13・ヤマダ(仮)について②
【私ね……〇〇ちゃんに見張られてるんだなってわかってたの。……私のお父様、かなり悪い事してたでしょ?】
人混みに紛れ、電車に乗ってバスに乗って……また電車に乗って……。
もう帰り道もわからなくなる位、何度も乗り継いで虫の声が聞こえる、辺鄙な無人駅に辿り着いた。
古びた待合室の、ボロボロのベンチに身を寄せるように座る。
【キッカケは、〇〇ちゃんのクラスにね、こっそり遊びに行った時だったの。〇〇ちゃんはいつもいるのに、その時はいなくて……。クラスの子に聞いたら、〇〇さんはここのクラスじゃないよって言われたの。でも、誰に聞いても〇〇ちゃんのクラスはわからないって言われて……本当にこんな事あるんだなぁって……。】
ヤマダ(仮)は怪しまれない様に、桜子に適当なクラスを教えて、彼女が訪れる際には先行してそのクラスに“居た”。
そしてそのクラスの生徒にも、桜子にも不自然に見えない様に、“訓練”通りに心理を誘導していたのだ。
ヤマダ(仮)は、学園の生徒でもなんでもない。そもそも何者でもない。
【まぁ、それでもいいかなって。最初、怖い位に無表情だった〇〇ちゃんが、少しずつ柔らかくなっていくのが面白かったの。最近じゃ、私が馬鹿な事言うと、困ったみたいな、イヒヒッ。でもちょっと楽しそうな〇〇ちゃんが見れるのが嬉しくってね。〇〇ちゃんは私が守るから。……うん、よかった。涙止まってきたね。いいんだよ、辛い時は我慢しないで、発散しなきゃ!ね?】
あの黄昏の教室からずっと、ヤマダ(仮)は壊れたオモチャのように、涙を流し続けていた。
差し出されたハンカチはグチャグチャなり、桜子が家から持ってきたタオルも二枚目に突入した頃、やっと涙が止まった。
ヤマダ(仮)はこれまでの人生で、涙なんて流した事は一度もなかった。
ふうっと息をついた時、待合室に近づく複数の気配に気づく。
【桜子さん、追手がそこまで来ています。その大荷物ではすぐに追いつかれる。私が合図したら大事なものだけ持って、振り返らず逃げてください。】
【何を言ってるの!?一緒に逃げよう……!】
【ダメです。いいから早く準備を!大丈夫、私もすぐに追いかけますから。】
逃げている最中のヤマダ(仮)は、放心状態で全く機能しておらず、ルートも身の隠し方も全て素人の桜子に守られ頼りきりで、追手に追いつかれるのも時間の問題だった。
心の中で自分の不甲斐なさを詫び、背中に隠し持っていた短刀を抜く。
【せめて……桜子さんだけでも……】
結果は残酷なものだった。
ヤマダ(仮)は全力で、ボロボロになりながらも戦い、桜子を守り逃した。
しかし多勢に無勢。
ヤマダ(仮)がどれほど手練れであっても、手の内を熟知され、手こずらされ削られ心身共に限界を迎えた。
そして今、目の前には桜子が倒れてる。
苦しめて苦しめて、そしてやっと、トドメを刺された様な有り様だった。
ヤマダ(仮)もまた、血塗れのボロボロだった。もはや指一本、動かせない。
《自分だったら……こんなに苦しませる事なく、綺麗なまま……。》
あの橙色の教室で。
ヤマダ(仮)の背後に、武器を持った者達が立つ。
中には、“訓練”を共に生き残った者もいた。
裏切り者のヤマダ(仮)の命を狩る。
桜子の腕の中に、固く抱えられたものが見えた。
金では無い。貴金属でも無い。
青いノートだ。
二人で笑い合って書いた落書きノートだ。
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
この苦しみが。
この憎しみが。
殺意になって、刃になって。
コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス……
視界が真っ暗になった瞬間、呑気な声が聞こえた。
“面白そうなの、見ぃ付けた⭐︎”
「そうして、私は神様にスカウトされて、この世界に召喚されたのです。」
「ほう……」
「魔王さん、聞いてくださってありがとうございます。お陰でスッキリしました。実に清々しい。」
「……であろうな。」
魔王が視線を周囲に張り巡らせると、惨憺たる状況が広がっていた。
森の中の小川は流れを狭めていた岩を、砕かれ放り投げられ削られて、その形を変えた。
堰き止めていた岩がなくなり、川は大きな流れに変わっている。
更に木々はへし折られ、薙ぎ倒されあちらこちらに散乱している。
全てヤマダ(仮)が、泣いて喚いて、大暴れした結果であった。
森の獣や魔物達は、すっかりヤマダ(仮)に怯えて出てこない。
「これだけ暴れれば……うん、そうであろうな。うん、貴様がへし折った木々は、いつかこの川の橋に使われると良いな……うん。」
「不満があったら溜め込まず、都度、しっかりと発散した方がいいと桜子さんからのアドバイスです。」
得意げに語るヤマダ(仮)。
魔王はヤマダ(仮)の語る過去を聞いて驚いた反面、納得した。
『……やはりヤマダ(仮)は、権力者の身勝手な思想で造られた怪物か。全くどこの世界でも、愚かな権力者というものはいるものだな……』
魔王はヤマダ(仮)と言葉を交わすようになってから、自分も権力を行使する存在であるため、察するものがあった。
だから自分を造った者のように、自分を使い潰そうとしているギルド長から逃げたのだろう。
なんて不器用で哀れな造られた怪物。
魔王はまるでかつての己を見ているようで、ついつい彼女を構ってしまうのだ。




