アクナス修練堂-アーク遺跡の出会い
古代都市であるアーク遺跡に重なるようにあるアクナス修練堂とその堂下町。
セリナ、リヨルの姉弟はニイン流宗家の孫、クリスイン・エルメと共に町に入る。
エルメはリヨルにニコリと笑いかけ
「さあ、お祖父様や父上の考えることですから、私の口からは返答に困ります。でも、熱線や光輝線などワール波を扱うワーレイスが戦場でその持てる力を発揮するには、天候に恵まれることが不可欠と申します。接近戦においてより直接的に武名を上げるため己を鍛えたいと考えるものがいても可笑しくないのでは」
良い流れ、とセリナは判断した。
「ワーレイスを修練生としてお育てになるとは発想豊かな指導者の存在があるかと思われます。御当家ではどなたがご指導を」
「ワーレイス指導はかなり古くからありまして、最近始めたことではないのですよ。あまり広く募集をしているわけではないのに、セリナ様、リヨル様はよくご存知すね。
ワーレイス修練を束ねている師範はクリスイン・アーネル。あー、なんというか少々変わり者なのですが私の叔母です。機会があれば紹介いたします。あっ、ここでこっちへ曲がります。今日は騒動があったので先程までは通行できなかったのですが、もう通れるでしょう。」
長い時間、牛車の車輪の軋む音、鎖のジャラジャラという音、それとよく喋る女性の口とともにあったので、無くなると随分と静かに感じられる。その分、街中の音がよく聞こえる。鍛治工房が多いのか、リズミカルな槌音、吹子のおくる風に煽られ燃え盛る炎の音、馬のいななき、赤子の泣き声。オープンテラスでは男女のグループが談笑している。
音の次は、匂いだ。昼時なので、あちらこちらから良い匂いが流れてくる。肉、魚の焼ける匂い、ネギの炒められた匂い、ソースがフツフツと泡立つ匂い。
活気に溢れ、和やかさが漂う。
「気持ち良い街」
セリナが思わず独り言のように言う。
エルメはこれを聞いて輝くような笑顔で頷いた。
街とは建設様式の異なる巨構が見えてきた。
『これがアーク遺跡』
そう呼ばれていることは、南クロイダンを発つ前に学習済みだ。かなり高い文化を持っていたのであろう、多種族にわたる胸像、立像が散在している。特徴的なのは、それぞれの種族ごとに色石を使い分けている事だろう。そしてさらに通常の石像と違うのは、どれも石色に合わせた衣服を纏っていることだろうか。
「服を着ている」
リヨルが珍しそうに呟くと、それを聞き取ったエルメが
「いつから始まったのかわかっていませんが、それぞれの家が代々お守りする石像があって、手縫いの服を着せています。石像の装いのままの服を着せるのが習わしですので、布色も石材に合わせています」
そのための布を取り扱う専門店があるそうだ。
伝説上の英雄、女傑、神獣、霊獣、妖獣、見事な作りの石像群だ。
ここが先程の男、デンス・ケンスから聞いた逃走者が使った避難通路の出口があった場所だろう。
ここはこの地を訪れる者を真っ先に連れて来る観光スポットの第一候補なのだ。先を進んでいたエルメが亜竜馬の歩みを止め、二人を振り返った。来訪者である二人の反応に興味津々のような表情を見せている。セリナ、リヨルが追いつくと、そこはなだらかな窪地の淵であった。眼下に広々とした気持ちのよさそうな庭園が眺められる。
真っ青な空と白い雲を背景に、広場の中心の小さな屋根は、強い日差しを弾いて、黒い日陰をその下に抱えている。あちらこちらに幾何学的な形をした池が、空の青を冴え冴えと映している。池の水草は時期を迎えたのか、桃色、紫と風に吹かれて花を揺らしている。
セリナの口から思わず
「なんて美しい」
エルメはそれを聞いて満足げである。
小屋根の下の石床から突き出ている円筒の突起、あれが例の井戸であろうか。
「もう、警戒は説かれている様ですね。警邏隊は引き上げた様ですからこのまま通れるでしょう」
小屋根の横には、蓮の葉がぽつりぽつりと浮かぶ円形の池がある。水中から魚が水面の獲物を咥えたのであろうか、光の波紋が広がったかと思うと、宙をヒラヒラと舞っていた浮魚が水面近くを飛び回る羽虫を追いかけているようだ。池の岸から細い通路が伸び、中心には円形の小さなスペースと屋根が見える。
何を申し合わせるわけでもなく、三人はそれぞれ単眼鏡を取り出し、この遺跡とは思えぬほど整った景色を眺めていた。
何が引き寄せたのか、セリナは円形の池に魅せられたかのようにじっと眺めていた。岸から池の中心へ伸びた石廊下の先、咲き乱れる花々に彩られた植木鉢を大きな花台が載せている。その台に片膝を曲げた姿勢で腰を掛けた姿、日陰で真っ黒に見えるがたぶん少年像らしき姿が見える。左手は右肘を抱き、右手を顔の前にして指を少し曲げている。曲げた人差し指にたかっているのはコバルトブルーの輝きを放ち、長い尾羽をゆっくりと上下させている美しい鳥だった。
『ルリ朧』
セリナが幼い頃に図書室で心を奪われ、何度も絵を描いていたあのルリ朧だ。今でも図鑑にあった解説文を覚えている。
・・・このようにさまざまな古代文明、そして現在でも一部の種族で、ルリ朧の奇妙な特徴は活用された。また、獰猛な浮遊性肉食魚−ガナや猛禽類がこの鳥を捕食できたという目撃例は存在していないため、通信手段としては誠に優れた方法であるといえよう。
美しい姿で空を舞い、誰にも捕えられることがない自由な鳥。それが今、目の前にいた。小さな可愛らしい青い鳥は少し俯く少年像とまるで会話をしているかのようだ。
その佇まいがセリナの目を引いた。細部までは確認できないが、整った顔立ちであることが遠くからでも伺える。左肩から剣の柄らしきものが突き出している。風に池の水面がさざめいた。と、その彫像の服がはためいているのに気がついた。鳥が飛び立った。
『これも、どこかの家の守護像なのだろうか』
とセリナは内心で思っていたのだが、他の石像と比べると明らかに生気に溢れ、今にも動き出しそうだった。
リヨルもそこへ引き寄せられたのか
「池の中にも見事な彫像がある様ですね」
エルメは単眼鏡から目を離さず
「おかしいですね、あそこには像はなかったはずです。あっ、見えますか、花台の右手下で盛んに煙の様なものが立ち昇っています。違う、湯気みたいです」
そう言った数瞬後、何かに気が付いたのか、「あっ」と声を上げその彫像に手を振ろうと腕を曲げたその時
『そこで止まって』
強い念信がエルメに向けられた。念信は特定個人に合わせた波長で送られるため、エルメがなぜ突然動きを止めたのか姉弟には分からなかった。
しかしエルメが
「あれは彫像ではなく、一族に連なる者でした。何か差し迫ったことがあるようです。少し様子を見ましょう」
と言ったことから、念信が送られてきたのだと理解した。
彫像と思っていた人物の腕が伸び指し示す指先、小屋根の井戸へ三人は同時に単眼鏡を振った。日差しが強すぎるせいで、黒々とした井戸の輪郭が判然としない。しばらくじっと眺めていたエルメが
「井戸の中から細い糸のようなものが突き出て、何か辺りを探っているような動きを見せています」
姉弟がピントを厳格に合わせると、井戸の中から黒く細いにゅるりと突き出た何かが、確かに井戸の縁をヒタヒタと触ると、先端が直角に曲がり、辺りを探るようゆっくり回る。
セリナはそれを知っていた。短眼鏡を覗き込んだまま咄嗟に申し出た。
「獣脚人がいるようです。手伝えるのならば私たちを当てにして貰って構いません」
時を同じくしてエルメの耳報石が再び震えた。
『寄生体が辺りを探ってる。ゆっくり下馬して遠ざかってくれ』
『こちらは三名。助勢する』
『囲まれたと知れば立てこもるか、また逃げられてしまう。あの子には時が無い。言う通りにしてほしい』




