31・魔王(仮)のこと①
ヤマダ(仮)達は、降りしきる雨に紛れ、出入り口の見張りを倒すと家屋の中に侵入した。
中は外と同様に、こもった湿気とそれによるカビで、ひどく劣化が進んでいる状態だった。
蜘蛛の巣と埃にまみれた家具や調度品。今にも踏み抜いてしまいそうな腐った床板。
カビ臭い食堂の椅子の数から、大家族がここで暮らしていたのだろうと伝わる。
「今倒した見張り以外、中には人の気配がありませんね。」
「足元に気をつけよ。100年程前にようやく、ここの使用を止める事ができたのだ。それ以来、ヒトの立ち入りも制限させた故、どこもかしこも傷んでしまっている。おっと、これは懐かしいな、この柱の焦げ跡。兄弟喧嘩で、6番目が火魔法を放って焦がしたのだ。」
魔王(仮)は懐かしそうに、建物の中を案内する。
地下へと続く階段を降りていくと、この家屋に不釣り合いな、無骨な鉄製の扉があった。
扉には、魔法で爆破した跡や大きなハンマーのような物で殴ったような跡があった。
ヤマダ(仮)は、指示された通りに、魔王(仮)をその扉に近づける。
「大丈夫ですか、魔王(仮)さん。魔力は使い切ったはずでしょう?」
「問題ない。先ほど少し休んだからな、多少は回復している。それにこの扉は、我の魔力でしか開けられぬよう、術式に細工してあるのだ。ふむ、城の者達が足掻いた形跡があるな、嫌がらせの成功である。」
魔王が魔力を通すと、ガコンッと重い音がなり、扉がゆっくりと開いた。
一歩、中に踏み込むと、備え付けられていた灯りが、一斉に灯る。
「!」
灯りが灯された地下の部屋は、様々な実験器具や乱雑に積まれた書物、壁一面に何かのメモが貼られ、落書きのように術式が描き込まれていた。
決して広くない部屋の中心には、ガラス製の大きな筒が十数本、立ち並んでいる。
その筒には液体が満ちていて、上下には大小の管が出ており、色々な器具に繋がっていた。
割れて砕けた筒もあり、中の液体は蒸発したのか空っぽになっている。筒の底には干からびた小さな何かが落ちていた。
「これは……?」
「我の、兄弟である。……いや、そうなるはずのモノだったというのが正しいかな。ふふ、我はな、このガラスの筒より生まれたのだ。」
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どこから、話したら良いものか。
そもそも、全てはやはり“初代魔王”が起因する。
初代魔王は、稀代の天才だった。
豊富な魔力、卓越した魔法の才能。
魔族らしい強靭な肉体、麗しい外見とカリスマ性。
斬新な発想から生まれる魔法の術式や発明品の数々。
そんな彼の唯一にして、最大の欠点はその破綻した“性質”だった。
自己愛が強い独善者にして、好奇心旺盛で残酷な研究者。そして無邪気な野心家。
他者を理解する心が欠けており、また猜疑心の塊のような人物。
ただその非凡なる強さと才能で、魔族の頂点に君臨し、魔王国を建国した。
そして自らを“魔王”と名乗った。
そんな初代魔王にとって、この世は大きな遊び場であり、実験室ようなモノだった。
同族も多種族も、生きとし生ける者全て、下等な奴隷か実験動物にすぎない。
彼が在位している間に行われた、被人道的な実験の数々は、数多の功績も残したが、筆舌に尽くし難い程、最悪にして残忍なモノだった。
認められる生命とは“自分”だけ。
自分の血こそ、最上であり、後世に残すべき至宝である。
しかし、血は残すべきと思うが、極度の潔癖症の為、異性と性交渉ができない。
何より自分の尊き血に、穢らわしい余計な血が混ざることが我慢ならない。
故に、初代は悪魔のような考えに辿り着いた。
“自分を作ればいい”
“増やした自分達で、多種族を制圧し統治すれば、このつまらない世界がもっと面白くなるはずだ”
そうして“複製工場”は造られた。
魔王を複製製造する工場である。
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「しかし、肝心の初代様は、この工場が完成して間もなく、当時の聖女によって瘴気と共に神珠に封印された。我の様に抵抗すれば、容易く封印されるはずのないお方だったというに。……初代様のお考えは、我のような欠陥品には永遠にわからぬ。」
そう自嘲する魔王(仮)を、ヤマダ(仮)は静かに見つめる。
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魔王(仮)が作られ、このガラスの筒から出されたのは、三代目の魔王が即位してから間も無くだった。
二代目の魔王は、即位して180年も経たずに突然、自ら国を出奔し、行方を眩ませた。それにより、魔王ではなくなり、不死の特権は剥奪された。
三代目の魔王は、その出奔から約十年後に魔王へと選出され、不死の特権を得たのだが、強い拒絶反応が出た。以来、衰弱し弱体化してしまった。
その為、速やかに次代の魔王候補達である、魔王(仮)が作られたのだった。
魔王(仮)は、十体作られた内の十番目に誕生した。
魔王(仮)を含む、十人の兄弟達は初代の完全複製であり、髪や肌、瞳の色から顔立ち、魔力の質まで、全員、見分けが付かない程、初代そのモノであった。
しかし、不思議な事に完璧な複製体の筈なのに、中身まで初代と同じ性質には育たなかった。
地下を出て、地上の家屋で白衣を着た者達に世話をされながら、共同生活を始めた。
白衣の者達を教師と仰ぎ、将来この国を守る人材になると言い聞かされ、帝王学や剣術、魔法を学び、共に成長していった。そうする内に、それぞれの個性が出てくる。
剣術が得意な者、魔法を使う事が得意な者、リーダーシップのある者、内気で気弱な者、その個性に合わせて、体つきや顔つきに変化が現れ、見分けがつく様になった。
魔王(仮)は読書家で、特に草木や薬草の図鑑を好んだ。将来は図鑑の絵にあるような薬草を、世界中から探し集め、魔王国に貢献する事を夢見ていた。
普段は内気で大人しい末っ子の健気な夢を、揶揄いながらも、兄弟達は暖かく応援してくれた。
そうして魔王(仮)達は、高い塀から外に出る事は出来ないが、この小さな箱庭の中で慎ましく、穏やかに暮らしていた。
それから数年経ち、青年へと成長した頃、それは始まった。
これより次代魔王の選定の儀を始める。皆様方、魔王となるべく、存分に全力を出されよ。
いつもの様に白衣の教師達が、魔王城からやってくると突然、魔王(仮)達にそう告げた。
敷地全体を囲む高い塀を、更に覆い囲むように結界が張り巡らされ、全てが閉ざされる。
そして教師達が去ると同時に、地面に巨大な術式が発動された。
途端、魔王(仮)達の視界が真っ赤に染まり、理性が弾けた。
次に魔王(仮)が意識を取り戻した時、見渡す限りの全てが“赤い液体”の中に沈んでいた。
その液体に沈む、真っ赤に染まった兄弟達をいくら呼んでも、誰一人動くことはなく……。
そこに立ち尽くす魔王(仮)自身も、また真っ赤に染まっていた。




