第十二話 ― 邂逅:ソーン・グレイ
「師匠、大丈夫ですかねここ……」
「手でも繋ぐかい?」
「それは……結構です」
「ちょっと迷うなよ……」
「マオ、クロウ君は迷ったわけではないですよ」
「私は迷ったように見えたけどなぁ♪」
「辞めて下さい師匠……」
平民向けの地区、街の中心から少し外れた路地を少し南に進むとそこにスラム街がある。ただスラム街といっても観光立国なだけあって見てくれは綺麗だ。しかし道を通る人や清掃が行き届いていない側溝など、見る人が見ればそこがスラムだとすぐにわかるだろう。職を失った平民、貴族とのつながりを失った芸術家、居場所のない子供たち……ゆっくりとした滅びの空気がそこに漂っている。
スラム街でも一番奥の、ほこりと汚泥にまみれた通りを抜けたその突き当り、ひと際古びた誰も住んでいないような外見の建物が、セバスの印のつけた建物であった。
クロウは思わず二の足を踏んだ。明らかに雰囲気が違うこの建物は、つまりはジゴビアの統治が届いていないことを意味しているとも言える。彼らですら手の出せない領域に魔は潜んでいるのだ。あのセバスですら手を焼くと言っていたことを思い出すだけで、クロウは身震いした。
「安心しろ、私達がついている」
ツバキがクロウの肩に手を置く。マオも自分の腰に手を当ててエッヘンと頷いた。
「ありがとうございます……!」
「頼もしい二人もいることだし入ろうか」
「りょ、了解です」
クロウは緊張しながらも、ところどころ腐食している扉を叩いた。気合いが空回りしているのか、自分の想像よりも強く叩いてしまい、叩いた本人がその音に驚いていた。
「す!す、すみませーん……」
反応はない。
「すみませーん……!」
再びの沈黙。細い路地を隙間風が通り抜けた。
クロウは振り返る。怪訝そうな表情の三人が彼を見つめていた。
「留守……みたいですね……」
「そうみたいだネ」
「…………」
どこかほっとするクロウとリィエンとは違い、ラスター・ホークの二人は未だ警戒を緩めていなかった。ツバキが静かにマオに問いかける。
「マオ、気づいているか」
「見られておるの」
「ああ」
「えっ」
クロウは二人の様子を見て、自身が置かれている状況を理解した。剣の柄に手を置くツバキの姿はまるで臨戦態勢に入った肉食獣のようで、マオの方は素人目に見てもハッキリとマナが収束しているのを感じられた。
「ツバキ姉ぇ、こういう時はさ」
「ああ。先手を取るに限るな」
ツバキはクロウの肩に手を置いてどけると、扉を勢いよく蹴破った。剣から手を放さずに、先ほどのクロウよりもずっと大きな声で叫ぶ。
「姿を見せろ暗殺者!こちらに交戦の意志はない!が、こうも殺気立たれると警戒せざるを得ないのは分かるだろう!!」
彼女が声を張り上げた直後。一陣の風が四人の間を通り抜けたと思うと、クロウの後方から金属音が鳴り響く。
「姑息じゃの」
「……っ!」
一人の白髪の少女がマオに向かってナイフを突き立てていた。
しかしその刃はマナの障壁に阻まれてマオ自身には届いていない。
「マオさん!!」
クロウが叫ぶ。
マオはつまらなさそうな様子で手をかざすと、白髪の少女は吹き飛ばされて壁に叩きつけられた。少女はぐぅと声を出し項垂れるも、なんとか立ち上がりナイフを構えた。
「マオ、大丈夫か」
「あれを躱すとは、なかなかやりおる」
「【ウィザードとの戦い方に慣れている】な」
「うむ」
マオが鉱石を投げると、それは急速に伸びて蛇のように変化する。蛇は少女に向かって飛びつくが、近くの木の棒を投げると蛇はそこに巻き付いた。
「やりおる!」
「では私が行こう」
ツバキは飛び出す構えをした直後、クロウの視界から消えた。
驚くクロウの耳に金属同士の弾ける高い音が飛び込んできた。音の方向をたどると、ツバキが少女のナイフを弾いているところだった。少女もクロウと同じ表情をしていた。
「はっや……」
「ツバキ姉ぇの踏み込み、初見で対応できた人見たことないもん」
少女は腰に取り付けていたもう一本のナイフを取り出す。
しかしそれと同時にツバキは全体重を乗せた蹴りを彼女の腹に食らわせた。クロウも思わず顔をしかめるほど綺麗に入った蹴りは、少女を戦闘不能にするには過剰なほどの威力だった。
腹を押さえてうずくまる少女のもとに皆が駆けつける。
「雑兵よ。先ほどはずいぶんと手荒な挨拶だったが、余に何用じゃ?」
「先に扉を蹴飛ばしたのはそっちでしょ……!」
少女はマオとツバキを睨んだ。ここまでされてもまだラスター・ホークの二人に敵意をむき出しにできることにクロウはわずかばかりの敬意を持ったが、ツバキもマオも少女を冷たく見下ろすばかりだった。
「元をたどれば貴君が私達に殺意を向けるからだ。人に責を問うならまず己の未熟を恥じるがいい」
「……そっ」
少女は何か言いたげだったが、未だ警戒を解かないツバキとマオの様子を見て、口答えするのは辞めた。リィエンは慣れた手つきで少女の懐をまさぐると、上着の隙間から一冊の手帳を取り出した。
「冒険者手帳があったよー。名前はーっと……ソーン・グレイさんね。……ソーン・グレイ!?」
「早速当たりを引いたようじゃな」
「……私に何か用なの」
ソーン・グレイは白い髪の毛の隙間から、憎らしい視線をクロウ達に送っている。
――それも当然だ。いきなり押しかけて扉を蹴破って、大声で叫んで、それで抵抗したら蹴飛ばして捕まえて……。どっちが悪者かと言われたら言い返しようがない。
もはや彼女の方を心配してしまうクロウをよそに、リィエンは彼女の前にしゃがんだ。
「ごめんね、ウチの二人が暴れちゃって。私達はグレイちゃんに聞きたいことがあるだけなんだ」
「お前らみたいな奴に話すことなんか何もない……っ!」
「そっか」
リィエンはグレイを指さしながらツバキを見る。
「ツバキからみてこの子はセバスに勝てそう?」
「無理だな。殺気は消せていないし私が手加減していなければ即死していた。セバスにも届かないだろうな」
「じゃあ影の組織か選ばれし勇者かな」
「セバス?殺人事件?何のことを話してるの」
「ウィザードの対処にはある程度技はあるようだったがの」
マオとクロウはグレイを見下ろした。ソーン・グレイは見てくれだけで言えば、レンジャーの恰好が最も近かった。投げナイフや鎖鎌などの暗器が主体の武器で、上半身をすっぽり覆い隠すマントも不意打ちのためだろう。下半身も鎧は最小限で機動性を重視していて、動くときに音が鳴らないように靴はブーツではなく足袋に近いものだ。
グレイはその装備をもって、自身は戦闘に関する女神の加護を受けられないのだと体現していた。盗みと暗殺に特化したその装備は自分は魔物と戦う気は無いと言っているようなものだ。
「グレイちゃんは一昨日の王立記念パーティに参加していたよね。そこでヴァング氏といざこざを起こした、それについてはどうかな」
「だから答えるつもりは無い……!」
「うーん……どうしようか」
「拷問でもするか?」
ツバキが当然のように言う。クロウは慌てて二人の間に入った。
「ダメですダメです。そもそもお互い誤解があったんですから、穏便に行きましょ。ね?」
「しかし相手はシーフだ。詐欺やゆすりを稼ぎにして弱者を食い物にするような連中だぞ」
「グレイさんがそうとはまだ限らないです!」
「……っ」
クロウが叫ぶ。
しかしクロウに同調するものはいなかった。――ソーン・グレイも含めて。
沈黙が流れる。誰もクロウのことを否定はしなかった。しかし、肯定することもない。
「――わかった、話す」
沈黙を破ったのは意外にもグレイだった。全員が驚いて彼女の方を見る。その表情は至って真剣だった。
「ただし、話すのはそこの男一人だけ。他の女共には退出してもらう。それが条件」
「そんな条件、受け入れられるわけーー」
「良いですよ」
ツバキとマオが驚いた様子でクロウの方を見た。
「クロウ君。いくら君でもそれは……」
「大丈夫です。僕はグレイさんを信じます」
「……!」
「んじゃクロウ君、任せたよ」
クロウはシッカリと前を向いて、扉の奥へと入って行った。




