そっちは任せたからね~」
「ええ……」
ズパン!と扉が閉まる。クロウは言葉にならない声を上げるも、当然師匠からの返答はなかった。




