11・ヤマダ(仮)の逃亡
「ヤマダ(仮)!どうしたというのだッッ、おい!」
町を抜け、森の中を爆走するヤマダ(仮)と、必死で呼びかける魔王の姿があった。
ことの始まりは、まだ夜が明けず薄暗い部屋の中。
ヤマダ(仮)は、いつものように安宿のシーツに包まり、壁に寄りかかって眠っていた。
魔王もまた、定位置であるサイドテーブルの上に置かれている。
突然、何の前触れもなくヤマダ(仮)は、カッと目を開き立ち上がると、何も言わずテキパキと部屋を片付け始めた。
「むぅ、どうしたのだ?まだ真っ暗ではないか……。」
精神と魂だけの状態でも、しっかりと眠る魔王はヤマダ(仮)の突然の奇行に目を覚ました。
殆ど音を立てず、ベッドを直し髪の一本も残さないよう徹底的に掃除をして、身支度を整える。
仕上げとばかりに、戸惑う魔王を懐に入れた。
「ヤマダ(仮)……?」
「お静かに。魔王さん。」
それだけ言うと静かに窓を開け、軽い身のこなしで外に出た。
そのまま、下には下りず、スルスルと壁を登り、屋根にたどり着く。
外は室内同様、夜が明けておらず薄暗い。その中を音という音を一切立てず、身を低くしたまま立ち並ぶ家の屋根を走り、時には障害物を飛び越えていく。
あっという間に、冒険者ギルドの建物に辿り着いた。
「……?」
律儀に黙ったまま、魔王はヤマダ(仮)の様子を伺っている。
人気のない冒険者ギルドの裏口、ハメ殺しの小さな窓を見つけ、薄いヘラのような刃物を使い、窓枠を外した。
いくら小柄なヤマダ(仮)もそこは通れないだろうと、魔王はハラハラと見守る。
しかしヤマダ(仮)は、窓に頭を入れ、小さくコキコキと体を鳴らすとスルンッと体を室内に入れてしまった。
『えぇーーーーっっ!?何、どうなっとんの、此奴の体……、蛇なの?蛇なの!?』
慄く魔王をそのままの、気配を殺し音もなく二階の執務室に向かう。
途中、警備に雇われている冒険者が見張りの為に歩いているが、誰一人として身を隠すヤマダ(仮)に気付かず、通り過ぎていく。
『はぁ、此奴はこうやって我の城にも潜入してきたのだろうな……怖いわぁ〜』
ドン引く魔王を他所に、無人の執務室に入る。
執務用のデスクの前に立ち、ヤマダ(仮)は自分のギルドカードを置いた。
そして、背中に隠し持つ短刀を抜き、魔王が止めるのも聞かず、カードの上に振り落とした。
そして冒頭に戻る。
町からだいぶ離れた、人気のない森の奥。
珍しく息を切らせたヤマダ(仮)は、小さな川のせせらぎを見つけ、フラフラと座り込む。
「やっと止まったか……。ヤマダ(仮)よ。どうしたのだ?せっかくのギルドカードをあの様にしては……」
「…………ちがう。」
「む、何だ?聞き取れぬぞ、もう一度言……。」
ポタッ……。
ヤマダ(仮)の手の上に置かれた、魔王の上に何かが落ちた。
視界を上に上げると、魔王は慄いた。
「や、ヤマダ(仮)!目から水が出ているぞ!?……ん?水……え?涙……?」
魔王はこの瞬間、恐らく生涯で一番驚いた。
鬼の目にも涙ならぬ、ヤマダ(仮)の目にも涙である。
ヤマダ(仮)がこの世界に来て、一番近くそして長く接しているのが他の誰でもない、この魔王である。
その魔王から見ても、ヤマダ(仮)は感情の起伏が乏しく、如何なる魔物の前でも歴戦の猛者の様に、淡々と冷静に対処する、何か色々とヤバいヤツである。
何度、こいつ本当にヒトなのか?こいつをチョイスした神、ヤバくね?と思ったかわからない。
そんなヤマダ(仮)が、今!年相応の少女のように目から涙を流している。
しかし、ハラリハラリと流す涙ではなく、滂沱の涙である。勢いがすごい。
『えぇ!?何これ、一周回って……いや一周しなくてもマジで怖いのだが…』
「ちがう……ちがッッ……ひっ!ヒィッ、ヒッヒッ!」
「お、落ち着け、ヤマダ(仮)!落ち着いて息を吸って吐け。魔女が笑う時の声になっている!吸って……吐け。ヒッヒッふぅ〜だ!ん?吸うのが多い?」
魔王は動揺していた。
「ぅ……ぅ……、うあああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁんっっっっっっっっ!!!!!」
ヤマダ(仮)の泣き声は、森の中を木霊していったのだった。
その頃、件の冒険者ギルドでは……。
昨晩、明るい未来を祝してコーラクと飲み歩き、二日酔いの頭痛を押さえながら、出勤したギルド長。
執務室の自分のデスクの上、ヤマダ(仮)の真っ二つになったギルドカードを発見し絶叫した。
その声に、同じく二日酔いのコーラクと開店準備をしていた茶髪の受付嬢が駆けつける。
二人はヤマダ(仮)のカードを見て、嘆くギルド長を見てため息。
「あららぁ〜、やっぱり嫌われちゃいましたねぇ〜」
「あ〜あ、せっかくの有望な新人に逃げられちまったじゃねーか。」
「な、な、私が何をしたと!?良い条件を提示して、この私が守ってやると言ってやったのに…何が不満だったんだ!?あの無能ムスメはッッ!」
ヤマダ(仮)を使って、各国の要人達に借りを作り、太い人脈を手に入れ、ギルドの重要なポストに付く野望が呆気なく頓挫したのだ。
三十代男の本気のガチ泣きと逆ギレである。
「そりゃ〜、女の子は難しいですからねぇ。それにあの子、持っているお守りの玉に話しかけちゃう位、繊細だしぃ。」
(※魔王はヤマダ(仮)以外に、魔法で声が届かないようにしている。)
「それとも、単にギルド長の加齢臭がキツくて、キモくて嫌だった的な?」
「はあぁ〜〜〜〜!?私、まだ三十代ですが!?臭くないですし?キモくないですし?女性冒険者にはギルド一、イケメンと言われているんですよ!そんな私にあそこまで言われて逃げるとか…この娘がおかしい!!」
「あ〜、まぁギルド長って、女性冒険者には人気ですよね〜。私は好みじゃないですけど。」
「いや、マジですごいなぁ、この子……このギルドにも、警備のヤツらを何人か駐在させてたんだろう?誰も気づかなかったのか〜」
俺には真似できね〜わ、と笑うコーラク。
悔しげに震えるギルド長は再び、叫んだ。
「私は絶対、諦めませんからねぇぇぇえええええええええええええええええっっっっ!!!」
奇しくも森で泣き叫んだヤマダ(仮)とまったく同じタイミングであったが、それを知るのは神のみである。




