12・ヤマダ(仮)について①
気が付いたら、“私”はそこにいた。
親、兄弟の顔は知らない。
自分の正確な年齢も、国も人種も、何もわからない。
ただ、肌の色と顔立ちで、アジア系の人間であるだろうと言われていた。
名前も無く、“紅・三八六”と性別を識別する色と個体番号で呼ばれていた。
そして、ヤマダ(仮)の周りには、自分と同じ境遇の者達がたくさんいた。
毎日毎日、厳しい“訓練”というものに明け暮れ、コンクリートのジメジメした狭い部屋に、ギュウギュウに押し込まれ、膝をたたんで座って眠った。
段々と“訓練”が厳しいものになり、求められるものが増えていくと、ヤマダ(仮)の周りの者達がどんどん減っていった。
「“訓練”に耐えきれなかった者は弱者、失敗作だと大人は言っていました。」
ズダボロになった同行を、専用の焼却炉に捨てにいく際、見張りだった男に言われた。
最終的にヤマダ(仮)を含む、僅かな人数だけが残った。
大人は、残ったヤマダ(仮)達を大きな屋敷に連れていった。
そこには、着物を着たヨボヨボの年寄りが、黒スーツの大人達に守られて座っていた。
その年寄りは、口をフガフガさせながら、
「オマエタチニハ、コレカラ、コノクニノタメニジュウヨウナ“仕事”ヲシテモラウ。」
その後、ヤマダ(仮)は仮の名を与えられ、ある少女の監視の任務に付くことになった。
少女は“桜子”といい、聖アプリコット女子学園に通う日本有数の財閥令嬢だった。
ヤマダ(仮)は、制服を着て校内に潜入し、訓練された通りに陰から桜子を監視した。
そんな時、それは起こった。
廊下で桜子とすれ違った時、無害な生徒を装うために、たまたま小道具として持っていた一冊の本が彼女の眼に留まった。そんな些細なことがキッカケだった。
【貴女、その本……お好きなの?実は私もなの!!】
曖昧に返事をしたヤマダ(仮)に、何を思ったのか桜子は、その日から付き纏うようになった。
勘が良いのか、ヤマダ(仮)を見つけては、嬉しそうに駆けてきて熱心に本の話をする桜子。
「あの時の桜子さんには、本当に困りました。」
当時を思い出すヤマダ(仮)の声は、言葉とは裏腹にどこか嬉しそうだった。
桜子に接触せず、監視する筈だったのだが、この桜子の予想外の食い付きが凄まじく、ヤマダ(仮)は仕方なく上部に状況を報告した。
すると上部から、しばらく同行し様子を伺えと指示が入り、仕方なく桜子と行動を共にする事になった。
ついには自宅にまで呼ばれるようになり、桜子を通じてたくさんの事を知っていく事になる。
【見てみて!〇〇ちゃん、笑◯って言うご長寿番組で、面白いのよ〜。私的には、白い着物のメガネの人が面白くて好きかな。最近は司会になっちゃって寂しいなぁ〜。】
【これね、最近、流行っている転生モノと異世界召喚モノの本なんだよ。面白いよ!ジャンルはね、“悪役令嬢系”と“聖女召喚系”で、オススメは召喚系だよ。イヒヒッ】
桜子は清楚可憐な見た目に反して、独特の笑い方をする、隠れオタク少女であった。
学校での桜子は、家の為にお嬢様キャラに擬態しており、このフランクな状態が素の彼女である。
そうあの日、ヤマダ(仮)が持っていた本は、桜子が今最も熱くハマっているマイナージャンルの本であり、ヤマダ(仮)を“同志”と勘違いし、我慢できずに声をかけたのだと言う。
そうして、そんな桜子に付き合っていく内に、ヤマダ(仮)はそれらの知識も満遍なく、蓄えていった。
【ね、もし〇〇ちゃんが異世界に行ったらどうしたい?そうそう、私だったら……たとえば、聖女として召喚されたとして〜。】
青いノートを引っ張り出して、自分の妄想をイラスト入りで熱心に書いていく。
時が過ぎれば、黒歴史……特級呪物と化す暗黒のノート生成である。
【う〜ん、いや待てよ?考えてみると召喚って誘拐だよね〜。やだなぁ、そうなったら隙を見て〇〇ちゃんと逃げて、冒険者になってお金を稼いで……、のんびりスローライフをしたいかな。】
【え?〇〇ちゃんは現世に残る?だめだよ〜私達、親友じゃん。異世界で一緒にキラキラ自由ライフを満喫しようぜぃ!ね〜、いいでしょ?〇〇ちゃんと一緒なら、どんな事も絶対楽しいよ〜】
イヒヒッ、かわいいお店開くのもいいなぁと悪戯っ子のように笑い、どんどんノートを書き進めていく。
無邪気で天真爛漫な桜子。
桜子と過ごすこの時間は、とても穏やかでヤマダ(仮)の空っぽだった中身を、埋めて満たしていくような、あたたかいものだった。
しかし、そんなヤマダ(仮)に、新たな任務が更新される事になった。
“サクラコヲ、スミヤカニシマツセヨ”
桜子の父親は、先代の当主に比べ無能だったが、かなりの野心家で良からぬ事業に手を出し、他の実業者を巻き込んで失敗したらしい。
厄介な後始末とそのペナルティー、そして見せしめとして一人娘の桜子が犠牲になる事になったのだ。
ヤマダ(仮)はそうなる結果を見越して、桜子の監視……そして刺客として送り込まれたのだった。
その日の夕暮れ、怖いほど美しい橙色に染まる人気のない教室。
ヤマダ(仮)の目の前には、不思議そうな顔の桜子がいる。
桜子は、ヤマダ(仮)の手に握られた細い棒のような武器を見て、全てを察した。
ヤマダ(仮)にとって命を奪う事は造作もない事だった。
“訓練”の中で、戸惑いも躊躇もなく奪ってきた。それこそ、一緒に育ってきた者達ですらも手にかけた。
この異世界に来ても、その気持ちは変わらない。そう訓練され、それしか知らずに生きてきたのだから。
しかしこの時の……桜子にはどうしても、“それ”が出来なかった。
武器を持つヤマダ(仮)のブルブルと震える手を、そっと桜子の柔らかい手が触れる。
【一緒に逃げるよ。〇〇ちゃん。】
そのままヤマダ(仮)の手を引いて、家から現金と二人分の荷物を持ち、桜子は一緒に逃げてくれたのだった。




