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アクナス修練堂-対峙

 クリスイン・エルメに案内されセリナ、リヨルの二人が通りかかったのは、古代アーク遺跡であった。青空の下、静謐に包まれた遺跡の窪地。そこにある少年像かと思われた一つからエルメに念信(耳に埋められたコラン石を微弱な指向性ワールにより振動させる通信)が入る。幼子をさらい逃亡中の獣脚人がここにいる、と。

 エルメに決断が迫られる。

 凛と張りを含んだ念信だった。エルメは『あの子』のセグマ(その者の有する精神的、身体的、剣技などの総合評価としての段位)を知ってはいる。知ってはいるがこの緊急事態を年下の『あの子』に任せていいものか。


だれかを走らせて警邏隊に知らせる手もある。が、この場でその一人の手が必要となるかもしれない。セリナの『当てにしてもらって構わない』という一言がエルメの脳裏をよぎる。


が、議員騎士の子女二人の身に何かあっては・・・


「ひとまず、向こうの視界から消えます。下馬して下がりましょう」

三名はゆるりゆるりと馬から降り、静々とその場から遠ざかる。三人の視界から縁の下にアーク遺跡庭園が徐々に隠れる。完全に隠れる地点まで戻ると、エルメに導かれるまま縁に沿って移動を始めた。


 しばらく進むと、以前より微かに聞こえていた水音が大きくなってきた。エルメは歩みを止め再び窪地の庭園の縁に近づく。満足げに頷くと二人を呼び寄せた。


そこは『あの子』のいる円形の池と井戸を結ぶ延長線上であった。高架水路が頭上を通り、少し離れた前方の途切れた部分から薄く広がる滝のように水が落ち石畳を叩いている。


この水の膜があれば熱源として感知されにくいはずだ。先程いた場所に比べ、今度の場所はよほど井戸に近かった。


三人は縁から頭をもたげ、再び単眼鏡を向ける。視野の中では、寄生体が繰り出すピット菅が先ほどより長々と井戸から伸び、何かを感知したのか少年のいる池のほうへ向いている。


 円形池から『水結層』のもやが立ち上り背後の若者を覆い隠している。密偵、斥候、狩人など隠密裡に行動する者が己の気配を断つ技である。


「水結層を張れるとは、彼は何者ですか」


「エルガーと言います。先程お話しした叔母のアーネルに仕えている使用人です。私より二つ年下ですが、薬草に詳しく重宝されている様です」


そして声のトーンを落として呟く。


「あれだけのことを言い切ったんだから、見せてもらうわよ」


叔母アーネルの近くに仕えるようになってから、その存在に疑念を抱いていたエルメは少年の素行に注視することが多くなっていた。というのも、あの変わり者の叔母がエルガーという少年にだけは慈愛に満ちた視線を送り、何かと世話を焼いているのだ。関心を抱くのは当然であろう、とエルメは自分に言い聞かせる。


 警邏隊へ知らせるべきであったか、という疑念が再び沸き上がったが、もう事態は切迫している。知らせても間に合うまい。いざ助勢が必要となった時にすぐ飛び出せるもう少し近寄ろう、と決意したときであった。


 エルメの苦悩を察したのかセリナは


「リヨルを知らせに走らせます」


顔をこわばらせたリヨルは


「姉上」


「帰国するまでは私の指示に従うと言いましたね」


セリナはエルメにさっと顔を振り向けると


「ここで警邏隊に知らせを走らせなければ、後々エルメ様が面倒なことになります。助勢に入るにしても機会は一瞬、三人では多すぎる。先程少年と念信を交わしましたね。伝えるべきことがあればリヨルに」


この提案にエルメは肩の荷が下りた。


「セリナ様、感謝いたします。ではリヨル様、警邏隊にはこのように伝えてください」


エルメは先程エルガーから伝えられた注意点をそのままリヨルに言い渡す。


『これでいい』セリナは想う。リヨルは若く、血気にはやる傾向がある。なまじ剣の腕が立ち負けず嫌いなだけに、いざとなれば状況を踏まえず必ず飛び出してしまうだろう。弟の身に何かあれば父上に顔向けできない。


 「ではエルメ様、姉上、行って参ります」


不承不承な不貞腐れ声がセリナの後ろでする。


「これも大事な役目です」


とセリナが言うと


「はい。では」


さすがは議員騎士の息子である。切り替えが良い。きっぱりと意を決し亜竜馬に向かう。


 二人は遺跡を囲む縁からそっと身体を下し、滝の裏の石積に身を隠す。再び前方の井戸に視線を送る。すると今まさに寄生体のピット管が井戸の中へ引っ込むところであった。と同時に井戸の中から白い石畳を背景に五本の長い指を開いた手が黒々と浮かび上がり、それが井戸の縁を探り当てた。即座にヒョイっと小山の様な黒々とした影が宙に飛び上がり、両足を開いて井戸の上に着地した。肩の荷物の様なものをもう一方の手で抱えている。


 油断なくするりと井戸から降りると、小屋根から日差しの中へ足を踏み出す。真っ黒だったシルエットに色彩が宿った。申し合わせたように、2人は単眼鏡の倍率を上げた。


高倍率の視野の中、揺れる像に焦点が合う。


間違いない、竜人の下位種族、恐竜人の一つ、獣脚人だ。数百万年の時を経て大型の恐竜から、知能と力を凝縮したような小型種へと進化を遂げた好戦的な種族。原種に見られるような突き出した顎とはまったく異なり、人族のようなすっきりとした顎のライン、キラキラときらめく知的な瞳、低い鼻に細い鼻孔、兜からはみ出して見えるのは、みっしりと高密度な銀色の羽毛。優美な顔とは異なり巨大な体躯を有している。それは力に溢れ、滑らかな動きを日差しの中に見せていた。恒温動物なので身体を温める必要がないはずであるが、両腕を左右に伸ばし日差しを気持ちよさそうに浴びている。


 全身を覆い尽くしているはずの金属光沢を持った鱗だが、金属板に補強された皮鎧を装着しているため見えているのは顔、腕と脚、脇腹の一部分のみで、それが鈍く輝いている。己の地位を示すため、必ず見せなければならない部分だ。脚から脇腹にかけて濃い紫、そしてそこから顔にかけて徐々に緑に変わっている。配色から見て、かなりの強者のようだ、と二人は見てとった。


 左手で(ひさし)を作ると、辺りを見回している。この窪地を取り囲むように点在する色とりどりの彫像を警戒しているようだ。


一通り確認を終えたのか肩の荷物を片手で軽々と持ち上げると、そっと下ろす。縛った袋の口を解き獣脚人の大きな手で支えられながら姿を現したのは手足を縛られた小さな女の子であった。猿轡をされたまま体を折り曲げ、激しく咳き込むような動きを見せている。


『ノーニャ』


小さな身体でどれほど恐怖と苦しみに耐えているのか、その子を己の目的のために利用するとは。怒りの塊が沸き上がるがそれもつかの間、粉砕し消す。冷徹な頭、エルガーはそう自身に唱える。


池の上に伸ばしていたオーグを引き戻し、立ち昇らせていた水結層を消す。


視界はクリアになり、エルガーの眼に強い日差しに照らされた獣脚人の姿が入る。あの巨体に立ち向かうかと思うと怯えの種が生まれた。


故郷フルワ族の国が戦火に飲み込まれた頃の思いがよぎる。


少年は心に念じる。


『ただ踏み込むのみ。勇気よ、マノンよ、今少しだけ力を貸して』


怯えは、すっと消えた。展開するオーグを身に纏わせる。周りの動きの情報が押し寄せる。


池の中央に立つ少年像の如き姿は、ゆっくりと身を起こすといきなり音もなく宙を舞った。少年の体が放物線の頂点にその姿が達した時、気配を察知した爬虫人は振り向きもせず後方へ腕を振った。鋭い音と共に投擲物を放ったようだ。


単眼鏡を覗いていた二人は思わず


「あっ」


と声を揃えた。飛んでいる最中では回避が難しい。


少年のオーグは明確に飛来物を捉え、抜く手も見せず左腰の剣を抜き、飛来する物体を薙ぎ払った。

少年の手にしていたものは、鞘が付いたままの短タルツ-エタルツであった。


『ジュボッ』


異音と共に投擲物は池に飛び込む。恐竜人は己の初撃の結果を待ってはいなかった。池を飛び渡る相手の着地地点へ猛然と走る寄りながら、次々と投擲物を放つ。


 全てを薙ぎ払った少年は、最後の物を素手で捕らえ、対岸へ着地した。と同時にクルリと回るとその勢いのまま、捕らえた投擲物-投げ矢を超低空で投げ返した。矢は浮いた石畳に跳弾し、イレギュラーな軌道を描いて相手の左太腿へ。恐竜人は長大な剣を腰から引き抜きざまに横へ薙ぎ飛翔物を跳ね除けた。


怒涛の如く攻め寄せる獣脚人の勢いは消され、二つの姿は対峙した。


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