第九話 文化祭のあの日
「はい、はい……分かりました。湊くんに伝えておきます。はい。失礼します」
伊藤母は長原が電話を切ったことを確認して受話器を置く。そのままスライム化してリビングの床で伸びている朝浦に声をかけた。
「湊くん、明日は休んでいいって」
「……分かった」
「私たちは警察の人に呼ばれてるから、明日は留守にするわね」
「……うん」
「朝浦さんたちが来てくれるから——」
彼女がそう言った時、玄関チャイムがピンポンとなる。やってきたのは朝浦母だった。
「ヤッホー、来たよ。みなとは……スライムか」
「……母さん?」
「ほら、今、大変でしょ? だから、来ちゃった。ねえねえ、触って欲しくない家事、ある?」
「そうね、基本的には触っていいわ。でもいいの?」
「そのために来たんだから」
伊藤母の言葉に、朝浦母はからからと笑う。
「悪いわね」
「いいのいいの。しょっちゅうみなとを預かってもらってたんだから。とりあえず、今日はホテルに帰るね。明日、何時に警察行くの?」
「九時くらい」
「ん。じゃあ、それよりちょっと前に来るね」
「……ありがとう。その……買い物、行ってくれる? お金渡すから」
「おっけおっけ。みなとも来る?」
「……スーパーはダメだよ……。……僕がこの辺りにいるって思われちゃう」
「あー、そうだったね。ん、分かった。じゃあ、また明日。おやすみ」
朝浦母はそれだけ言って、颯爽とホテルへ帰って行った。
「……あの子は相変わらずなんだから」
伊藤母はくすりと微笑む。
「動けるようになったら、ご飯食べなさいよ」
「……はぁい」
湊はのろのろと首だけ動かした。
◇
翌朝。ひなの両親と朝食を食べた朝浦は、子役時代から使っている部屋にこもる。いつもなら、オフはひなと過ごしつつ、台本を開いたり話題のドラマや映画を見て演技の研究をしたりする。だが、朝浦が手に取ったのはスマホだった。
(……ひなからの連絡は……来てない……)
ぱたりとスマホを閉じる。ベッドに身を預けていれば、タンブラーが目に入った。
(……あれ、ひなからのプレゼントだっけ……)
確か文化祭で作ったって、言ってたな。
(……ひなの高校の文化祭に誘われて、なんとかオフ作って行ったんだっけ。変装、大変だった……)
目を伏せつつ、息を吐く。
(……ひなが告白されてるの、見ちゃって。……嫌だな、って……。……それで……)
朝浦はそっと唇に触れる。
(……ひなの唇、奪っちゃった、な……)
口角が上がる。脳裏によぎるのは、真っ赤になったひなの顔。「もう!」とは怒られた。でも、その日から、なんとなく一緒にいる。
(……どこに……いるんだろう……)
ため息は部屋へと静かに溶けていった。
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