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第十三話 最期の役に託すもの

 黒瀬と話した翌日の事。朝浦は長原の運転する車で現場に向かっていた。


「……長原さん、今日の現場、ここだけだよね」

「はい。……どうかなさいましたか?」

「……ちょっと、連絡取りづらくてもいい?」

「……と、言いますと?」

「……現場にいる間、スマホ、預けたくて。……気になっちゃうから」

「……分かりました。お預かりします」

「ありがとう」


 朝浦はほんの少しだけ笑みを浮かべる。そのまま車は現場へと辿り着いた。


「……じゃあ、はい、これ」

「お預かりします」

「……よし、頑張ってくるよ」


 朝浦はスマホを長原に預けて、ほっぺたを軽く叩いてから現場に入った。


「今回はご迷惑をおかけして申し訳ございません」

「いえいえ。こちらが新しい台本になります」

「拝見します」


 朝浦はぱらぱらと台本をめくる。彼の演じる役は、因縁の相手に殺される事になったようだ。

 雨の中、相手をギリギリまで追い詰め、殺されてしまう。けれど、彼は黒瀬の演じる役に証拠を託す。……黒瀬の役を、信じて。


(……彼は、僕に殺されるようなものだ)


 息を吐く。相手を追いかけて、追いついて。どうにかしたいのに、どうにもできない。無念だろう。自分に腹が立つに違いない。

 ……近頃遠かった彼が、自分のそばに来た。……今日は、どうにかなりそうだ。


「……いけますか?」

「頑張ります」


 朝浦は静かに頷いた。



 相手役の俳優と一度読み合わせた後、カメラの前に立つ。やっぱり、彼は降りてこない。


「……お前だったのか」


 ここは静かに。ゆっくりと。怒りが大きすぎて、逆に静かになってる。間は長め。


「おやおや。さすが、天才ですね」

「……そうだよ」


 目はちょっと伏せる。でも、口角は上げる。勝てるって、そう思い込んでるから。

 シーンは進む。相手を追い詰めたくて、周りが見えなくて。だから、エキストラに視線を向けない。……そこを、つかれる。


「がはっ……」


 刺される。崩れ落ちる。肩を上下させて、苦しそうに息をする。手足から力をくたり、と抜く。呼吸も弱める。

 ……もう、どうにもできない。思うようには動けない。


「……このっ」


 相手を掴む。ひとかけらでいい。証拠さえあれば、彼なら。……黒瀬の演じる、彼なら。

 ……役が近づいてくる。降りてはこない。それでも、近くにいる。


「……あいつなら……きっと……」


 何もできない。託すしかない。……情けないけど。

 ……あいつは、青い。青くて、まっすぐで。真実に、食らいつける。


 完全じゃない。けど、役と自分が、混じる。

 ゆっくりと目を閉じる。そして、最後の息を吐き出した。


「……カット」


 監督の声が響く。朝浦はしばらく目を閉じていた。


「……大丈夫ですか?」

「……すみません」


 肩を叩かれ、彼ははっ、と目を開ける。……ちょっと、役が抜けるのが遅かった。

 朝浦は立ち上がり、監督に声を掛ける。


「……大丈夫でしたか?」

「……ほんのわずかに演技にブレがありますが、許容範囲です」

「……ブレてましたか」

「言われないと分からない程度かと」

「……そう、ですか」


 ……万全じゃないな。彼はそう独りごちる。


「……あと数シーンです。……いけますか?」

「やります」


 朝浦はなんとか頷いた。



 朝浦は演技を続ける。役が降りてくるとも限らない。降りてきても、そのものにはなれない。境界があやふやになり、役から戻るのに時間がかかる。

 それでも、彼は演じ続けた。そして。


「朝浦湊さん、クランクアップです!」


 スタッフの声が響く。……終わった。その瞬間、朝浦は地面に座り込む。


「朝浦さん?」

「……すみません、充電切れです……」

「……充電?」

「……昔から、切れやすくて……。現場で切れたことはない、んですけど……」

「……立てますか?」

「……ギリ、スライムじゃない、はず……」


 彼はそう言いながら、なんとか立ち上がる。足元がふらつく。


「座ってください。送迎、呼べますか?」

「……スマホ、預けてます……」

「……連絡入れてきます。マネージャーさんで大丈夫ですか?」

「……ありがとう、ございます」


 ……青空が、目に眩しかった。

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