26・ヤマダ(仮)と魔王(仮)、再会す
魔王国の下水道は、ヤマダ(仮)の想像したものよりずっと整っており、湿度は高いが不快な臭いも殆どなく、清潔であった。
レンガを敷き詰めて作られた地下道は広く、ヒトが通るような通路側と、その横を掘り下げる形で、下水が流れる様な構造になっている。
そして何故、王都中の汚水が流れる下水道が、ここまで清潔に保たれているのかと言うと……。
「これは聞いてませんよ。魔王(仮)さん。」
「いや、すまぬ。昔はもっと大人しく、数も少なかったのだが……。」
ヌルリと二人の頭上に、ぬめりがあるモノが滴り落ちる。
その塊が、ヤマダ(仮)の頭に覆い被さるように落ちた瞬間、パッと身を翻して避け、ヤマダ(仮)の手に握られた鉄串が、その塊の急所となる核を刺した。
「ええと、確かスライムでしたっけ?」
「うむ。此奴らをこの下水道で放し飼いにすることで、ここは清潔に保たれているのだ。スライムは雑食で何でも喰らうからな。しかし、考えてもみれば天敵もいない上に、餌も豊富のこの環境で増殖しないはずがない。ゴブリン位、配置すべきだったか。」
いや、今度はゴブリンの増殖問題が起きるかと、呑気に対策を考える魔王(仮)。
その間にヤマダ(仮)は、サクサクとスライムを倒して前進していく。
スライムは魔物の中でも最弱であり、透明の粘液状の体の中心に浮いている核さえ打てば、楽に勝てる魔物である。ただし、非常に数が多く、ある程度数が揃うと大きな集合体になる厄介な魔物である。
「むむ、こう多いと弱くても面倒ですね。お腹が空いているのか、積極的ですし。」
「ヤマダ(仮)、いちいち相手にする必要はない。ここは下流部分になる故、よりスライム共が集まりやすいのだ。上流まで移動すれば、数は減る。」
「なるほど、上流ですね。移動しますか。」
ポケットに魔王(仮)を入れ、深く息を吸い込みながら、軽く目を閉じてぐっと両足に力を込めた。
動きを止めたヤマダ(仮)に、一斉に飛び掛かるスライム達。
カッと目を開くと同時に、スライムを置き去りにして、整ったフォームで風を切るように走り出した。
「おお、すごいな!」
ポケットの中の魔王(仮)が感心した声を上げる。
時には壁や天井を足場に、軽快にスライム達を避けながら、速度を落とさず風の様に疾走し、下流を駆け抜けていく。
徐々に傾斜がキツくなり、比例するように行く手を阻むスライムが減っていく。
「ふむ、こんな所ですかね。」
「ははは、爽快であった!加速のスキルに比べれば速度はないが、体の使い方をよく熟知した動きと、それを活かした小回りが実に良い。スキルでは、こうも上手く立ち回れまい。」
「そんな物ですかねぇ。そのスキルとか魔法は、私には無縁ですし。」
褒められてまんざらではないヤマダ(仮)は、ポケットから魔王(仮)を出して手に乗せた。
上流のスライムは数が少ない上に大人しく、ヤマダ(仮)を見ても気にせず、黙々と壁や床についた汚れを消化している。
食事中のスライムを避けながら進んでいくと、少し先にひらけた場所が見えた。
「!」
そのひらけた場所の隅に、ヒトの気配を感じたヤマダ(仮)は、足を止めた。
隅には、ボロを纏った数人の魔族が無気力に座っている。
「あれは……、浮浪者であろうな。罪人や魔力が低い者、何らかの争い事に敗れた敗者の末路よ。魔族は実力主義を根底として古くから、弱者を排除する習慣がある。この悪習は我の統治でも、どうすることも出来ない根深いものであった。……まぁ、こんな不毛の地で生き抜くには、必要な習慣だったのだろうがな。」
目を合わさず、通りすぎよと言う魔王(仮)のアドバイスに従い、通り過ぎようとした時、一人の浮浪者が目の前に躍り出てくる。
浮浪者が震えながら、警戒するヤマダ(仮)の手の上の魔王(仮)を凝視する。
「あ、あ……、そのお声……。」
「?」
「ああぁ、微量ながら感じるその魔力。魔王様……その玉に魔王様がいらっしゃるのですね。なんとお労しい……」
浮浪者の頭に巻かれていたボロ布が落ち、あらわになる緑色の肌。
緑色の肌の浮浪者は、泣きそうな顔で膝をつく。
魔王(仮)は、その浮浪者の顔を見て驚きの声を上げる。
「お前は、トール……側近のトールか!」
「はい。トールでございます。もう一度、お会いできると信じておりました……!」
「……!!」
以前に単身で魔王城に侵入した際、鉄串で始末したはずの側近だった。
ヤマダ(仮)は驚いて、バッと側近から距離を取る。
「魔王様、このヒト族の小娘は一体……?」
「話せば長くなるのだが。トール、お前こそ何故このような所に……。」
「あの日、不覚にも魔王様をお守りできなかった罪と、何者かに昏倒させられた恥により、最下層に堕とされたのです。」
側近はヤマダ(仮)から目を離さず、簡潔に答えた。
魔王(仮)は、なるほどと息を吐くと、
「ヤマダ(仮)よ、そう警戒せぬでも良い。此奴は“スライム体”を持つ、魔族の中でも特に特殊な体でな。体に魔力を巡らせると、姿を自在に変形できる粘液状になれる。……故に、急所がヒトとは違う場所にあるのだよ。」
「なるほど。では私はあの日、この方を仕留め損ねたと言う事ですね。」
「仕留め損ねた……?小娘、まさかお前が……」
『あ、まずい……』
ヤマダ(仮)と側近の間に、ピリッと殺意が走る。
ヤマダ(仮)は、側近に見えない角度で鉄串を持ち、いつでも攻撃に転じれるように、呼吸を整える。
対して、側近は魔力を全身に循環させ、指先から緑色の粘液に変化していく。
一触即発の瞬間、魔王(仮)の怒声が重く響く。
「やめよ、阿呆共!こんな所で遊んでいる場合ではなかろうがッッ!」
「王よ……!しかし、この娘のせいで我々は……」
「我らはあの日、どんな形であれ、この娘に“敗北”した。魔族にとって敗北は死にも等しい。否、我はあの日に死んだのだ。ここにいるのは魔王ではない。仇討ちなど望まぬ。そう心得よ。」
消え入りそうな声で側近は、魔王様……と呟き、座り込んだ。
ヤマダ(仮)も、息をついて鉄串をしまった。
側近は少し考えてから、ヤマダ(仮)に向けて言う。
「醜女よ、今は魔王様に免じて見逃してやる。」
「仕留め直して欲しいのですね。なるほど、今度は確実に殺して差し上げます。」
ガルルッと睨み合う二人に、無い頭が痛い魔王(仮)であった。




