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アクナス修練堂-決着

 己の剣の腕を世に知らしめんと、アクナス修練堂堂下町に忍び入った獣脚人たち。が目的を果たすどころか逆に追い詰められる。その一人は卑劣にも幼女を人質として逃亡する。

 警邏隊が見逃したアーク遺跡に一人の少年の姿があった。連れ去られた少女を取り戻そうと、エルメ、セリナの助勢を押しとどめ、ただ一人巨漢の獣脚人に立ち向かう。

投げ矢には自信があった。が


『こうも鮮やかに返されるとは』


思いもしなかった。この獣脚人の名をダオン・ジョンシャーという。自治都市コスクスにおける《剣の貴族》の血族であるがゆえ、それなりの自負があった。


というのにこの事態。しかも一蹴するつもりであった目の前の少年と対峙するはめになった自分を顧みるに焦燥が募る。


『この地に赴いたのが間違いであったか』


その迷いを打ち消すように直剣を頭上高く天を突きつつ、淀み無くエルガーに歩み寄る。足取りの軽さとは裏腹に、少年に覆い被さるように寄せてくる威圧感は、巨岩の重みがあった。胴をガラ空きにするする上段の構えは、絶対的な自信と威力を含み、華奢な少年を圧倒せんとのしかかる。


 エルガーは対峙が始まると集中し切り、今は何も考えてはいない。今は亡き父母の教えに従い、エタルツを握る右手で下段霞に構え、左手は下腹に添えた姿勢で、フワリと軽みを帯びた動きで前へ踏み出る。


 間合いの広い獣脚人が先に仕掛けた。


唸りをあげ獣脚人の剣が振り下ろされる。


時は引き延ばされ、刻一刻と刃は少年の脳天目掛け打ち下ろされていくのを確認する。もう何も起こりえない地点まで迫ったとき、その飴のように引き延ばされた時間の中を何かが閃いた。獣脚人の目は捉える。人族の子は握るエタルツで片持ち屋根のような構えをし、振り下ろされる剣を受け流す形を作った。


心中に嘲笑が広がる。


『小童め、片手持ちごときで我が打ち下ろしを受け流せるものか』と。


獣脚人の脳裏には、防ぐべく構えたエタルツが少年の頭蓋にめり込む映像が浮かぶ。


直剣に衝撃が伝わると同時に少年の姿が目の前から消えた。


それは、滑る物体によく切れぬ斧を叩きつけたと同じことが起こった。


獣脚人の打ち込みが激しいがゆえに、少年の横振れ速度は素早く、弾いたエタルツはそのまま舞い上がり雷光の速度で小手に打ち下ろされた。


獣脚人の身体がかろうじて反応し、左腕の円盾を掲げる。


エタルツが円盾を叩く。


“グワーン“と大きく音を立てると盾はひび割れ、周辺は粉々に砕け散った。


獣脚人の目が大きく見開かれる。本能が『距離をとれ』と告げる。足首と膝の僅かな動きのみで獣脚人は大きく跳び退いた。


『盾を砕く。あれは何だ』


しかし不可思議に思いこそすれ、怯むことなどありはしないダオンは勇猛を身に纏い再び間合いを詰める。脇構えから横殴りに襲い掛かる直剣は、エルガーのエタルツを鉄槌のように叩く。少年の右足オーグが展開するテンセルは広く石畳を振動させ支えた。叩いた直剣は慣性を無視し直角に天を突くと、止まらず上段から膝を落としながら渾身の打ちを放つ。予め打ち合わせてあったかのように、遅滞なくすぅ-っと素早く潜り込むとエルガーは左手一本で相手の筋肉に鎧われた剛腕の拳を抑えた。しかし止められる寸前、直剣は


「ジャギッ」


という音と共に延びると中程から二箇所が折れ曲がり、剣先は振り下ろされた速度とは比べられぬ速さを持って、少年の後頭部へ襲いかかった。


これを目にしたエルメとセリナの口から出た言葉は不思議と揃って出た。


「三節剣」


闘う者すべてが手にする武器、武具はワールを通し機能する、これはこの世界に生きる者の共通概念である。


 この獣脚人が得手とするのは二つの関節を持った怪剣であった。


先端から、振り剣、節剣、根剣の三節からなり、根剣と呼ばれる手元の剣を止めても、短い節剣が折れ曲がり、その先にある振り剣が倍増を持って相手に襲いかかる。


先端の振り剣を止めれば、剣は逆に折れ曲がり、根剣は相手の剣を搔い潜りそのまま突き出せば相手は為す術もなく胸を貫かれる。三つの剣はそれぞれが独立した剣先を持ち、ワールの操作で一本の豪剣とする事も自在である。どのような武器を使おうが、それを卑怯などと呼ぶ者はいない。


動きを捉えるオーグといえど他に気を取られていればこれに気付きにくい。


 振り剣が少年の後頭部に触れる直前、エルガーの手にしたエタルツはそれ自体が意思を持ったかのように頭上に舞い上がると三節剣の関節部分に吸い付き、白刃から持ち主を守った。


 流れるようにエルガーは身を翻し刹那の間しゃがんで相手を引き落とし、そのあと両脚と挟まれたエタルツにワールから運動エネルギーを伝え、豪快に獣脚人を背負い投げた。


 信じられぬことに、巨体は高々と宙を舞いエルガーのいた池に落ちた。


エルガーは眉間に皺を寄せ、荒い呼吸に両肩を上下させる。


マノンの向こうで溢れだそうとするワールの鼓動を必死に押しとどめる。


フルワ族の秘宝、『深紅のマノン』に触れた呪いが蠢く。


エルメは機会を計っていた。救い出せる可能性は多少増えたが、まだそのときではない。仮に二人で走り出して少女を抱えたとする。獣脚人は疲れ切ったようなエルガーへ打ちかかるだろう。が、エルガーが圧倒されてしまっては距離的に少女の救助は間に合わない。


池に半身を浸からせながら獣脚人の口元がニヤリとゆがむ。


『侮っていた。これは己の戒めである。対峙するすべての者に全力をもって当たること』


獣脚人の体色がみるみる変わってゆく。体側以外は漆黒となり人族のような顔は闘争本能から口が前方にせり出し肉食恐竜そのものとなる。


池の縁に片手を付いただけで、水中にあった全身はすっと浮き上がり石畳に上に立つ。


「小僧、この三節剣を知っていたか。よく我が攻めを凌いだ」


一連の猛攻が止み、恐竜人の太い声が遺跡に響く。


「いずれの家門か存じませんが、高貴な獣脚人とお見受けします。このまま身を引いてくだされば、どこへも知らせは致しません。何卒、このままお引き取りください」


「ほう、我を獣脚人と呼ぶか。物を知った者よ。お前の提案を考えぬまでもなかったが、お前と剣を交わして考えを変えた。なんの成果もないでは面白くない。せめてその細い首をはねてから退散しよう。我が名はダオン。ダオン・ジョンシャー。誉高きジョンシャーの一族。お前の名を聞いておいてやろう。無事にあの世へ辿り着けるよう祈ってやるためにな」


「われの名はエルガー」


エルガーの背後では、石畳に横たわる幼い少女が激しい咳を始めていた。

 

「ごひゅっ、ごひゅっ、ひゅーひゅー」


「ではエルガー、参る」


そう前置くと、三節剣を八双に構え重みを増した歩みで淀み無く向かってくる。


エルガーは荒い呼吸を治めエタルツを握り直し、拡張神経系オーグと己の身体操作をリンクさせ『合一の地』に舞い降りんとする。それは予兆なく起きた。


エルガーのマノン制御が限界を超え、少年の意図を引きちぎった。マノンから突発的に溢れたワールはオーグの感覚神経を極大にまで研ぎ澄まし、エルガーはこれまで経験したことのない世界に身を置いていた。


太陽から降り注ぐ暖かい波動、この場をこの身体をすり抜ける風、背後を通り過ぎる蝶の羽ばたき、二人の女性の緊張が井戸の向こうから感じられる。


 そして、目の前に迫る獣脚人ダオン・ジョンシャーの怒り。



 ワールの高まりは即座にオーグの感知するところとなり、打・突・切はすべて展開するコルワールが雲散霧消させる。


高まりを予知させる間もなく、あまりの瞬時に起きたエネルギーのに、獣脚人の対応は遅れた。


 

エルガーの目が細められた。少年は脳裏に人影を想い描き、それが己の体が一つとなることを念ずる。高みに登ったエルガーのエタルツは、しばらく停滞し、ゆっくりと不思議な軌道を描き始めた。斜め下方へヒラリ、反対へまたヒラリ。秋に舞い散る落ち葉の如く、不規則にして緩急を織り交ぜた真に捉え難い動きである。


 奇妙なこの動きを手先だけの目眩し、とダオンは断じた。全身に付着した水滴を空間に置き去りに、爆発的な勢いで獣脚人は加速した。


ピィーヒュリュィー。どこからか、鳥の鳴き声がする。


 二つの間合いが交差する。大きく踏み込んだダオンの大剣は、何者をも逃さぬ勢いでエルガーの首元を狙う。エルガーの小さなタルツは、突風に巻き上げられた木の葉のようにビューンと舞い上がった。


二振りの剣が交わる。


鋭い金属音が響く。


エルガーは、ダオン・ジョンシャーの剣を通してオーグに触れた。相手のオーグを知覚するなど経験したことはなかった。


怒りに含まれる焦り、驕慢。


エルガーの小さなタルツは獣脚人の振り下ろす大剣の横腹を弾き、ダオンの剣はエルガーの体を掠めて落ちる。エルガーはダオンの懐に潜り込みしゃがむ勢いで相手の右太腿を打った。


ジーンという痺れと共にダオンは脚の感覚を失った。獣脚人がぐらりと揺らぐ。


切り落とされた。とっさにそう判断した。衝撃から視線を落とし確認すると、確かに右脚はあった。その機を見逃さずエルガーは下から強烈な体当たりを喰らわせた。


 エルガーを取り囲むように石畳が広く跳ね上がる。少年の体当たりはダオンの巨躯を後方へ弾き飛ばし得た。その反動を利用し大きく後方へ素早く後転し、後ろの井戸に向かって勢い良く走り出した。


 ダオンはすぐに体勢を整えエルガーを追撃すべく迫ろうとするが脚の自由が利かない。


 エルガーは少女を抱えると走り出し、真っ暗な井戸へ戸惑うことなく飛び込んだ。

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