30・ヤマダ(仮)への頼み事
ヤマダ(仮)は、真っ暗闇の中にいた。
その中では、指一本満足に動かす事が出来ず、視界も閉ざされ、自分の状態も周りの状況も確認する事が出来ない。
『ああ、これはよくない。確か、瘴気は体を腐敗させる効果があったはず。』
まさか、発動した術式があんな風に、暴走するとは思わなかった。
もしかしたら、この術式を造った初代の罠だったのか……。
今となっては、もうわからない。
魔王(仮)さんは、大丈夫だろうか……?
側近さんはどうなっただろうか……。
極めて、危険な状況になっているはずだ。
ちっとも瘴気を吸わなかった神珠も、あの混乱の中で失ってしまった。
『また、守ることができなかった……。』
桜子さんのように。また、失ってしまうのか。
どれほど、腕が立つと粋がっていても、結果は失ってばかりだ。
こんなに苦しいのなら。
こんな思いをするのなら。
求めるべきでは………。
不意にヤマダ(仮)は、暗闇の中で目を開いた。
胸元に置いた手の上に、暖かい何かが触れた感触があったからだ。
これは 手、だ。
あの美しい黄昏の中で。
自分の手を引いてくれた、あの柔らかい手だ。
その手は、ヤマダ(仮)の手に、そっと何かを持たせた。
“イヒヒッ、諦めるのはまだ早いって。〇〇ちゃん”
思わずヤマダ(仮)が叫びかけた瞬間、手の中のそれが、眩い光を発した。
「……マダ、……ヤマダ(仮)!起きよ、ヤマダ(仮)!」
「……ん?金◯…?」
「若い娘が言っていい言葉でない!」
目の前には、側近に持ち上げてもらっている魔王(仮)がいた。
ヤマダ(仮)は倒れたまま、周囲の状況を確認する。
瓦礫の山の中に、様々な物が散乱しているヒドい状態だった。
だが、あれだけ撒き散らかされた瘴気が、見当たらない。
ゆっくりと起き上がるヤマダ(仮)。
「大事ないか?」
「はい……。魔王(仮)さん達は、大丈夫だったんですか?」
「ああ、あの瘴気に渦に飲まれた時は、流石に死んだと思ったが……。気が付いたら私達は、ここに並んで倒れていた。体に瘴気の毒の被害もなく、だ。奇跡というか何というか……。」
「見よ。瘴気もあの通りよ。」
二人に促された方を見てみると、件の術式がフル稼働しており、止めどなく大量の瘴気を放っていた。
その瘴気の渦の中心で、神々しい光を放つ神珠がプカプカと浮きながら、瘴気を漏らす事なく次から次へと、吸い取っていく。
「なるほど。不良品摑まされたと焦りましたが、ちゃんと神珠が瘴気を吸ってくれましたね。……でも、なんかあれですね。驚くほどの吸引力というか、ドライヤーの温風にピンポン玉を泳がせている光景というか……シュールすぎて、つい見守ってしまう。」
「よくわからん例えだが、しっかり吸い取ってくれるのなら良しとしよう。世界中の瘴気だからな、全て吸い取るまでかなりの日数がかかるであろう。まぁ、動かす事もできぬ以上、当分このままだな。」
そうですねと、何となく三人並んで、噴水のオブジェのようになっている神珠を眺めてしまう。
ヤマダ(仮)は、ぼんやりと気絶している間に見た夢?を思い出す。
イヒヒッ、諦めるのはまだ早いって。〇〇ちゃん。
柔らかい手の感触。
独特の笑い方。
懐かしい呼び名と声。
虫の声と古びた駅の待合室の匂い。
〇〇ちゃんは私が守るから。
『混乱した脳が見せた幻だったのだろう……それでも、会えて嬉しかった。助けてくれて、ありがとうございます。……桜子さん。』
メガネとマスクの下で、ほんの少し微笑むのだった。
「……なぁ、ヤマダ(仮)よ。船で話した事を、覚えておるか?」
「船での?ああ、はい。頼み事ですね?覚えています。」
突然の魔王(仮)の問い掛けに、不思議そうに答える。
側近は何かを耐えるように顔を伏せ、その手の上で魔王(仮)はフッと笑った。
「そうだ、貴様に頼みたい事があるのだ。……その為にまず、移動する必要がある。我と共にそこに行ってほしい。トールよ、我をヤマダ(仮)に渡してくれ。」
「かしこまりました、魔王様。……ヤマダ(仮)、魔王様を頼むぞ。」
「側近さんは行かれないのですか?」
「ああ、私は魔族だからな。初代様の“呪縛”がある。……付いて行ってもお役には立てない。」
「……?」
側近は首を傾げるヤマダ(仮)に、胸元のボタンを外して見せた。
緑色の肌に、黒い術式が刺青のように入れられていた。
困惑するヤマダ(仮)に、それ以上、何も言わずに悲しげに微笑んで見せた。
「トール、“あの場所”への転移の術を頼む。」
「かしこまりました。」
側近は胸元を正し、恭しく一礼をすると、散らかった物を避けて、床にスペースを作った。
そして懐から専用の筆とインクを出し、手早く転移の術式を書いていく。
その様子を後ろから眺めながら、ヤマダ(仮)は、手元の魔王(仮)に聞く。
「魔王(仮)さん、これからどこに行って、私は何をすればいいんですか?」
「……以前、貴様は我に問うたな。何故、我がヤマダ(仮)の事を考えるのかと。」
「カーデン王国の森の中で、ストレスを発散させた時ですね。確か、よちよちの私をほっとけないと、世の平和の為とか何とかでしたっけ?」
「ふふ、そう言ったな。確かにそれもある。……だが、それ以外にも理由はあったのだ。」
「?」
「似ていたのよ。貴様と我の生きてきた境遇がな。」
目を見開くヤマダ(仮)。
術式に魔力を込め、転移術を発動させた側近が、振り返って魔王(仮)に告げる。
「魔王様、準備が整いました。いつでも行けます。」
「うむ、ご苦労。トールはこのまま、ここで神珠と術式を守れ。まぁ、ここには外部からの侵入は不可能だが、念の為にな。……では、行ってくる。」
「はい、魔王様……必ず無事にお戻りください。ヤマダ(仮)、お前もだぞ。」
側近に頷いてみせると、ヤマダ(仮)達は転移の術式に飛び込む。
転移の空間を通る、独特の感覚の後、切り替わるように別の場所に飛び出した。
目の前には、高い塀に囲まれた、まるで箱庭のような風景が広がっていた。
「!」
「うわっ、なんだ!?」
運悪く出てきた場所が、塀の門の近くだった為、見張りの兵士とかち合う形になる。
ヤマダ(仮)は、驚き戸惑っている兵士との間合いを詰め、無駄のない動作で抜いた鉄串を、鎧の隙間から胸へ刺し込んだ。そのまま、物陰に兵士ごと倒れ込む。
息の根が止まるまで兵士の口を塞ぎながら、ヤマダ(仮)は冷静に周囲を見回す。
目の前には、小規模な畑跡とボロボロの作業小屋があり、その片隅には枯れた背の低い木々が立っている。
更にその奥には、二階建ての古い木造家屋が建っていた。
どれも長い間、ヒトの手が入らなかったのか、荒れ果て劣化しているのが見て取れた。
「ふう、危ないところでした。こんな廃墟のような所なのに、人の気配がありますね。」
「………。」
ヤマダ(仮)は兵士の亡骸を、身近な作業小屋の中に隠し、自身もその小屋に入り、外の様子を伺う。
しばらく見ていると、木造の家屋から数人の白衣を着た者達が、ゾロゾロと出てきた。
その白衣の団体の後ろから、護衛の兵士らしき屈強な魔族も出てくる。
白衣の代表らしき人物と、護衛の兵士が少し言葉を交わすと、二名の兵士を家屋の出入り口に残し、足早に塀の外に出ていった。
「魔王(仮)さん、ここは一体、何なのですか?」
「……ここは“工場”である。初代様が作った…な。」
空は重い雲に覆われ、遠くから雷鳴が鳴った。
湿った風が流れる。
「なんと忌まわしき場所だろうか……。ヤマダ(仮)、頼みたい事とはこれよ。」
ポタリポタリと雨粒が落ちてくる中、魔王(仮)は、静かに告げた。
「ここを、完膚無きまでに……徹底的に破壊してほしい。」




