32・魔王(仮)のこと②
魔王(仮)が赤い液体……血溜まりの中で、膝をついて呆然としていると、教師達が戻ってきた。
教師達は、兄弟達を血溜まりから引き摺り出すと、麻袋に入れて何処かに持ち去っていった。
また残った者達は、動けないでいる魔王(仮)に跪くと、恭しく礼を取った。
無事、選定は終了しました。おめでとうございます。貴方様は今より、第4代魔王様となられました。
礼を取っていた一人が、魔王(仮)に簡単な回復の魔法をかける。
その時、初めて自身が傷だらけと気付き、またその傷の理由を思い出した。
殺した!僕が……兄弟達をッッ!!
視界が真っ赤に染まったあの瞬間、魔王(仮)達は互いを傷つけ、殺し合った。
繋いでいた手で首を絞め、共に学んだ魔法で焼き尽くし、互いを守る為に磨いた剣術で刺し貫いた。動かなくなるまで、何度も。何度も。
脳内を駆け巡るその残酷な記憶に、半狂乱になり泣き叫ぶ魔王(仮)。
しかし、満身創痍で暴れる魔王(仮)は、簡単に羽交締めにされ、そのまま魔王城に連行された。
引きずるように魔王の玉座へと連れていかれると、そこには自分とそっくりな容姿をした、ガリガリに痩せ細った三代目魔王が座ってた。
その三代目の前で魔王(仮)は、城の者から短剣を無理やり持たされた。
涙を流しながら、混乱している魔王(仮)を見て、三代目が悲しげに微笑むと、
……ごめんね。君に、いや可愛い君達、弟に辛い思いをさせてしまった。
そっと魔王(仮)を抱きしめた。
三代目から暖かい何か流れると、魔王(仮)の褐色の胸元に瞳と同じ、金色の術式が刻まれた。
それは、魔王となるものに与えられる不死の特権の証。魔王となった君に、不死の特権が譲渡された。……不死と言っても、実際はその金の術式が、魔王国の民達から魔力を吸い上げて、死ぬ事がないよう、常に完全回復の魔法が施され続けるだけなんだけどね。
ゲホッゲホッ……ごめんね。色々教えてあげたいけれど、私はもう耐えられない。詳しい事は、初代様の研究所へ行きなさい。執務室に転移の術式がある。初代様と同じ魔力質を持つ、私達だけが行ける場所だよ。
三代目はそれだけ告げると、魔王(仮)が持たされていた短剣を掴み、自身の喉へ深く突き刺した。
魔王(仮)は、前屈みに倒れ込む三代目を、反射的に抱き止めた。
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「3代目様は、息を引き取る最後の瞬間まで、我に謝っておられた。今でも覚えている。ひどく痩せ細ったお体で、無理やり生かされていたのだろう。……とても安堵されたお顔で亡くなられた。」
三代目の在位期間は、二十年にも満たなかった。
「そうして王位を継いだ後、我は言われた通りに、初代様のあの研究所へ行き、全てを知った。自分が初代様の複製体だという事も、あの箱庭が魔王を作り、選定する為の“蠱毒”であったことも……。あの日、我等兄弟は精神を狂わされ殺し合った……そうして生き残ったのが我だったのだ。」
二人は話をしながら、カーデン王国の王太子からもらった、“術符”を室内に貼っていく。
部屋の奥にいくと、小さな祭壇に藍色の魔石が置かれていた。
その魔石には、淡い光を放つ金の術式が刻まれていた。
「やはりな。不死の特権である“金の術式”は、我から離れて、大元となるここに還ったか。肝心の我の体は神珠に封じられ、他に複製体は存在しないからな。ヤマダ(仮)よ、術符をここにも貼ってくれ。特に念入りにな。この術式が破壊できれば、魔族を縛る呪縛の1つが消える。」
「側近さんも言っていた“初代様の呪縛”というものですか?」
魔王(仮)に言われた通り、祭壇に多めに術符を貼りながら問う。
「そうだ。初代様が魔王となられた際に、自分以外の全ての魔族、その子々孫々にまでかけた3つの呪縛。」
一つ目・初代魔王が作った全ての物を、隷属している魔族は壊してはならない。
二つ目・初代魔王の血を害してはならない。また絶やしてはいけない。
三つ目・全ての魔族は子々孫々まで、魔王に宿る金の術式に魔力を捧げること。
「以来、魔族は必ず、胸に“黒い術式”を持って生まれてくるようになった。この黒い術式こそ呪縛である。1つでも破れば、女子供であろうと、陰惨な死の罰が下される。故に誰も逆らえなった。」
魔王(仮)は、魔族からこの呪縛を解き、初代のくだらない思想と存在をぶち壊したかった。
その為に、長く魔王の座にしがみ付き、破壊する方法を探し、ためし続けた。
しかし、それは困難を極めた。
まず、呪縛の縛りのない多種族の力を借りようにも、魔族自体が恐れられ嫌われすぎて、このような弱みを晒すことが、逆に危険であると判断せざるを得なかった。
ではと、国内の魔族に同じ思想の者を求めるが、今もなお、初代の強烈な強さとカリスマ性を熱狂的に信奉する者が多く、逆に逆らう意思を見せる魔王(仮)の立場が危うくなった。
唯一、呪縛の縛りを受けない複製体の自身が、初代の物を破壊する事は可能だが、胸に刻まれた金の術式にそれを阻まれる。
魔王(仮)が破壊すると、胸の術式が壊した物にまで影響し、修復させてしまうからだ。
しかも、大量に魔力を消費する為、供給元が耐えられず、か弱い子供や年寄り達が何十人と命を落とす。
ならば魔王(仮)から、金の術式を外すことは可能かと、様々な手段を試したが失敗した。
二代目と自身の実験で、遠く国外に出た場合、術式が胸から消える事が確認できた。
しかし国内に戻ると、あっさりと魔王(仮)の胸に戻ってしまった。
ただ、他の魔族には宿らず、今のようにこの祭壇に戻り、魔王(仮)が国内に戻ると、胸元に吸い込まれるように戻っていったと、協力者であるトールの調べでわかった。
また、体に術式を宿している状態での、それを攻撃、破壊することはできない。
理由は、術式に僅かにダメージを与える事ができるが、その場合、魔王(仮)の方が酷い重傷を受ける形となり、その回復の為に供給元の魔族に多大な犠牲が出てしまうからだ。
初代がここまで計算してかけた呪いかは不明だが、この金の術式がある限り、民を人質に取られているという事となる。
この金の術式を破壊する為には、まず宿主を害さず、剥がす必要があった。
そして国内に自分以外の、寄生できる複製体を存在させない。
宿主を失わせ、現状のように金の術式のみの無防備な状態にさせる。
尚且つ魔王(仮)の体がない状態で、直に破壊する必要があった。無茶苦茶の極みである。
魔王(仮)は、同族を愚かで憐れと思うが、憎んだ事はない。
彼が最も憎んでいるのは、自分の原型であり、諸悪の根源である初代だけで、出来れば犠牲は出したくないと思っている。
そんな何百年もひたすら愚直に、初代の呪縛と戦い、多種族の偏見から自国民を必死で守る魔王(仮)の姿を見て、僅かにだが、側近トールのような協力者も現れるようになった。
そうして月日は流れ、あの雷鳴が鳴る夜。
魔王(仮)の背後に、ヤマダ(仮)が立った時、運命が動き出したのだ。




