第十話 ― セバスチャン殺害事件
次の日、宿を訪れたローレルによって、クロウとリィエンはセバスチャン氏が殺されたということを聞かされた。今は復活しているものの念のため診療所で検査しているとのことで、急ぎ来てほしいとのことだった。
診療所は流石に王室御用達ということもあり2階建ての大きな建物で、目が覚めるような美人の看護婦によって個室に案内されると、ベッドに座っているセバスチャンが二人を待ち受けていた。
「このような急な呼び出し、まことに申し訳ありません」
セバスチャンが深々と頭を下げる。あまりにも綺麗なお辞儀にクロウはこちらの方が申し訳なくなってきて、なんとなく頭を下げ返した。
「あの《俊剣》がやられるだなんて、ずいぶんな手練れがいるもんだね」
「不甲斐なく、お恥ずかしい限りです。女神の加護による復活があって助かりました」
「犯人の顔は見てはいないんですか?」
クロウの質問に、セバスチャンは首を横に振った。
「教会で復活したときには記憶からさっぱり抜け落ちておりまして……」
「バックスタブや魔法などの遠距離攻撃で即死した……とかでしょうか?」
「おそらくね。殺されたのはクロウ君たちと別れてからだよね?それにしてはずいぶんと早い復活じゃないか」
「それは余が頼んだのだ」
背後から聞きなれない男の声が聞こえてくる。振り返ると黒髪の男が立っていた。大きめのカフのコート、シンプルながらフリルや釦の装飾で決して地味ではないウェストコートにフリルのついた七分丈のパンツ。――どう見ても貴族だ。
カツカツと彼の黒いブーツが床の音を立てると、リィエンは慌てて膝をつき、クロウの裾を引っ張った。
「クロウ君、早く頭を下げて」
「えっ、は、はい?」
「いいから……!」
慌ててクロウも膝をついた……というより、作法も分からなかった彼は完全に土下座の姿勢になった。それをみた男はくすりと笑う。
「よい。ジゴビアの民ならまだしも外部の――それもセバスの協力者に跪かせるほど我は出来た人間ではない。面をあげてはくれないか」
「しかし――」
「我はジゴビアの階級制度が好かぬ、頼む」
「かしこまりました。クロウ君もほら、顔上げて」
顔を上げる。血統を感じさせる高い鼻筋に細くまつ毛の長い切れ目、そして耳たぶの大きい福耳……まさしく貴族といった特徴の顔立ちだ。マオとはまた別のベクトルの貴族然とした彼の姿を見て、クロウは思わず緊張から言葉に詰まる。
「余はリンクス・フォン・ジゴビアルク。ゴードン王の第一王子にしてジゴビアの正当後継者たるものである。主らも名を名乗るがよい」
「私はヴィーノの町の《ご意見番》を務めさせていただいております、錬金術師のリ=エン=スタッシュホールドと申します。こちらは私の弟子のクロウ・ロックフォール。こちらも錬金術師です」
「うむ。セバスから秘匿剣の事は聞いている。よろしく頼むぞ」
「かしこまりました」
「それでなのだが……」
リンクス王子はセバスの隣に腰かけると、真面目な表情で話した。
「なんでしょうか?」
「恥を忍んでお願いしたい。どうか窃盗犯に加えて今回のセバスを殺害した犯人も特定できないだろうか?もちろんただでとは言わん。謝礼は十二分に弾む」
リィエンはきっぱりと答えた。
「出来かねます。他に頼れる方はいないのでしょうか?」
返す刀でリンクス王子もはっきり答えた。
「おらぬ。《俊剣》と呼ばれたセバスがこうもあっさりやられた以上、情けない話だが余の周囲の戦力での解決は難しい。せめて――」
「なるほど、私達を通じてラスター・ホークの力を借りたいと」
「――っ。流石は《ご意見番》だな」
リンクス王子はほんの一瞬だけ驚いた様子を見せたが、すぐに元の不敵な表情に戻る。クロウは彼のその振る舞いに皇族なりの気苦労があるのだと感じ取り、わずかに同情した。それと同時に不満もあった。本命はラスター・ホーク、セバスより強いであろうツバキの力を借りたいだけで、あくまで自分たちはその当て馬のようなものだったからだ。
クロウは自分に期待されていないのには慣れていた。《ご意見番》頼みで来る人が代理で出てきたクロウを見てため息をつくなど日常茶飯事だったし、自分のことを軽くみられることは別に気にならなかった。だが、師匠までもが期待されていないというのは無償に腹が立った。師匠に対してはクロウは絶対の信頼を置いていたし、まさか軽く見られることだなんて無いと思っていた。
だからこそ、ついカッとなってしまった。
「別にラスター・ホークに頼らなくて良いですよ。こんな事件僕らだけで解決できますから」
「ク、クロウ君!?」
「ほぅ?」
クロウは突然飛び出した自分の発言に驚きつつも、もう引きさがれない状況にあると気づいていた。試すような視線を向けるリンクス王子にさらに言い返した。
「だ……だから、セバスチャンさんを殺した相手を僕が見つけてやるって言ってるんですよ」
「ふむ……良いだろう」
「え、ちょ、待ってください!」
リィエンの制止も聞かず、リンクス王子は話を続けた。
「ただし条件がある。ラスター・ホークへの協力を要請すること。それはリ=エン=スタッシュホールド、貴君に任せる。そしてクロウ・ロックフォールとやら、あえて宣言させてもらおう、君には期待していない。精々頑張るがいい」
「な……っ!」
「……かしこまりました」
「では任せたぞ。余は失礼する」
リンクス王子はベッドから立つと病室を後にした。クロウはそれを見送ることしかできなかった。リィエンとセバスチャンが深いため息を吐く。
「クロウ君、今のは……」
「流石に、軽率でしたな」
「すみません……でも、でも!」
「でもよかったね。リンクス王子が優しくて」
「どこが!!」
リィエンの言葉にセバスチャンも深く頷く。困惑しているのはクロウだけだった。そんな彼の様子を見てリィエンは言葉を続けた。
「リンクス王子は君に期待をしないって言ったんだ。この意味がわかるかい」
「言葉通りの意味じゃ……」
「クロウ君、側付きの私から申し上げますが、リンクス王子は聡明な方です。彼は軽率にそういった言葉は使いません。言葉の裏にある意味を想像して下さいな」
「裏にある意味って……、まさか!」
クロウは思い出した。彼は期待しないと言った直後に「精々頑張れ」と言った。彼が軽率でないと言う前提に立つと、この発言には明確な矛盾がある。裏を返せば――。
「失敗しても咎めることはない、って事ですか」
リィエンが小さく頷いた。
「クロウ君が失敗してもいいように、これはリンクス王子からの依頼ではないと明確に宣言したんだ。それでいてクロウ君がこの件に首を突っ込んでもいいと認めた上で」
「王子はジゴビアの身分制度を変えたいと考えております。それと同時にルールには厳格な方です。王子なりの精一杯の気遣いなのだと、受け取っていただければ幸いでございます」
クロウは悔しかった。まるで駄々をこねる子供を大人が優しく諌めたような話ではないか。――いや、実際そうなんだ。セバスチャンの言う通り、リンクス王子は聡明だった。少なくとも自分よりも。
「恥を忍んで伺います。セバスさんは犯人に心当たりはありませんか。今頼れるのはセバスさんしかいなくて」
「ええ、もちろん」
セバスチャンは優しく微笑んだ。
「まず、物理的に私に対抗しうる戦力のことを考えると、大きく分けて3つあります。一つはイーデルシュタイン氏、もう一つはソーン・グレイの所属する『影の組織』、そして秘匿剣を持った選ばれし勇者」
「ラスター・ホークも物理的には可能だけど、動機も時間も無かっただろうしね」
「同じ理由でイーデルシュタイン氏もかなり難しいと思います。私とツバキさんがいつ頃別れるかを見計らうにはあまりにリスクが高いですから」
「そうなんですか?」
「私はともかくとして、ツバキさんは現役の冒険者、それも人類唯一のLv.80到達者です。遠くから監視してようとも彼女なら容易に気づくでしょう」
「だとすると、【ソーン・グレイの『影の組織』】ってやつと、【秘匿剣の勇者】のどちらかだろうね」
「ええ」
「影の組織って何なんですか?」
「影の組織とは、シーフだけで構成された暗殺組織です。といっても暗殺をすること自体はめったになく、基本的には借金の取り立てや弱みを握った相手へのゆすり、法律の穴をかいくぐった違法スレスレの商売などで生計を立てている組織です。我々でも手を焼くやっかいな組織です」
「でもセバスさんがシーフに遅れをとるものなんでしょうか?」
「自信はございます。しかし私が剣の修練者だというのと同じように、彼らは暗殺の修練者です。可能性が0とは言い切れません」
「……なるほど。秘匿剣の勇者については?」
「そっか、クロウ君は伝説の剣については詳しくないんだっけ」




