新しい生活
ミレニアムくん事件から半年。季節は夏になった。
しかし、警察の懸命の捜査の甲斐もなく肝心の黒尽くめの男の足取りは掴めないのはおろか、正体すらわからずにいた。
わかっていることは、「私たち」と言っていたので、複数人、または組織での犯行であること。
生物兵器の開発や、全国のテレビをジャックできる程の知識、技術を持っていること。など、一般人でもわかることだけだった。
一太と雫はというと、松山の母方の叔父、村上正次郎の元で、生活をしていた。
一太は中1、雫は小5になった。
正次郎は愛媛県警の警察官で、妻の陽子、一太と同い年のひとり息子、健がいる。
「健!一太!雫!朝ご飯できたよー!早く起きなさい。」陽子の声が家中に響く。
一番に起きてくるのはいつも雫だ。雫は朝ご飯前にいつも父と母の仏壇に炊き立てのご飯をお供えしている。
その光景を見て、陽子は毎朝涙ぐむ。
一太も毎朝、学校に行く前に仏壇に手を合わせて、すごく小さな声で何かを言ってから出かける。
その光景を見て、一太なりに必死に向き合っているんだと思い、陽子はまた涙ぐむ。
健は毎朝誰よりもご飯を食べる。そして一言
「美味しかった!ごちそうさまでした!」
と言って学校へ行く。
自分の作った料理を、美味しかったと言ってくれる息子に対して、逆にありがとうという気持ちになり、涙ぐむ。
陽子の一日は三度の涙がお決まりになっているようだ。
一太と雫は、ここに住み始めた当初、事件のショックで朝も起きてこないし、ご飯もろくに食べようとはしなかった。
そんなことがあったからこそ、今こうやって事件のショックに負けずに、日常を過ごせていることが
陽子は誇らしくも有り、嬉しくもあった。
陽子の涙はこの家の平穏そのものなのだ。
一太と健は地元の公立中学、雫は公立小学校に通っている。
健はイケメンで身長も一番高く、スポーツも勉強もできて性格も明るいのでとても目立っていた。ゆえにタケルの周りにはいつも自然と人が集まり男女問わず友だちが多い。サッカー部に入ったのだが、入部一ヶ月でレギュラーになった。
一太はスポーツも勉強も平均的だったが、いつも健と一緒にいたので、自然と友だちが増えた。一太もサッカー部に入ったのだが、しっかり補欠だ。
ある日、一太と健が部活終わりに帰宅していると、コンビニに前に3年生の不良グループがたむろしていた。
その中に、女の子が一人いて、どうやら不良グループに絡まれているようだった。
「嫌です。離してください!」と女の子の声が聞こえた。
するとその声を聞いた瞬間、一太は不良グループの元に行き、女の子を掴んでいる不良の腕を握り、振り払った。
「やめろよ。嫌がってるだろ!」と一太がこういうシチュエーションでよく聞くお決まりのフレーズを言うと、その瞬間取り押さえられて殴られた。
見かねた健が助けに行くと、不良グループは健を見るなり、
「やべぇ!健だ!さすがにお前と揉めるつもりはないからよ。これくらいにしておいてやるよ。もう行こうぜ!」と言い、去って行った。
一太はこの時初めて知った。健はケンカも凄まじく強く、地元の中学生は知らない奴がいないくらい有名だと言うことを。
そして、一太は自分の一連の行動を振り返り徐々に赤面した。本来ならすぐに助けに行った自分は例えボコボコにされたとしても、多少はカッコいいはずなのに、それを打ち消す健の存在感。何より恥ずかしいのは「やめろよ!嫌がってるだろ!」というフレーズ。
女の子もさぞかし寒っと思ったことだろう。一太は恥ずかしくて女の子の顔を見ることができなかった。
「あの、健くん、それとお連れの方。助けてくれてありがとうございました。私、同じ学年で隣のクラスの桜井美央と言います。またお礼させてください。さようなら。」
と言い、去って行った。
「一太、立てる?帰ろっか。」と健が言った。
その夜、一太は一睡もできなかった。




