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世界樹は詠う  作者: 青河 康士郎


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アクナス修練堂-深紅のマノン

 門に空いた“抜け穴”は始めから存在しなかったのように消え、外側から再び開こうと門に殺到する敵勢は瞬時に蒸発してしまいました。


 途絶していた門のコルワールは再び息を吹き返し、絶大なる防御を発揮し始め『不抜の門』は復活しました。

 

 これを可能にしたのが『深紅のマノン』の力であり、これほどのワールをマノンから引き出したエメルテ(装着者)の苦痛は想像を絶する・・・ものでありましたでしょう」



 両手で太ももを鷲掴みにしたドワンジは、同じ苦痛を体感しようとしているかのようであった。

その様子をみていたカムナは、握りしめていたハンカチでそっと目頭をぬぐった。


ドワンジはひとつ息をつくと、気を取り直したように再び話し始める。


 「抜くこと叶わぬ門に閉じ込められた敵方は、あっという間に駆逐され姿を消しました。


この機を待っていたかの如く、内部の発生が終わり『世界樹の種』が結実しました。種子翼は大きく羽を展開しそのまま風に乗ると天高く飛び去ったといいます。


それとともに支城である各聖樹都市との連携が復活し、フルワの攻勢が盛んになると『月の剣神』勢力は急激にその数を減らしていきました。


戦況が好転し城壁内の混乱処理が始まると、あの謎のエメルタインの検分も始まりました。


脱着部は溶接されたように閉ざされ、内部は超高温の熱に晒されたことは確かなようです。


肝心のエメルテは姿形なく消え去っていました。


 ただエメルタインの足元に、焼け焦げたあまり見栄えのよくない二角ウサギのぬいぐるみが転がっていたといいます。


 ファーファーレン女王は、このぬいぐるみを抱いて泣いたそうです。


『それは剣しか握ったことのない女性が、愛しい息子のために慣れない手つきで縫い上げたものだったのです』


そうおっしゃっておられました。


 『深紅のマノン』は世界樹の樹液から精製される霊薬です。新たな女王となるお方に力を与えるものなのだそうです。


しかし、調整前の霊薬を服薬した者はマノンを拡大し、増強し、通じるエルゴ領域を強制的に選択し直すことができる、とされておりまする。


ライカム様と奥方のサーニア様の中で、『地精王の門』の隠された機能-門を初期状態に戻すリセットの知識と、その鍵となる二機のエメルタイン、そして莫大なエネルギーを瞬時に発生させる『深紅のマノン』が結びついたのは、今となっては必然ともいえる出会いがあったからのように想えます。


 歴史学者の男性は震えながら黙して語りませんでしたが、図書館司書は嗚咽を漏らしながら語ったそうです。


 『前線に立てない私たちでも何か役立てることがないのか歴史学者と二人で研究を重ねていました。門のリセット方法のあらかたは発見されはしたものの、鍵となるものは未発見のまま。仮説ではありますがかつて城門脇に据えられていた何物なのではないか、と推測を立て城内で探していたときにお二人に出会いました。鍵なる物を見つけたうえで女王様にお伝えしたかったのです。が、そのことをお伝えするとお二人は何かにお気づきになられたようでした。『このことは私たちが直接会議で話す。それまではだれにも話さないように』とおっしゃられてライカム様、サーニア様は姿を消されました。こんなことになると知っていれば・・・』と。


 そこまで女王様が話されたとき、気配の小さな揺らぎがありました。玉座の間に誰かが忍び込みこの話を聞いていたようでした。このわたくしでさえそれまで気が付かぬほど、見事な気配の消し方でありましたな。


女王様の指示が飛びました。


『だれぞ、ライカムの部屋から回収した『深紅のマノン』の残数と、エルガーは今どこにいるかの確認を』と。


 そして、エルガーは薬草採集を終え七日ぶりに昨夜帰城し、疲れ果てて寝ていること、『深紅のマノン』の残数は二つ減っただけで、残りは異常ないことが確認されました。念のため、霊薬が女王様の元に届けられ、私も目にすることができました。


 繊細な細工の施された箱に優雅な薬瓶が3本あり、中でゆったりと対流する深紅の液体が見えました。私にはどれも全く同じものと見えましたが、女王様はそのうちの1本をつまむと蓋をあけ臭いを嗅がれました。


 『ナイサ、ここにおられるのはクリスイン家から遣わされたドワンジ殿です』


とその場にいたナイサを紹介すると、今度はこちらへ向けて


『着いたばかりで申し訳ないが、あなたの力を借りなくてはなりません。二人の力があればあの子を止められるかもしれない』



 エルガーは人の子の身でありながら世界樹の加護下にある、とフルワの女王はいいました。ここにある『深紅のマノン』の一つは色、香りともによくできているが紛い物に入れ替えられている。こんな高等なことができるのは、薬草の知識が豊富な薬草師かエルガーしかいない。もしあの子が霊薬を服用すれば、世界樹の力を借り受け何か穏やかならぬことをしでかすやもしれぬ、ともおっしゃりました。


 女王様の危惧していた通り、寝ているように見せかけてエルガーは寝室にはいない、と報告がありました。


となると、やはり気配を消して玉座の間にいたのはエルガーだったのでしょう」


と、ドワンジはここまで一気に話を進めた。さすがに口が渇いたのか、香草茶をごくりごくりと喉を潤した。


 ドワンジの語る物語にすっかり魅せられていたエルメは、続きが気になって仕方がない。


「ドワンジ、それでエルガーは何をしようとしていたの」


「これは失礼いたしました。ここで話を途切れさせては先が気になってしまいますな。では続きをお聞きくだされ。



 さて、エルガーの目的ですが、これはファーファーレン女王様、ナイサともに察しがついていました。ワールの暴走を利用して最も効率的に敵勢力に打撃を与えるのは何か。それは未だに兵力増強を支える移動式の『異界の門』であろうと。


世界樹の種は飛び去り、敵勢の目的は果たせずその勢力を減らしつつある状況でした。このまま撤退するであろうという見方が大勢を占めていましたが、女王様は懸念を抱いておりましたな。


召喚地点を移動し再び兵力を増強し、こちらが油断しているであろうこの時期を狙ってもう一当てが必ず来る。ファーファーレン様がそう懸念する理由は何かあるのでしょうが、明かしてまくれませんでしたがね。


エルガーは再度の襲撃前に行動を起こすはず、とするとわたくしたち二人は急いで捜索を開始しなくてはなりません。


ご存じかと思いますが、ナイサはライカム様の奥方、サーニア・ビヨン様に生涯の忠誠を誓う護衛士でした。家族同様にエルガーとともに暮らしてきたナイサにはあの子の行動が予測できました。と同時にナイサが来ることはエルガーにもわかっていたでしょう。


ナイサの話によれば、エルガーは小さい頃から近所に住む薬草師に気に入られ、そこの調薬室に入り浸っているうちに、調合の才能を開花させたといいます。頭の回転が良く明るい気質の彼はフルワ族の世界で大変に可愛がられて育ったようですが、その大半は戦のために命を落としておりました。


 世界樹の樹液の効用はフルワ族の生活を豊かに、交易においては利益を生み出してきました。そのため樹液の研究は古来よりフルステン・パーライルでは定番のテーマであったようです。研究論文はあまたあり、エルガーはそのいずれかの知識を使うであろう、というのです。11歳の子供がです。それを聞いて『子供と侮っては裏をかかれ兼ねない、余程に気を引き締めなければ』と思いましたな。


 一番可能性が高いのは「熱開放」であろう、と女王様とナイサは考えていたようです。

『深紅のマノン』による熱開放は、接続するエルゴ領域を恒星として、自身の身体を消滅させる代わりに約1万度の高熱を極短時間放射することが可能、と聞きました。


超高温にさらされれば『異界の門』はこの次元界から転移するでしょう。


その時点ではまだ推測の域を出なかったのですが、そんな思い切ったことを年端もいかぬ子供に決意させるとは、父母への想いとフルワへの愛情がそうさせたのかもしれません。しかし、いくら戦争を終わらせるためとはいえ、こんなことを旧主のご子息にさせられるでしょうか。


こう話しているうちにも、あの時の気持ちが蘇ってまいりました。なんとしてもお止めしなくては、という熱い思いに突き動かされておりました。


薬草精製施設は大樹海の各所に点在しており、そのどれもが巧妙に隠蔽されていました。これは平時、戦時問わず採集した薬草を運搬する手間を省き、精製された薬品を運ぶことで輸送量の軽減、効率化を目的とした施設です。


私たちが城門に達すると、すでにエルガーは城外に出たことを門番から知らされました。製薬設備への出入りが自由にできるエルガーはそのいずれかに忍び込むはず、と考えるのは追う者として当然考慮するでしょう。


しかし、熱開放の調薬とやらは女王様から知らされたところによると実に繊細な作業が必要とされるそうです。大切なタイミングで追手に踏み込まれたくはない、そう考えると必然と場所は限定されます。


エルガーは城外へ出たと見せかけて再び戻り城下町にとどまっている、と目星をつけました。ナイサからの聞き取りで場所も特定しました。包囲軍に命を絶たれたあの薬草師の家です。エルガーの心情を思えば敵へ一矢報いるには最適な調薬施設と言えるでしょう。


陽が落ちるのを待ち、空き家へ押し入りました。



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