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哲学理論はミステリを解けるか?(連作作品集)  作者: 黄黒真直
最終章 哲学は真理を見抜けるか?(長編ミステリ)
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epilogue. 哲学は真理を見抜けるか?

「やっと見つけたわ」

 三時間目が終わる頃、中庭にいたデカルトは、突然腕を掴まれた。驚いて振り向くと、眼鏡をかけた知的な少女が、こちらを睨みつけていた。

「アリストテレスちゃん、どうしたの?」

 彼女の表情には、鬼気迫るものがあった。言葉遣いも昨日までと違う。何事かと、目を丸くする。

「噂が流れてるわ。あなたが、フーダニット事件の謎を解いたって」

「え?」

 何故そんな噂が、とデカルトは考えた。デカルトが謎を解いたことを知っている人間は、デカルトを除けば二人しかいない。フィルと、ソーカルだ。このどちらかが、噂を流したのだろうか。

「ねぇ、教えて」アリストテレスが、デカルトの両腕を掴んだ。「犯人は誰? 生徒会室の密室は、どうやって作ったの? それに、動機は?」

「えっと、そこは噂に流れてないの?」

「ない!」

 変な話だ、と思った。「解いた」という噂が流れるなら、その内容も流れそうなものだが……。

「私、このままじゃ……」

 アリストテレスが呻く。認めたくないことを口にした。

「ソクラが、離れていきそうで怖いの。ソクラはずっと、みんなを疑ってた。たぶん、私も疑われてた。本当は無知だって。だから私は、この事件の真相をどうしても知らなくちゃいけない。無知のままでいちゃ、いけない」

「そ、その程度で離れていくってことは、ないんじゃないかな……?」

「怖いの」

 アリストテレスは、動揺しているようだった。デカルトとしても、真相を隠す必要はない。

「わかったから、腕、離して。ちょっと痛い……」

「あ、ごめんなさい」

 はっとして、アリストテレスは手を離した。それから、一呼吸で動揺を振り払う。

「ごめんなさい、取り乱して。それで、結局このフーダニット事件、どんな真相だったのかしら?」

「えっとね……」

 話そうとした、その瞬間。

 デカルトの脳裏に、電気が走った。


 わたしがここで真相を話したら、どうなるか。

 アリストテレスは、彼女自身の力で、フーダニット事件の真相を見抜けなかったことになる。

 彼女自身の力……つまり、彼女の哲学で、真相を見抜けなかったことになる。

 これは、彼女の哲学の「敗北」を意味する。

 さらに言えば、ここでデカルトが真相を話せば、真相も噂となって流れるはずだ。

 すると、学園中の生徒の哲学が、「敗北」に帰することになる……。


「…………」

 噂を流したのはソーカルだ、とデカルトは直感した。ソーカルは、これを狙っていたのだ。

 ここで真相を話せば、ソーカルの計画通りになる。だが……逆に、ここでデカルトが真相を話さなかったとしても、いずれ誰もが「自分の哲学では真相に辿り着けない」と気付き始める。

 どちらにせよ、ソーカルの作戦は成功する。

〔何が『負けを認める』よ! 勝つ気満々じゃない!!〕

 デカルトの中に沸々と、悔しさがこみ上げてきた。この作戦を、事前に見抜けなかったなんて! デカルトの脳裏に、フィルの顔が過ぎる。見事真相を見抜いて、褒めてもらえたのに……ここで負けるなんて、許せない。

「ねぇ、アリストテレスちゃん」

「なに?」

「もしわたしがここで真相を教えて、それをソクラテスちゃんに話したとして……あなたはそれで、満足できる?」

「え?」

 アリストテレスは思案顔になった。眼鏡を押し上げて、論理を紡ごうとした。だが紡ぐまでもなかった。

「できないわ。結局私は、ソクラにただ見栄を張っただけになる。ソクラの言う、『本当は何もわかってない』状態になる」

「でしょ? だから、ヒントをあげる。それで、解いてみて」

 ソーカルに勝つには、この作戦しかない。

 学園中の生徒が、自分の哲学で真相を見抜けるよう、誘導する。

 そうすれば、誰の哲学も敗北せずに済む。

 問題は、放送部のバークリーだ。噂を聞きつければ、彼女は必ずやってくる。そのときは、なんて言えば良いのだろう。ヒントを出すべきなのか。それとも、全く別の方法を考えるべきなのか。

 アリストテレスにヒントを出しながら、デカルトは思った。

 みんなの哲学は、果たして真相を見抜けるだろうか?

 


...『哲学は真理を見抜けるか?』END

最後までお読みくださり、ありがとうございました。


「哲学ガールズ企画」を知ったとき、私は真っ先に、「哲学理論でミステリを解く!」という着想を得ました。

そして、この着想を元に色々な小ネタを考え、考えた端から「使えない」と没にしていきました。

その没ネタをかき集めて闇鍋にし、新たに思いついたネタを調味料にしたのが、本作です。


他に出したかったけど出せなかったネタ。

ラッセルが集合論的に推理する

 →この事件を集合論的に見たらどうなるかが思いつかず、断念


フロイトが犯行状況から犯人像をプロファイリングする

 →調べたところ、フロイトが始めた精神分析学は、心理学とは全く別物であると判明したため、断念


ほかにも、

デリタ「カオスを再構築してやろう」

とか

ソクラテス「あたし、気になります!」

とか考えましたが、やめました。


ちなみに、私が真っ先に考え付いた小ネタが、アルケー四姉妹のネタだったりします。

これが書けただけでも、私は大満足です。


ちなみに、本作で活躍したソーカルは、「哲学ガールズ企画」には登場したものの、

諸般の都合で書籍『哲学ガールズ』には掲載されませんでした。

残念。

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