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砂漠の町 そのはち

 日の出とともにパセリは目が覚めた。まだ太陽が温めきっていない空気はひんやりとする。冷たい水で顔を洗うと意識がクリアになった。寝ている二人に配慮して外に出て日課のストレッチを始めた。空は雲ひとつない晴天。砂漠の街は昨日と変わりなく、静かに佇んでいる。


 足の腱を伸ばしている時、パセリはこちらに向かって歩いてくる人影に気づいた。

「……おねえちゃん」

 広いつばのついた帽子を被った少年だった。パセリの前に立つと彼女を見上げて言った。

「やあ、おはよう。朝早いね。こんな時間にお目ざめとは、実に健康的だ。結構結構。でも遊びに出掛けるにはちょっと早くないかい? お友達はまだ寝てると思うよ。何か用事でもあるのかな?」

 パセリは膝をかがめて、少年と同じ目線になって話しかけた。辺りには人っ子一人いない。この町の人は特別早起きであるわけではないようだ。少しだけパセリは警戒した。

「……おねえちゃん、一緒に遊ぼ」

「遊び?」

「……うん」

「なんでまた、あたしと遊びたいの? お友達が起きるのを待って、お友達と遊べばいいじゃない?」

「……おねえちゃん、旅人さんでしょ? 今日この町を出るから、その前におねえちゃんと遊びたかったの」

「なんで今日町を出るって思ったの? もしかしたらもう一泊するかもしれないじゃん」

「……この町、なにもないから」

「…………」

 宿での会話がどこからか盗み聞きされていたのかと疑ったが、そういうことはないようだ。この子はただ純粋にパセリと遊びたいように思える。昨日町を探索した時、この子と同じくらいの子供はあまりいなかったように記憶している。遊び友達がいないから、こうして旅人のところにやってきて一緒に遊んでくれないか頼んでいるのではないだろうか。

「そうかそうか。そういうことなら、一緒に遊んであげよう!」

 パセリに断る理由はない。ならば叶えてあげる。それがパセリの心情だ。遊ぶことにかけては並々ならぬ情熱を注ぐ彼女にとって、この誘いはまさに渡りに船である。

「あたしたちはもうすぐ出発するから、あまり時間がかかるものはやれないけどね。何かやりたいことはある?」

「……かくれんぼ」

「かくれんぼか。あたしをかくれんぼマスターと知っての提案かね? サーチ・アンド・デストロイの鬼の目をかいくぐって生き残り、『擬態の隠者』の擬態をことごとく見破ったこのあたし。鬼でも隠れる方でも、あたしは手強いぜ」

「……それじゃあ、おねえちゃんが鬼。十数えたら始め。よーい、スタート」

 スタート、と言うと同時に少年は走り去ってしまった。

「お、素早いね。隙をついてのスタート・ダッシュ。なかなか筋がいいじゃん。そんじゃ、いーち」

 少年はあっという間に見えなくなった。それでも目を覆って大声でカウントダウンを開始する。

「はーち、きゅー、じゅう! さてどこに行ったのやら。早いとこ見つけてやろうかね。まずはこっちから」

 少年が駆けて行った方向へと足を向ける。だが一歩を踏み出したところではたと立ち止まる。ゲーム前に逃げる方向を見せたのはフェイクではないか? 探させる範囲を誤らせるためにわざとわかりやすいように逃げたのではないか。

「ふっふっふ。その程度の策であたしを相手取ろうなんて、ぬるいね。所詮は浅知恵。あたしの敵じゃないぜ!」

 不敵に笑うと、足の向きを百八十度回転させる。

「遠くには行っていないはず。せいぜい宿周辺に限られる。しかしここには隠れられる場所は限定される。……例えば、この箱の中!」

 入口の脇に無造作に置かれた木箱を持ちあげた。軽くて子供なら一人くらい入れる大きさだ。

「あれ? 違ったか」

 中は空っぽ。かびの臭いが鼻につく。

「ならばここにっ!」

 錆びたドラム缶を覗きこむ。砂が溜まっていた。

「むむー? 一筋縄じゃいかないようだね。でもここからが本番だ!」

 近辺にある人が隠れられそうな箱、袋、バケツ、死角を手当たり次第あたってみたが、どこにも少年はいない。

 太陽が昇り、気温が高くなってくる。額から汗が流れ出した。

「おかしい。近くにいるはずなのに見つからない。これは、久々の強敵か?」

 念のために同じところをもう一度調べたあと、少し離れた建物の周辺も探す。建物には鍵がかかっていたから中にはいないだろう。ぐるりと建物を一周したところで、パセリは気付く。

「あれ、そういえば足元って砂だよね。じゃあ足跡を辿ればよかったんじゃ?」

 そのことに気付かなかった自分に呆れ、今さら気付いた自分に腹が立った。

「でも、これで手掛かりは得た。ふっふっふ。覚悟しろよぉ」

 砂にできた足跡を見極める。自分のものと、そうでないもの。自分のものでない足跡を追って行けば、そこにあの子供がいる。

「……んー、おかしいな。あたしの靴跡しかないぞ」

 宿まで戻って足跡を調べても、一種類の跡しか見つけられない。スタートの直後に走って行った方向を探しても、パセリの足跡しかない。風で消されたのか、と考えたが、自分の足跡ははっきりと残っている。かき消されたわけではないようだ。

「確か野生動物の中には、捕食者から逃げる時に偽の足跡を作って撹乱させるって動物がいるって聞いたことがあるな。あの子もそんな技術を持っているのか」

 砂漠特有の暑さが生まれてきた。もうすぐドリガルとエスタシアが起きる頃だろう。

「どこだー。うー。そろそろ打ち切らないと。おーい、どこだーっ! あたしの負けだ、降参するよ! 出てこーい!」

 砂塵が吹いた。

「もう終わりにしようぜ! ……はあ、大声出すのも疲れた。君の勝ちで終わりだー。かくれんぼマスターの称号は君に譲ろう。あたしは宿に戻るぜ。ハイ終わり」


 パセリはそう叫ぶと、宿の中へと歩を進めた。少年のことが気がかりだったが、すぐに頭を切り替えて朝食のことを考える。世界にはサボテンのステーキなる料理があると聞く。朝食にでないかなー、と一縷の望みを胸に抱いたが、ここは食事が出ないことを思い出し、軽く落胆した。これからも続く旅だ。いずれ食べる機会も訪れるだろう、と未来に希望を託した。

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