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世界樹は詠う  作者: 青河 康士郎


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アクナス修練堂-フルワ族の戦い

エルガーの何気ない姿勢に違和感を覚えたエルメ。曖昧模糊とした気持ちを父母たちに伝えると、そこから思いもしないエルガーの過去を知ることになる。

グラスに残ったピナ酒を飲み干すと、ダンガスは腕を組み背もたれに身体を預けた。


「クリスイン・ライカム・・・」


まるで独り言のような呟きであった。そのあとの言葉が続かなかった。


父のどのような気持ちからこの間が生まれたのか思いもつかなかったエルメであったが、深い気持ちが込められていることはわかった。


「この名をエルメは知っているな。父クリスイン・エンテスの実子であり、ニイン流創始以来の逸材と言われた我が兄弟子でもある人物だ。我が母クリスイン・マヨルはクリスイン家の遠縁ロードン家から嫁いだ後妻であり、私は母の連れ子だ。


先妻クリスイン・シズマ様-御霊よ、安らかなれ-を病で亡くした父であったが、後妻の連れ子である私を兄ライカムと分け隔てなく慈しんでくれた。当然母マヨルも同じくシズマ様への敬意とともに我ら兄弟に接する姿勢に分け隔てはなかった。


 幸い一族に受け継がれた血筋のおかげなのか、私の剣の筋はよかったらしく同年代で負けることはなかった。ただ兄ライカムを除いてだが。


 当然その才能は王都に知れ渡るところとなり、先代のベグナ王の耳に届いた。


『王子ターニスの護衛および剣術指南として召し出す』


という運びとなった。兄上が十八のころであった。あの頃の兄の心境がどういったものなのか、この話に大変乗り気であったなぁ。が、父上はまだ早いと判断したようで『どこへ出しても恥ずかしくないよう鍛えるため二十歳になるまで待ってほしい』と返した。


 兄が二十歳を迎えるころ、今は師範代を務めるナギヤ・モンドでさえ当時は十本に一本とれるかどうか、私も二本とれるか、という存在になっていた。


 晴れて王宮に迎えられ、過ごすこと五年。罪なき罪を被り、国から追われることとなった。そこに何があったのか明らかにはされていない。


 そして十二年が経った昨年、唐突に手紙が届いた。


『フルワ族の国、フルステン・パーライルの首都クラレル・パースに幽闇の手練れを派遣してほしい。息子を迎えにきてそちらに受け入れてほしい』と。


それは死を覚悟したような言伝であった。急ぎドワンジと二名の幽闇を遣わした」


父のこんな寂し気な横顔をエルメは初めて見た。ダンガスはグラスをピナ酒で満たすと、ぐびりと一口飲んだ。


アーネルはカムナと視線を交わし、カムナはドワンジの手の甲を叩いた。


それを知ってか知らずかダンガスは


「うむ、ここからの話はドワンジがふさわしかろう」


心得え顔の幽闇の前頭領はダンガスの後を引き継いだ。


「ではエルメ様、ここからはわたくしめが。


大樹海の中央に位置するフルワ族の国まで真に難儀な道のりでした。魔獣、妖獣、食肉樹等々に満ちたあの樹海を突き抜けたときにはこのドワンジ一人となっておりました。共にいた二名は幸いに命は取り留め、途中の村に留めおきました。


大樹海をさらに奥地に進むとなだらかな外輪山に差し掛かり、これに囲まれた広大な地域がフルワ族の国フルステン・パーライルです。彼方には雲に届くほどの大樹が霞んで見えます。それが世界樹クラレル・パースでありその下に同名の首都があります。


 フルワ族の国、フルステン・パーライルは戦時下にありました。樹海の木々には包囲軍の夜目の利く四ツ目蛙どもが張り付き、血に狂う好戦的な種族がうろついていたため、突破するのに難儀いたしました。


 夜陰に紛れ外郭の聖樹市の一つにたどり着くことが叶いました。戦時下に突然現れた者が疑われないわけもなく、おとなしく縄目を受けてフルワ族士官の前まで連行されました。ライカム様の名を告げると、その効力はかなりのもので皆様にお見せしたいほど士官の態度が変わりました。目的を伝えると急き立てるようにクラレル・パースまで案内されました。


有名な不抜の門『地精王の門』を直接見るのはそれが初めてのことで今でもよく目に焼き付いております。何千年も昔に製造されたはずの門扉は、不可解なことに昨日据え付けられたかのごとくきらきらと輝き新品のようでした。


世界樹クラレル・パースの根本都市は、太い幹から何万という根が張り巡らされた隙間に広がる奇妙な都で、幹の北面に位置するのが女王宮でした。


 フルステン・パーライル国王ファーファーレン女王様と拝謁が叶い、私が来た目的を話しますと、何が起こったのかをお話しくださいました。


 この地を取り囲むのは『月の剣神』に従う銅鬼族、蛇美族の混成軍であり、侵略の目的は不明なれど新たに生まれる『世界樹の種』を奪いとること。移動式『異界の門』を稼働させ、世界樹が張り巡らせている大樹海の結界を搔い潜り、兵を増強、隠匿し一気に襲撃してきたこと。地精族の秘匿、『地精王の門』の開門法が漏洩し、城門はあっけなく開き落城寸前まで追い詰められたこと。


 そして、その瞳に強い輝きを灯しこう言いました。


『クリスイン・ライカムとその妻サーニア・ビヨンがその身を挺して再び門を閉ざし、彼らの命と引き換えに私たちは生き永らえるを得ました』と。


 もはや何物にも動じることはなかろうと思っておりましたが、その言葉が理解できず、ただただ女王様の口が動いているのを呆然と眺めている自分がおりました。

 この年寄り最後のご奉公と何物をも厭わぬ覚悟でいましたものの、共に戦うことも叶わず、何事も遅うございました。


地精王の門にはフルワ族にも知らされぬ隠された仕掛けが施されておったようでございます。どうした経緯で開錠方法を知ったのかいまだに不明のようですが、包囲軍は操甲体でも通り抜けられるほどの四角い潜り穴を門に開けました。


これが元となったのでしょう、不抜を誇る門の強大なコルワールは途絶し、閂は自ずと解除されたのでした。


 『地精王の門』に隙間が開くと外城壁の内側には敵兵が溢れ、第二城壁はすっかり囲まれてしまったようでございます。内城壁の第二の門『精霊門』抜かれれば、女王宮まで遮るものはありません。


 そこから丸二昼夜、打ち付ける破城槌の音は休むことなく住民を脅し、城兵のみならず動ける者はすべて対策に奔走しました。


 それは全くの偶然が引き起こした、いや違いますな、フルワの必死の努力が結実した奇跡としかいいようのないものでした。

 

 収容した遺体の中に女王への親書を携えた地精族の使者が含まれていました。暗号で書かれた書面には具体的なものは記載されていないものの、それは『地精王の門』には原初の姿に戻す方法が存在ことを伝えていました。

門の秘密が漏れたことに対する地精族の誠意だったのでしょうな。

そこから始まった『地精王の門』復元法の解明は実に困難を極めましたものの、ついにある程度のことまで突き止めることに成功しました。しかし、解明されたその方法を実行するには欠かせない『鍵』なるものが不明のままでした。


フルステン・パーライルにはフルワ族以外に多様な種族がおりましたようで、その異種族部隊の取りまとめをしていたのがライカム様と奥方のサーニア様でした。


最大規模であった第三次侵攻の激戦では、ライカム様ご夫妻は部隊を率いて目を見張る活躍をなさったようでございました。その折、一騎討にてお二人は銅鬼人、蛇美人それぞれの将を討ち果たしたのですが、その折にライカム様は右手を失い、サーニア様は毒矢を受けてしまわれました。


会議はその大侵攻の後に開かれたようで、参加していたライカム様は、そこで復元法を知らされたのです。


城門が突破されたその二日後のこと、突如型式不明のエメルタインが二機現れ、城門へ向かって敵を押し返し始めたといいます。


後に判明したことですが、それは地精王の門の完成記念としてかつて門の両脇に置かれていた物で、その後優美な門の装飾に似合う大きな花鉢に取って代わられ、城内に引き上げられ倉庫の奥底に眠っていたものです。


 この不明機出現の知らせと同時に女王の元に届いたのは、二つの知らせであったそうです。


一つは警備の手が薄まった宝物殿が襲われ『深紅のマノン』が奪われたこと、そして最後は救護室から重傷の患者二名が抜け出した報告でした。


当たるを幸い巨体の振り回す大剣は面白いように敵兵を切り裂き、なぎ倒し、二機の前をさえぎるものはなかったといいます。遂に城門に辿り着くと二手に分かれ、かつて据え置かれていた場所の大きな花鉢を打ち捨てて仁王立ちすると、大剣を捧げ持つ姿となったそうです。


すると城門全体が震え出し、エメルタインが発しているであろうワールが城内全ての共振膜を震わせ、二つの壮絶な叫び声を人々は聞いたのです。


その声は鼓舞する雄叫びのようであり、また苦痛の絶叫であり、誰かの名を呼んでいるようでもあった、と聞いております。


 それに応えるかのように『地精王の門』は猛烈な勢いで轟音とともに閉ざされ、青銅色の門は熱を放出しながら真っ赤に染まった、と言います。


 門に空いた四角い穴は内側から現れた鋼板で塞がり、外側から門を押し開こうと門に触れる敵勢は瞬時に蒸発してしまいました。


 途絶していた門のコルワールは再び息を吹き返し、絶大なる防御を発揮し始め『不抜の門』は復活しました。

 


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