第二話 赤ちゃんはじめました。
神獣フェンリルの血というのは想像以上に体を丈夫にしてくれている。
パパに捨てられた俺を発見したゴブリンは、俺の頭を鷲掴みにして巣へと持ち帰ったのだ。
ずるずると引きずられて運ばれる俺。
およそ赤ん坊にする所業ではないが、こいつらはそういった倫理のようなものは持ち合わせていないのであろう。
ゴブリンたちの巣に到着したのは、大体1時間くらい後のことだ。
岩壁を背にした円形の集落。
集落の直径は、見る限り50メートルあるかないか。
その中に、複数の焚き火を燃やして、それを2〜4体のゴブリンが囲う。この集落のゴブリンの総数はおよそ50弱ってところか。
それにしても、どいつもこいつと頭の悪そうな奴らだ。
なんかもう、全部がバカそう。
あるところでは、薪に火をつけて仲間に押し当てて、殺し合いを始めるわ。
もう一方では、糞してるゴブリンの尻の穴に指を突っ込んで匂いを嗅いでケラケラ笑ってるわ。
クスリでもキメてんのかね?
周囲を観察していると、俺を捕まえているゴブリンが動き出す。
ゴブリンは、どんどんと集落の奥へと進んでいく。
あ。
先程は薄暗くて気が付かなかった岩壁の洞窟の中へと入っていく。
うわ、臭っせ!?
糞とアンモニアとよく分からないが人体に害のありそうなガスがミックスされたような臭いだ。
赤ちゃん大切にしろよ!!
僅かな松明に照らされた道を進んでいくと、奥には、黒ずんだ竹のようなもので作られた手製の牢があり、俺はその中へと投げ込まれた。
「んきゃあ!?」
何すんだこの野郎!?
何かあったらどう責任取るつもりだ? あぁ?
宙に浮く体。
地面に叩きつけられる前に受け身だけでもと体勢をよじっていると。
───ポフッ
やわらかい何か。
クッションのようなものに体を支えられた。
なんだろう?
手足はおくるみで動かせないため頭だけ少し動かして下を覗いてみると。
とがったデカ鼻にハゲ頭、吐き気を催す香りを放つ全身緑の低級モンスター。
雑魚の代名詞であるゴブリンさんの異様に膨張した腹の上だった。
突然、腹の上に重りを乗せられたゴブリンは目を覚ます。
むくりと起き上がったせいで、腹上にいた俺は転がり落ちて地面にゴチンと頭をぶつけた。
うん、痛い。
確かに痛みはするけどそれだけだ。
この体が生後どのくらいかは知らないが、赤ん坊の骨ってまだ柔らかいんじゃなかったか?
痛むだけで済むは、魔獣の、いやフェンリルの血のおかげだろうか?
目を覚ましたゴブリンと目が合った。
ゴブリンは視線を俺から外さない。
黒く濁ったその目からは知性を感じ取ることはできず、何を考えているのかがさっぱり判らない。
そのときだった。
牢の外から一匹のゴブリンがやってきて俺と相部屋のゴブリンに何かを言った(おそらく命令した)。
「コケケキケキケ、ケキャ!」
「ケケケ、キケ」
ゴブリン語ってのがあるのだろうか。
それとも動物みたいに音に意味を乗っけているだけなのか。
まぁ、それを考えても意味はない。
理解できないし、しようとも思ってないから。
それよりも大事なのは俺がどうなるのか、ということだ。
相部屋ゴブリンは頷くと、ひょいと俺を持ち上げた。
「あうあ‥‥‥あううういあ‥‥‥」
なんだ‥‥‥?何する気だ?
俺は困惑した。
こいつの目、俺を食おうとする捕食者の目ではない。
どこか、責任感と慈愛の籠ったような目をしている。
「ふぅ‥‥‥」
ひとまず、安心していい‥‥‥のか?
僅かな気の緩み。
引き締めていても赤子ではどうすることもできないが、それでも緊張の糸が解かれた瞬間だった───
───トロッ
俺は見た。
相部屋ゴブリンの乳首から濃い黄色の何かが垂れたのを。
あれはなんだ?
なぜこのタイミングなんだ?
思考が高速で加速する。
加速思考中の俺を置き去りにしてゴブリンは自身の乳首と俺の口をドッキングさせようと近づける。
「んあぁぁぁ!!いああ!いああ!」
いやだいやだいやだいやだいやだおぇくっせいやだいやだいやだいやだいやだ!!!!
真紫のゴブリン乳首から流れる山吹色の母乳から放たれる悪臭。
獣人になったせいか嗅覚が強化された俺には匂い爆弾もいいところだった。
おいぃ!!そのくっさい乳首を俺に近づけるなぁ!!
よせ、頼むから!
よし分かった。大人しくするから、心の準備だけ───。
やっぱムリ!
あ、あぁぁぁ!!!よせよせよせよせ!!
や、やめろおおおおぉぉぉぉぉぉぉおおおおぉぉお!!!!
「ちゅぱ」
赤ん坊には吸啜反射ってのがあるって聞いたことがある。
口や唇に触れたものに対して反射的に強く吸い付いてしまうんだとか。
だから自分の意思と反して体はゴクゴクとゴブリン乳汁を飲んでしまう。
気持ち悪い。
ネバネバして喉に引っかかるしめちゃくちゃ苦いし。
神様言ってたよね。
俺は魔獣の王フェンリルの子供だって。
どこにゴブリンの乳を吸う王様がいるんだよ。
正直さ、あんまり変わってないよ。前世と。
お先真っ暗だよ。
視えないもん、ここから偉大なるフェンリルエンドが。
ああ、誰か。
助けてくれ……。




