28・ヤマダ(仮)のお願い
執務室の扉の前に、もう息のない見張りを立たせて固定し、一見して見張りを続けている様に見せかける。
素早くその偽装を整えると、三人は魔王(仮)の執務室に入った。
室内の全ての窓は、厚いカーテンが閉められ暗く、ヒトの出入りがなかった為か空気が澱み、誇りが薄らと積もってる。
「ふむ。我がいなくなってから、あまりここには入っていないのだな。」
「はい、魔王様が失踪された直後は手がかりを探す為に、入らせていただきましたが……。魔王様の…その処遇が決まりましたあとは……」
「ふふ、構わぬよ。返って好都合と言うもの。ヤマダ(仮)よ、そこの袖机の一段目の引出しに仕掛けがある。物を取り出して、底に我を近づけてくれ。」
引出しの中の物を取り除くと、底に目を凝らして始めて見える程の、薄いインクで術式が描かれていた。
魔王(仮)はその術式に近づけてもらい、魔力を流し込んだ。
すると、壁に掛けられていた大きなタペストリーが落ち、壁に淡い光を放つ転移の術式が浮かび上がった。
「……ちゃんと起動されたな。その転移術を通れば、例の術式がある場所に行ける。ほれ急げ、今の我の脆弱な魔力では長く展開できぬからな。」
ヤマダ(仮)は頷くと、躊躇することなく壁の転移の術式に飛び込む。
続いて、タペストリーを掛け直しながら、側近も飛び込んだ。
「う……ぷっ、この移動方法は、ちょっと私には合わないみたいですね……。」
「わはは、転移酔いか。術に慣れぬ内はそうなるのだ。深く息を吸って少し休むといい。」
一瞬で別空間に移動した感覚に酔ったヤマダ(仮)が、気持ち悪そうにマスクをずらして深呼吸をする。
三人が出て来た場所は、鬱蒼とした山の中で、目の前に平屋建ての小さな屋敷が立っていた。
その屋敷を中心に、ドーム上に目眩しの結界が張られていて、背景がボヤけて見えた。
「……ここに来たのは、魔王になって以来だから、約300年ぶりか。この屋敷には初代が作った術式が、随所に仕掛けられていてな、建てられた当時のまま朽ちることがない。この周辺の結界のお陰でで、外部から入ることも見つけることもできん。ヤマダ(仮)よ、扉に我を近づけよ。」
魔王(仮)が扉に魔力を流すと、屋敷を守るように掛けられていた結界が解ける。
『やはりここも、まだ我の魔力に反応するか……。まぁそれも“当然”か。』
中に入ると、まるで直前まで誰かが生活していた様に整えられ、空気の澱みも埃ひとつもない状態だった。
建物は狭いエントランスと、最低限のキッチンやバストイレがあるだけで、ほとんどのスペースは、唯一の部屋となる広間に充てられていた。
その広間に入ると、床一面に様々な術式が描き込まれ、本棚から溢れかえた本や書類が、あちらこちらに山積みになっている。
また、棚や幾つも並んでいる机には、何らかの研究に使われたのだろう、試験管や実験用の様々な器具、呪具などが所狭しと並んでいる。
「ここはまるで、何かの研究施設のような所ですね。初代の魔王さんは、王様というよりも研究者のような人だったんですかね?」
「その通り。この屋敷は初代様が、術式の開発や様々な実験を行ったまさに“研究所”よ。……ああ、あそこに瘴気を集める為の術式があるぞ。」
広間の中央に、呪具や魔石などで作られた装置のような物に囲まれて、赤黒いインクで描かれた術式があった。
ヤマダ(仮)に移動してもらいながら、術式の状態を確認する。
「ふむ、思っていたよりは厄介な状態ではないな。時間はかかるが再構築できるだあろう。よしトールよ、手を貸せ。そこに術式について書かれている書物があるはずだ。ああ、その顔料もいる。書物の通りに、欠けている部分を描き足してくれ。ヤマダ(仮)は、そこの魔石を磨き、色ごとに選別して欲しい。」
魔王(仮)の指示に従い、術式の補修をしていく。
ヤマダ(仮)は桶を持って、屋敷の裏手にある井戸に、水を汲みに外へ出た。
魔力もなく、それに関する知識も乏しいヤマダ(仮)には、やれることがあまりない。
「せめてもう少し、魔法について、勉強しておけばよかったですね。……おや、あれは?」
屋敷の裏には、小さな小屋がポツンとあった。
物置小屋にしては、やたらと頑丈そうに建てられた。気になり、そっとはめ殺し小窓から中を覗いてみる。
「ここは薬品用の保管庫?ふぅむ、私の世界の物と同じ効果の薬品があれば、何か役に立つ物が作れるかもしれませんね。中に入って確認してみたい。」
どうやら初代の薬品保管庫らしく、倉庫中にはびっしりと瓶に液状や粉上の薬品が並んでいた。
扉や通気口からいつもの様に入ろうとするが、何かの力に弾かれて、侵入することができない。
「魔法の力で守られているのかな、全然入れませんね。」
「よかったら、僕が開けてあげようか?」
「!」
背後の声に、反射的に持っていた桶を投げつけ、距離を取り臨戦態勢になる。
しかし、桶は声の主をすり抜けて、屋敷の壁に当たり砕けた。
「あなたは……」
「相変わらず、元気だねぇ。君にとっては久しぶりかな?この世界の神様で〜〜〜す⭐︎イエ〜イ⭐︎」
淡い白金色の光と純白の衣を纏い、性別を感じない中性的な顔立ちと、薄紫色の肌に虹色の髪を持つ神が、ヤマダ(仮)に両手を振りながら立っていた。
「神様、どうもお久しぶりです。そちらもお元気そうで何よりです。」
「ぶわははっ!神様に対する挨拶とは思えないけど、君だからまぁいいか。ここに入りたいんでしょ?はいどうぞ⭐︎」
神が両指をパチンと鳴らすと、保管庫を閉じていた結界が弾け消えた。
ヤマダ(仮)はペコリとお礼を言うと、スタスタと中に入っていく。その後を、ニコニコと神様がついていく。
『この薬品の匂いは硝酸?こっちの薬品は……ふむふむ、初代さんすごいですね、状態も完璧です。魔法でそれぞれの薬品に適した、保存方法を可能にしているのしょうか。ああ、瓶のラベルに術式?みたいな物が描かれている。この室内にも……便利ですねぇ。』
しきりに感心しながら、綺麗に分類整理された薬品棚と、魔法で温度や湿度などが繊細に調整された保管庫内を見て行く。
ふと背後の視線が気になり、声をかける。
「所で神様、本日は何のご用件で?」
「うんうん、今日はね、色々とボクの世界の為に頑張ってくれてる君に、特別にご褒美をあげる為に来たんだよ⭐︎」
夢中で薬品を確認していたヤマダ(仮)の後を、子カルガモのように付いて歩いていた神が言った。
驚いたヤマダ(仮)が、手を止めて小首を傾げながら確認する。
「ご褒美ですか?それならば、すでにいただいています。会話能力とギルドカードの件、そして今、この保管庫に入れるようにしていただきました。ありがとうございました。」
「あらやだ、バレてた?えへへ、いらないって言われたから最低限だけね。あ、だからってサクラコ
さんの件は、手を抜いたりいないから安心して!ほら、神様はおもし…んん、頑張っている子が大好きだからね〜。その最初の2つはご褒美じゃなくて、元々あげる予定だった入場特典の一部だし。今回は、と・く・べ・つ⭐︎」
「はぁ。随分と急ですね。私としては、別に神様のためにやっている訳ではないのですが。」
「そうなの?まぁ、それでもいいよ。瘴気の件、ちゃんと片付けられたら、何でも1個だけ叶えてあげる。こう見えてボクって、結構すごい神様だからね〜、大体のことはできるから、何でも言ってごらん?」
なるほどと、ヤマダ(仮)は顎に手を添えて、考え込む。
考え込むヤマダ(仮)の周りを、ワクワクしながらチョロチョロと動く神様。
「うん、はい。そうですね、それでは……。」
「お、何なに〜?神様に言ってごらんなさいな。」
そう言って体をかがみ込んで、ヤマダ(仮)に耳を貸す神様。
その耳に手を当てて、コショコショとヤマダ(仮)は願い事を告げたのだった。




