第五話 最後のメッセージ
小一時間後。なんとかスライムから復活した朝浦は、食卓で夕食を食べる。今日のメニューは肉野菜炒めだ。
「……ありがとう。いただきます」
「召し上がれ」
彼はもしょもしょともやしと肉を口に運ぶ。伊藤母は「この後、時間ある?」と聞いた。
「……スライムだけど、それで大丈夫なら」
「警察の人が話を聞きたいんだって」
「……分かった。電話? 直接?」
「直接らしいわ」
朝浦は背もたれに深くもたれかかる。
「……話はいいよ。でも、背筋は許して」
「俳優がそれでいいの?」
「……俳優の朝浦湊は閉店時刻です……」
「でしょうね」
伊藤母はくすくすと笑い立ち上がる。
「警察に連絡入れておくわ。来る前にお風呂入っちゃいなさい」
「……うん」
朝浦は大きく息を吐いた後、亀もびっくりのスピードで動き始めた。
シャワーを浴びて、寝巻き代わりのジャージに着替えたところで、玄関のチャイムが鳴った。
朝浦は食卓に座ったまま警察と向き合う。
「……失礼ですが、朝浦湊さんですよね?」
「……合ってますよ」
「テレビで見るお姿と、印象が……」
朝浦は背もたれに預けていた身体を、ほんの少しだけ起こした。
「……すみません。充電切れで。話はちゃんとできます」
「……疲れてるところのご協力、感謝します」
「大丈夫です。……その、ひなは?」
「……まだ、行方はわからず……」
「そうですか……」
朝浦はしゅん、と肩を落とす。
「まず、失踪当日の様子からお聞きします。最後に伊藤さんと直接会ったのはいつですか?」
「……失踪した日の六時くらいです。僕が現場に向かうために、先に家を出ました」
「なるほど。では、メッセージや電話などのやりとりは?」
「……失踪した日の、十二時半くらい、かな……。『お昼食べた?』とか、そんな感じです」
朝浦はそう言ってメッセージアプリを立ち上げて警察に見せる。
『ひな
「お昼食べた?」
湊
「たべた」
ひな
(OKというスタンプ)』
その後、深夜に送った『ひな?』は未読のままだった。
「ありがとうございます。伊藤さんはいつも、仕事が終わったあとに連絡をしますか」
「……残業とかで僕より遅くなりそうって時は、今から帰る、くらいは」
「伊藤さんが帰宅しなかったことに気づいたのは、何時ごろですか?」
「……深夜零時ごろです。十九時くらいに僕が家に帰って、スライム……えっと、疲れて寝ちゃって。それで、深夜に目が覚めても、まだ帰ってきてなくて」
「なるほど」
警官はメモをとりながら頷く。
「そのあと、伊藤さんに連絡を?」
「はい。メッセージを送って、通話もかけてみたんですけど、出なくて」
「残業が多い方ですか?」
「……炎上、だっけ。そうなった時はあるけど……、くらいです」
警官はぴたりと動きを止める。
「……炎上? SNSですか?」
「そっちじゃなくて、プロジェクト? の炎上? って言ってました」
「ああ、なるほど。仕事帰りによく立ち寄る場所は?」
「……近くの、スーパーですかね。どのスーパーかまでは……」
「普段と違う行動や、最近の生活の変化はありませんでしたか?」
「……なかったはずです。……前日も、土曜日に電気屋さんに行こう、アニメ映画見ようって、話してて」
朝浦は俯く。その手は、所在なく手遊びを繰り返していた
「最近、誰かと揉めていませんでしたか?」
「……何も、聞いてないです」
「近くで不審人物を見ることは?」
「……特には……。僕のこともあるから、ひなには変な人がいたらすぐ言って、とは言ってるんですけど……何も、聞いてないです」
警官は「ありがとうございます」と微笑む。
「最後に。伊藤さんが帰宅しないことは、これまでにもありましたか?」
「……夜遅くで帰ってこないのは……本番化? みたいな時、くらいです」
「……本番化、ですか?」
「なんか、夜か土日しかできないらしくて……」
「……ああ、ITでしたね」
警官は笑みを浮かべる。
「ご協力、ありがとうございます」
頭を下げる警官に、朝浦は震える声で問いかけた。
「……ひなは、見つかりますか?」
「……現時点では、なんとも」
「……分かり……ました……。……どうか、お願いします」
朝浦は深く頭を下げる。警官は「全力を尽くします」と微笑んでいた。
読んでくださりありがとうございました。評価、いいね、ブックマークをしてくださると励みになります。




