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第八話 降板

 朝浦を伊藤家へ送り届けた長原は、事務所へと連絡を入れる。


「お疲れさまです。長原です。……朝浦の件で、ご相談があります」

『担当者の方につなぎますね』


 保留音が鳴る。すぐに担当につながった。


『お疲れ様です。何かありましたか?』

「お疲れ様です。……朝浦から、活動を休止したい、と申し出が」

『……朝浦の件ですか?』

「はい。……本人の状態を考えると、今のまま撮影を続けることは難しいと判断しています」

『具体的には?』

「……演技に全力を出せてない、と。その状態でカメラの前に立ち続けてはならない、と」

『……ストイックですね』

「朝浦ですから」


 長原はほんのわずかに笑いをこぼした。


『……長原さんの目から見ても、厳しそうですか?』

「……かなり、自分を責めていらっしゃいました」

『どの程度でしたか?』

「……今の自分は、俳優の朝浦湊じゃない、と。……ただの湊だ、と」

『……分かりました』


 担当は静かに返答する。


「ありがとうございます」

『タレントを潰しては、元も子もない。……復帰の目処は』

「分かりません。……少なくとも、彼女が戻らないことには」

『……撮影中の作品への参加は、どうでしょうか』

「本人は降板を希望しています」

『……そうですよね。……CMなどは降板できそうですが……問題は……』

「撮影・放送中の主演作ですね」


 二人とも黙り込む。


『せめてそちらだけ、参加されるというのは……』

「厳しいかと。……黒瀬さんとの共演作です」

『……そう、ですよね……。……交渉、できそうでしょうか』

「やってみます」

『お願いします。こちらは広報の準備に入ります。状況が確定次第連絡を』

「連絡については承知しました。失礼します」


 電話を切る。次に打ち込むのは、担当プロデューサーの番号だった。


「お世話になっております」


 簡潔に名乗れば、相手は『お世話になっております』とにこやかに答えてくれた。


『……それで、本日はどのようなご用件でしょうか』

「弊社所属タレントの朝浦湊が、主演作品の降板を希望しております」

『……事情をお聞きしても?』

「はい。現在、私生活で重大な問題を抱えておりまして。本人の状態を考えると、今のまま撮影を続けることは難しいと判断しています」

『……重大な問題とは何か、お聞きしてもよろしいでしょうか』

「一般の方のプライバシーに関わる問題ですので、お答えしかねます」

『……なるほど……』


 プロデューサーは静かに唸る。


『事情を伺えない以上、こちらも判断が難しいです。……具体的にはどのような状態なのでしょうか』

「演技に全力を出せてない、と。……現状、状況が好転する目途も立っていない上、徐々に悪化しております」

『……除々に……』

「はい。判断が遅れれば、突如出演が不可能になる可能性も否定できません。……スケジュールの変更や脚本の修正などご迷惑をおかけすることにはなりますが、どうか、ご検討いただけませんでしょうか」

『……出演不可能に……。……復帰の、目処は……』

「分からない、としかお答えできません」

『……確約はできませんが、降板を視野に入れて、現場と、相談します』

「お手数をおかけします」

『……明日の撮影は』

「……できれば、休ませていただけると」

『……分かりました』

「ありがとうございます」


 長原は何度も頭を下げ、「失礼いたします」と電話を切った。

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