第十一話 勝負は、その時まで
朝浦は息を一つ吐くと、共演者たちで作ったグループチャットを開く。メンバー一覧から黒瀬の名前を探し、個人メッセージを打ち込んだ。
『少し話したい。今日の夜、時間をもらえないかな』
アプリを閉じ、グルメサイトを開く。都心からも伊藤家からもアクセスが良い、個室のある店を探す。そうしていると、通知が鳴った。黒瀬からのメッセージだ。
『珍しいな。大事な話か』
『うん』
『今夜ならいい』
『ありがとう。店、予約するね』
『分かった』
チャットを開き、目星をつけた焼き鳥を予約する。予約の詳細画面をスクショし、メッセージに添付した。
◇
その日の夜。変装した朝浦は、電車に乗り間違えそうになりながらもなんとか焼き鳥屋に到着した。
「……遅かったな」
「……ごめん、待たせた」
「……今着いたところだ」
個室に通される。飲み物と、焼き鳥を数品注文し、お冷やを口に含んだ。
「……呑まないんだな」
「……気分じゃ、なくて」
「……そうか」
朝浦はおしぼりを開いては、畳む。黒瀬も水を何度か口に運んだ。すぐにお通しと飲み物が運ばれてくる。
「……乾杯、しておくか」
「……そうだね」
グラスを合わせる音だけが響く。ジュースで口を湿らしたところで、朝浦は「……あのさ」と引き出した。
「……ごめん。主演、降りることにした」
「……聞いていた」
「……だよね。……活動も、しばらく休止する」
黒瀬の瞳が、わずかに揺れた。
「……何があった」
「……君を見ても、悔しいと思えなかった」
「……やっぱり、か」
「分かっちゃったか」
朝浦は静かに息を吐く。
「……理由を、聞いてもいいか」
「……僕の問題。……ちょっと、言えない。……でも、そうだな……」
ことりと、グラスを置く音が響いた。
「……大切な人が、いなくなった」
「……大切な人が?」
「うん。……これ以上は、言えない。……けど」
朝浦の視線が、机の上を彷徨う。
「……今の僕は、演技に全力を出せてない。……情けなくて、たまらない……」
黒瀬は、何も言わない。沈黙が、痛い。ややあって、彼は口を開いた。
「……事情は、分かった」
黒瀬はじっと朝浦を見る。朝浦はごくり、と唾を飲み込んだ。
「……いつでもいい。……戻って、これそうか?」
朝浦は静かに指を組んだ。
「……分からない。……けど」
呼吸を一つ置く。声が震える。
「……戻りたいよ。……君との勝負は、楽しかった。……だから」
「それなら」
黒瀬は口角を釣り上げる。
「勝負は、その時までお預けだ。……勝ち逃げ、許さねえからな」
「……いいの?」
「当たり前だ。俺の目標は、全力のお前を負かすことだ」
「……全力の……」
「ああ。……戻ってきた時、腑抜けた演技したら承知しないからな」
「……分かった」
ようやく、湊はまっすぐ黒瀬を見ることができた。
「首洗って、待ってろよ」
「……うん」
「……とりあえず、食え。腹が減ったら、全力は出せねえ」
「……食欲、ないんだけどな……」
朝浦の表情が、ようやく緩んだ。
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