第三話 出会いもあれば別れもあるもんだよ
ゴブリンに拾われてから一年が経った。
黒竹の牢の中、昼夜の感覚が失われつつも生き延びることがかなったのはひとえに相部屋ゴブリンからの栄養補給があったからだろう。
マズくとも母乳。
栄養満点であったことが身をもって立証されたわけだ。
一年もあれば当然、集落内でも赤子が生まれる。
全身緑のミニゴブリン。
生まれた直後からサイズ以外は成体とさほど違いはない。
ゴブリンという種族は、短命だ。
誕生から半年ほどで成体となり数年で死ぬ。
雌雄の差は俺からしてみればほとんどなく、未だに見分けがつかない。
相部屋ゴブリンさえ、一度群れの中に紛れてしまえば判断つかないほどだ。
俺は半年前に生まれたゴブリンの片耳を誕生した直後に潰した。
研究のために目印を刻んでおいたのだ。
こいつを一号と呼ぶことにした。
一号は群れの中では、期待の新人ポジションにいる。
何を成したからかは判らないが、とにかく群れで一目置かれている。
───
一歳になった俺はもともと体が丈夫だったのもあるのか、走り回ることができていた。
いつも通り、体を鍛える。
前世では筋トレとかまったくやってこなかったからどんなメニューがいいとか分からないが、とにかく知っていることをできる範囲でこなす。
腕立て、腹筋、スクワット、プランク。
キューっと腹を空かせると相部屋ゴブリンが授乳させようと捕まえてくるが逃げる。
喉の渇きは、湿った岩肌を舐めて潤す。
不衛生だと思う。
しかしなぜだか一度たりとも病気に罹らないのだ。
もしかしてフェンリルの血がここで役に立っているのだろうか。
調べようもないことだが。
私、気になります。
───
数か月過ぎた頃、相部屋ゴブリンが死んだ。
悲しくないと言ったら嘘にはならないが、それでも少し‥‥‥いや別になんの感情も湧いてこないわ。
死体は早々に牢から外へ運ばれた。
弔いでもするのだろうか。
そう思ったの束の間。
数分後、一号がぼりぼりと尻をかきながら牢の中へと何かを投げ込んだ。
俺は地面を転がるそれを見る。
黒?
正確には赤黒い丸い玉だ。
つついてみると、しっかりとした弾力があって指を押し返してくる。
なんだろうか?
匂いは、いつも通り最悪だ。
大小の糞便に鉄を混ぜたような感じ。
なんだこれ?
視線を上げると、一号は同じものを次々に口の中に放り込んでネチャネチャと咀嚼していた。
食い物。
ゴブリンの食い物だ。
人間の食うものではない。
しかし、今までこんなもの出てきたか?
記憶を辿ってみると、何度か似たようなものを見た記憶がある。
相部屋ゴブリンの乳首に一心不乱にしゃぶりついていたとき、外の奴が相部屋ゴブリンに投げていた。
ああ、これか。
思い出したところで食べるわけではないのだが。
さて、どうしようかこの肉団子。
このまま放っておくと腐りそうだし。
食べたくもないしここに置いておきたくもない。
俺はこの肉団子を捨てることにした。
拾い上げて投手さながらのピッチングで肉団子を投げ飛ばす。
竹牢の隙間をすり抜けて、洞窟の外へと向かう一号の脇を通る。
赤子でこれほど投げれたら十分だろう。
ふぅ、と一息つきトレーニングを再開しようと地面に両手をついた途端、前方からボゴンと大きな物音がした。
なんだ?と視線を上げると、一号が頭から血を流して倒れていた。
一号ぉぉぉぉおおお!!!
なんで?誰がこんなことを……。
一号の周囲を観察すると、彼の頭の隣には血液がべったりと付着した尖った岩が。
なんでこんなことに……。
悲しみに暮れる演技をしていると、物音を聞きつけた他のゴブリンが駆けつけてくる。
「キャ!キキャキャ!!ケケケキャ!!」
「プモォォォ!!キャキャギャ!!」
そのうちの一匹が何かを見つけたように一号の足の裏へ手を伸ばす。
引き剥がされたのは薄い何かだった。
餃子の皮のようなそれの匂いを嗅いだゴブリンは、気に入ったのか口の中に放り込んだ。
くちゃくちゃと咀嚼しながら、視線を向けてくる俺へと威嚇する。
つまり、一号は足元にあった何かに滑ってしまって転んで死んでしまったのか。
………さっきのゴブリン、一号の足についたものも食ってたよね。
匂いさえよければ全部食う奴らが、足元に落ちてるもの見ないことなんてある?
ないよな。
そもそも、昨日まではあんなところに柔らかそうな物なんて落ちてなかった。
あるとすれば今日。
………俺か。
俺が投げた肉団子に足を滑らせて一号は死んだのか。
そうかそうか。
……一号、すまん。
この日、俺は二人も知り合いを亡くした。




