第十話 画面の向こうの自分
こんこん、とノックの音が響く。顔を出したのは朝浦母だった。
「お昼よ」
「……いらない」
「え〜、作っちゃったわ」
「……分かった」
朝浦はのそのそと起き上がる。リビングに向かえば、机の上にはチャーハンが乗っていた。
「……チャーハン?」
「好きでしょ」
「……そうだけど……」
彼はそう言いながら椅子に座る。ゆっくりとスプーンを動かしていれば、テレビで流れているバラエティが目に入る。
「あら、この人かっこいい」
「深谷賢太郎? ……彼、オレンジジュースがある居酒屋に詳しいよ」
「なんで?」
「下戸だから」
「あら意外」
「顔に似合わないってネタにしてる」
「分かるわぁ。……うわ、これ登るの? きつそう」
「……きついよ。おっこちて、お尻が二つに割れた」
「あら〜。スライム、酷かったんじゃない?」
「……一時間は余裕だった。演技してなかったのに」
「相当しんどいのね」
「……二度とやりたくない。あのディレクターは恨んでる」
のろのろと、それでもスプーンは進む。お茶まで全部飲み干した朝浦は、ふう、と息をついた。
バラエティが終わり、番宣が流れる。テレビの中にいた『朝浦』は、『黒瀬』を「君は青いね」と静かに挑発する。
「……」
朝浦は視線を逸らすことしか、できなかった。
◇
昼過ぎに朝浦のスマホが鳴る。……もしかして。
だが、スマホを開く朝浦の目に映ったのは長原という名前だった。
「……お疲れ様です」
『お疲れ様です。……協議の結果、活動休止と降板の許可がおりました』
「……ありがとう」
『いえいえ。……明日にでも追加シーンを撮影し、クランクアップという形となります。……いけますか』
「……それくらいなら、頑張るよ。……迷惑、かけちゃったし」
『分かりました。六時には迎えに上がります』
「ありがとう。……その、さ」
スマホを持つ手に、力が入る。
「……黒瀬には、自分で言いたい。……ダメ、かな……」
『活動休止の公表は、明後日です』
「……そう、だよね……」
『……黒瀬さん以外には、ご内密にお願いします』
「いいの?」
『はい。……今から言うのは独り言です。……黒瀬さんは今夜空いている、という風の噂が』
「……ありがとう」
『ただの独り言ですよ。それでは、失礼します』
電話が切れる。ツー、ツーという音だけが、部屋に響いていた。
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